9弾き目.指の力ってなんぞ
よろしくお願いします!
様々なことが起きた昨日。俺の頭はパンク寸前だったが、あの後泣き疲れて寝てしまった師匠を置いて、俺は自分の部屋で寝た。
もう実際理性が吹き飛びそうだったが、あんなに儚い師匠の寝顔を見て理性を捨てるなんてできない。いや別にビビりだとか、据え膳食わぬは男の恥の、俺は男の恥でもいいやとかは思ってない。
本当に!なんでこんな事を考えているのかって?そりゃ勿論―。
「おはよう、我が弟子」
半裸の師匠が俺の横で笑みを浮かべているからだ。
「ししししししししししししししししし―」
「キョドりすぎだろ君」
師匠は肩肘ついて、朗らかに笑う。いやいやいや、え、なんで師匠いんの?てか肌白! きめ細かすぎる。いやてか、なんで半裸?大事なところは布団でかけれてるけど、え、なんでや。
「昨日は、その、すごかったな。私も濡れに濡れてしまったよ」
「ピロートークみたいな雰囲気出すのやめて!? 」
「事実だろう?」
「濡れたのは瞳の方ね! 」
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賑やかな起床が終わり、いつもと同じような黄金と赤であしらわれた修行場に足を運ぶ。そして師匠は俺の前に立ち、説明をしてくれるそうだ。
「君の指力について昨日考えていた。普通は筋力などと表記される場所だがね。一旦これを拳で殴ってみてくれ。」
何故か教師の服に身を包んでいる師匠。そしてこれもまた視力なんて悪くないのに、眼鏡をかけている師匠の横に巨大な青みがかった塊が出現した。
長方形に綺麗なそれは、後ろの風景が見えるほどに儚い。だが幸薄い青みがかかっており、どことなく神秘的ですらある。
「師匠、俺はレベルも上がって肉体も比べ物にならないほど強くなったんですよ。それをこんな板切れ―」
「いいから本気で殴れ」
「はい......。」
俺は渋々その板切れの前に立ち。拳を握る。そして息をゆっくりと吸い込み、思い切っきり右腕でぶん殴った。
「ほう」
師匠が感嘆の声をあげる。師匠の思い通りに粉砕されていたからだ。
俺の腕が。
「ああああああああぁぁぁ!!! 」
骨の髄まで粉々になっている気がする。所々から骨も飛び出している気がするし、見たくないし何より痛い。
「君が板切れと呼んだこれ。世界最高峰の強度を持つオリハルコンだぞ。」
コンコンと指でうち鳴らす師匠。楽しそうにめちゃくちゃ笑顔だ。くそ、可愛い!
「あと、君の肉体蘇生。複雑になればなるほど、時間もかかるし、魔力消費量も多い。気をつけたまえ」
そう言われ気付いた。確かに治るのが遅いし、めちゃくちゃ痛い。俺の肉体蘇生は確かに体を元通りにしてくれるが、元通りにするだけで治る過程を飛ばしてくれるわけじゃない。
結局俺の右腕が治るまで数分かかった。
「それじゃあ、今度はこれを指で弾いてくれたまえ」
指で弾く?ああ、デコピンか。でもなんだってそんなことを。疑問に思う俺だが、師匠が早くしろと催促してきたので、その通りにしようと思う。
ひとまずオリハルコンの前に来た。少し前は神々しさすら感じてはいたが、今でも憎いただの板だ。
俺はとりあえず、師匠の言う通りに軽くデコピンしてみた。だが、弾いてみたはいいがなんの変化も起きない。少し爪の先が痛いぐらいだ。
首を傾げた俺とは対照的に、師匠は確信めいた頷きを見せている。
「それじゃあ今度は身体強化を施して弾いてみせろ」
「は、はぁ?」
疑問が尽きないが、無駄なことはさせない師匠だ。もちろん俺をからかう時はそんなの関係ないのだが。ひとまず俺は身体中に魔力を漲らせる。そうそうこの感覚。全身の筋肉がみなぎる感じ。
軽く体を動かし、具合を見る。うし完璧。確認も済んだ俺は、再度オリハルコンの前に立つ。ちくしょうがコノヤロウ。何平然と立ってやがんだ。
俺は今度も同じように軽くデコピンをこのオリハルコンにかました。てか、こいつのデコってどこ―。
驚いた。弾いた俺の指がオリハルコンに当たった瞬間、とんでもない衝撃音と共にあのオリハルコンにヒビが入った。
それにそんな、鼓膜が震えるような衝撃音が下にもかかわらず、俺の指は無傷だ。いやさっきと同じように爪の先が少し痛いが。
「いい調子だ。今度はある程度魔力を右手に集めて弾け。全部じゃなくていい、身体強化する分より少し過剰に集めてみろ」
言われた通り俺は魔力を集める。熱い何かが俺の体から俺の右手に集まるのを感じる。これを認識するまで、師匠には魔力を流し込まれたことが懐かしい、などと考えていたらある程度集まった。
言われた通り、身体強化よりも少し多いぐらいの魔力。
俺は期待を、そして少しの恐怖を感じながらオリハルコンの前に立つ。不思議なことに先程のヒビは治っており、完全無欠の最強の功績がそこには立っていた。
そして俺は指を弾いた。
それはとてつもない、今までの人生で経験したことの無いような衝撃音。流星にも匹敵するような熱量を浴びた俺の弾いた箇所。
瞬きすら許さないその刹那に、目の前の最強は後方に吹き飛び、その身体を四方に砕け散らかしていた。
「パーフェクトだ、我が弟子。」
拍手する師匠を俺は見上げている。衝撃で吹き飛んからじゃない。目の前の出来事に体がついていかず、床に座りこんでしまったからだ。
「君の指力とされているその代物。それは普通の人間が筋力と表示されているものだと私は推察する。そして君は1万オーバー。いちばん強い肉体を保持したかつての勇者のパラメーターを知りたいかい?我が弟子。」
まるで劇場で演じている演者のように、豪快に、繊細に、そして芯の通った声で俺に語り掛ける。
「その強さ筋力ステータス4500。異世界からの来訪者であり、魔王の慰み物として使われた悲哀の騎士。そう私の母君が最強であった。」
悪戯に、そして欲しかった玩具が手に入ったような無邪気な、そう本当に無邪気な笑みと共に彼女は俺に語り続ける。
「さぁ、世界を旅する準備はほぼ整った。闇に囚われた、君と私を見捨てたこの素晴らしきこの世界旅しに行こうではないか? 」
羨望も恋情も愛も恋も修行も痛みも孕んだこの体を、俺の相棒の右腕をつかみ彼女は笑った。
「なぁ、我が弟子?」