12弾き目.今後の方針とオムレツ
寝坊しました
俺達が現在いる水の多いこの階層。何故か擬似太陽があるこの階層で、俺達は一旦休憩しようということになった。
この階層でももちろん、魔物は鬼のように多いが、そこは俺と師匠。俺と師匠を中心として半径1キロほどを残し、この階層は谷のように地面が、えぐられている。そのおかげで魔物は俺たちに近づくことが出来ず、飛行型の魔物ぐらいしか俺たちの傍には来れない。
そして飛行型の魔物はもれなく、復活したサリアさんの手によって血祭りに挙げられている。
「また俺何かしちゃいました?」
「なんだね急に、気味が悪い。」
おどける俺に師匠はそんな言葉を向けるが、とても上機嫌だ。
現在の階層は489層ぐらい。ちなみにここに至るまでは二日ほどしか経ってはいない。なんでそんなに高速移動しているのかというと、俺の仕業である。
階段で登るのも、その階段を見つけるのも、このダンジョンではかなりしんどい。いやめんどくさい。なので師匠に提案した。天井ぶち破っていいですか?と。反対されると思ったが、師匠は速攻で返答。
「面白そう。やってくれ」
最強の魔王を封じ込めていた結界を壊せたんだ、ダンジョンの床や天井なんてそりゃ余裕で壊せた。そして俺達はショートカットを作りながら、縮地や空中歩行を使って現在の階層まで来たわけだ。
もちろん道中俺のレベルアップの目的と、貴重な素材を集める為に戦闘は何度かしたが、それほど苦戦する訳でもなく現在に至る。
「それで、師匠なんで休憩しようなんて? 」
「まぁ理由は色々あるが、こんな美しい場所を素通りするなんて、勿体ないな、とな」
師匠は優しげな顔で景色に目を向ける。なんだか、それだけで俺まで嬉しくなる。
「世界の事は私の目となっている動物や人間たちから盗み聞くことは出来るが、それは情報としてのインプットだ」
師匠は紅茶を口に含むと続きを話す。
「だから、こんな景色が見れるとは思ってなかった。ありがとう、我が弟子。」
真正面からそんな事を、そんな表情で言われたらもう俺は―。
俺は椅子から立ち上がり、師匠の肩をガッと掴み、真剣な眼差しでしっかりと言葉を向ける。
「止めてくれ、師匠。その術は俺に効く。やめてくれ」
「どんな術だい?」
そう言いながらうるうるとした瞳で俺を見つめる。何だこの可愛さ。しんどみが深い!
「絶対わざとでしょ! 」
「ふふ、当たり前だとも我が弟子」
その後小一時間ほど俺はいじり倒されてから、睡眠をとることになった。
メイドのサリアさんの魔物による監視と、師匠の貼った結界の中で俺達はキャンプの寝袋のようなものに体を潜り込ませた。
「師匠、起きてますか?」
「どうした、我が弟子」
「なんで寝袋?」
「いやぁ憧れがあってだね。昔封印される前、冒険者達が使っているのを見て衝動買いしたものだよ」
ランプの淡い光に照らされているキャンプテントの中。
師匠の疑似投影魔法とかなんとかで、今は夜のように暗闇の中にランプがあるような状態だ。
「なぁ我が弟子。」
「はい?」
「これは......その...勘違いして欲しくないのだがね。君と私はその...師弟という関係性なわけですしぃ?まぁ...その...手を...手を握ってはくれまいか。」
震えているような、少し怖がっているような、そんな声色。暗い空間でも見ようとすれば、師匠の顔を見ることが出来るのだろうけど、でも俺はそれよりも、早くにこの人の手のひらを握った。
少し冷たい小さなその手のひらが、優しく握り返したのを感じながら、そして俺は重くなる瞼に従った。
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翌朝、強い日差しに俺は目を覚ました。瞼を閉じていようが、感じるその存在感。地上の世界かと錯覚するが、ここはダンジョンの中だと寝ぼけた頭を叩きながら思い出す。
そして右手に握られている柔らかいものを思い出す。そういえば寝る前、師匠の手を握って―。
そこには俺の右手を大事そうに両手で抱えて眠るあどけない少女がいた。
絹のような銀色の髪の毛を巻き込まないように、枕の方向に纏めて投げ出している。
その少女の寝顔は魔王なんて仰々しい言葉を背負うには似つかわしくない程、綺麗なものであった。
あまりジロジロ見ても気持ち悪がられるし、そろそろ起こすとしようか。
俺はフランクに、気心のおける友人のように、決して不審者などと思われぬように声をかけた。
「師匠、朝で―」
「『速剣』」
俺の顔面は、切り落とされた俺の左腕から飛び出す血で濡れに濡れた。
師匠の高速で描かれた円から飛び出した、視界に捉えるのも難しい、透明に輝く刀剣にて。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
「なんだい、我が弟子。朝から煩いぞ、いやダンジョンないだから朝か分からぬな......」
寝ぼけ眼を擦りながら、師匠はそんな事をうわ言のように呟く。
いや、師匠。その我が弟子の左腕を切り落としてますが?声にもならない声で抗議する俺の声に、師匠は少し煩わしそうに声をかける。
「ふむ、長らく人に起こされる経験なんて無かったものでな。というか別に起こさなくてもいい...だろう......んっ...」
苦言を呈しながらも自らの手が俺の手を握っていることに気づき、師匠の頬がほのかに染る。恥ずかしいようにそっぽを向く師匠がとても可愛くてたまらないのだが、いかんせんそんな和やかな雰囲気に似つかわしくない血の匂いがキャンプに広がった。
俺のドキドキは命懸けってことですか......。
俺の回復とキャンプの片付けがつつがなく終わった後に、俺達はゆっくりと朝食を摂る事にした。
この体になってからは、いかんせん食事への概念が薄れている気がする。魔力あれば動けるしね。
かと言って16年ご飯食べて、成長してきたし、朝食でも作るとするか。その事を師匠に伝えると、面白そうだと許可してくれた。
そういえば師匠との結界生活中はご飯作ってなかったな。出されたやつを食べてたから。
「うーんと、来る途中に魔獣の住処見たいの見つけたし、材料取ってきますね師匠。」
ヒラヒラと手を振る師匠。俺は空中歩行と、縮地を利用しながらこの巨大な崖の向こうに移動する。
この世界の魔物は基本的に自然発生とかが多いが、もちろん繁殖する魔物もいる。
俺は目星を付けていたおおきな木に、到達すると目を凝らし始めた。
『遠見』。視力が高い俺には必要ないかと思ったが、大雑把に全体を見渡すのと、ポイントを決めて見ることでは気付くことの差が違う。
俺は『遠見』を発動させながら、お目当ての巣を見つけ出した。
それを守るように、いる鳥類の魔物の大群もいたのだが、俺の指パッチンに叶うはずもなく、壊滅。申し訳ないな、でも欲しいんだ。軽く手を合わせてから、お目当てのものを探る。
おし、おし。鳥類の魔物の卵みっけ。俺はそれらを数個ほど持って師匠の元へと帰った。
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空になった皿を洗いながら、俺は師匠の感想を聞いている。
「まさか、我が弟子にこんな最強の特技があったとは......。」
どうやら俺のオムレツを気に入ってくれて何よりだ。料理系漫画にハマりにハマった中学の経験が役立つとは、人生って分からないもんだなぁ。まぁその後調子乗って調理実習で大失敗して黒歴史認定したんだけども。
皿洗いを終え、テーブルを囲んで師匠の前に座る。
「私が今まで料理として行ってきた物はなんだったんだ」
「俺は師匠の料理も好きですけどね。全部炭だったけど......。」
ごねるような師匠を眺めながら、俺は紅茶に口をつける。
魔獣の卵だったけど普通に地球の卵と同じような感じだったな。一つ違うといえば、魔力が込められているということか。
俺はこの体になって、ギルドカードで自分の成長を見た時に、師匠に質問した。このまま、魔物の血肉を食らっていけば強くなるのではないか、と。
ラノベとかネット小説とかでよくあったし、まぁ当然の考えだわな。結論はノーだ。強くなる前に死ぬからだ。
俺のケースは稀で、前にも師匠が言ってたがそれこそ死にかけてここまで来た。俺でもわかる、多分次のあの殺意の波に抗えないだろうと。
多少の取りこぼし程度なら摂取しても何ら害はないが、何も魔力抜き、もとい毒抜きしていないものを取り込んだら直ぐに死ぬらしい。
なんであの卵も、師匠が毒抜きしてから食べた。おっと、俺が一人で考えてる間にどうやら師匠も着地点を見つけたようだ。
「まぁ私は魔法では最強の存在だし、これからの調理は君に任せよう。私もゆっくりと学ぶよ」
「師匠も料理を?」
「師より優れた弟子など存在してはならないのだよ、我が弟子?」
結界の事を話そうとしたが、それを察して虚空に円を描き始めたので急いで口を紡ぐ。その様子に納得したような笑みを浮かべ、会話を続けた。
「それで、だ。我が弟子、これからの方針を話そうと思う」
飲み終え、その役割を終えたティーカップをサリアさんに片付けさせ、師匠は顔の前で手を組む。さながら、名探偵の推理パートの様だが、160にも満たない身長の師匠がやると些か可愛さが勝ってしまう。
「ここから無事に出れたとしても、適当にぶらつくのでは芸がない。まぁ君となら、いささか楽しそうではあるが?」
嬉しい評価に胸が踊る。
「まずは君の一張羅を仕立ててもらおう。そのために私達はある都市国家を目指す。」
「それは?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、スラスラとその都市国家を喋る。
「人間も異人も、そして魔物さえも一緒くたに集めた連合国。だが、その思考はあの魔物の殺意さえも消えるほどの一つの思考。最強の武具を作るということだけに特化し、ありとあらゆる鍛治職人が集う、炭と鉄と金槌の音で、出来ている世界最大級の鍛治職人の為だけの国。」
勿体ぶるように一息付き、ドヤ顔で師匠は言い放った。
「連合都市国家、フォルジュロン」