003「六歳になったが初等部へは行かせてもらえませんでした」
――六歳。俺はついに今日から初等部の学校へと通うことに……はならなかった
「ダイ……六歳の誕生日おめでとう。本来であれば六歳からは初等部へ通うことになるのだが、お前は私のお師匠様のところに行って九年間学びなさい」
父から六歳になった誕生日にそう告げられた。
「きゅ、九年? 父上、九年ということはボクは初等部どころか中等部へも通わなくてもよいのですか?」
俺は内心、学校に行くことを楽しみにしていたのでその理由を聞いてみた。
「うむ、よい。初等部・中等部の学園長には私から話をしてある」
「で、でも……」
さすがにどうしてそんなことになったのか全然理解できなかったのでさらに理由を聞いてみようとしたが、
「ダイ……あなたが学校に通うのを楽しみにしていたのは十分理解しているわ。でもね、ごめんなさい……学校は高等部から行ってもらいたいの」
「は、母上……」
母も父の言ったことにはすでに了承を得ているようだった。
「ダイ……お前の気持ちもよくわかるが今は少し我慢してくれ。それに、父上のお師匠様は学校の先生よりも立派で凄い人なんだ。そんな人から指導を受けられるのはむしろ光栄なんだぞ」
「レ、レイ兄さん……」
俺の六歳の誕生日に高等部からわざわざ駆けつけてくれたレイもまた父の話は聞いているようで、レイも父の援護射撃をしていた。
「ダイよ……お前に辛い思いをさせてしまうのは私としてもとても心苦しいのだが、どうか、私のワガママを聞いてはくれないだろうか?」
父、母、レイが俺に『どうか、何も言わず首を縦に振ってくれ』と訴えるような目を向けていた。
こんなの、断れるわけないじゃん。
「わ、わかりました。父のお師匠様のところへ九年間学びに行ってまいります」
俺は特に反抗することなくすんなり了承した。
本心では納得してはいなかったが、でも、俺がこの世界に……この家の子供として生まれて大事に育てられ可愛がられたことは何よりも俺自身が理解していたし、両親や兄には感謝しかない。だから、俺は家族がそこまで言うのなら学ぶにはとても良い環境なのだろうと思ったし、それにこれまで俺を大事にしてくれたことへの恩返しというつもりもあったので父の申し出を受け入れた。
「そうか! ありがとう、ダイ!」
「ありがとうね、ダイ……」
「えらいぞ、ダイ!」
父や母、レイは俺が首を縦に振ったことに安心したのか、その後、皆大いに盛り上がり、これまでの俺の誕生日の中で一番、にぎやかで楽しい一日を過ごすことができた。俺は最高の誕生日パーティーとなったことで改めて父の申し出を受け入れてよかったと感じながらその日は気持ちよく眠りに落ちた。
次の日、俺が出発の準備をし終えた頃、父のお師匠様という人物が迎えにきた。
「ふむ……お前がダイか。中々、変わった子じゃの、ライ坊よ」
「あ、あの、お師匠様……『ライ坊』という呼び名は子供の前ではあまり言わないでいただけると……」
「ライ坊はライ坊じゃ!……違うか?」
「い、いえ……失礼しました」
「うむ、わかればよろしい」
普段は豪快な父だが、160センチも満たないようなお師匠様の前になると、二メートルもある巨躯がまるで小動物のように縮こまっていた。
ていうか、そんなことよりもこのお師匠様…………俺は小声で母に至極まっとうな質問をする。
「は、母上……お、お師匠様は父よりも年上の方……ですよね?」
「そうよ」
「で、でも、どう見たって…………『幼女』に見えるのですが?」
ピンクのドレスを着たその光り輝く水色の髪と、髪色と同じ透き通る瞳をした幼女が、父の隣でガミガミ偉そうに説教している。
「……そうね。でも、お師匠様はそれがスタンダードなの。お師匠様は魔力を膨大に持っているから余剰分を自分の細胞に注ぎ込んで活性化させていてね……だから、いつまで経っても『幼女』姿のままなのよ」
「な、なんだか、凄い話……ですね」
「ええ……母さんも同じように魔力を細胞に注いで活性化させて老化を遅くしているけど、お師匠様は『魔力が膨大にあり過ぎる』為に仕方なくやっていることなの。つまり、母さんとは魔力のレベルが桁違いなの」
「……す、すごい」
母の話が真実だとすれば……というより、父があそこまで『幼女』に縮こまっているところを見ると真実で間違いないのだが、そうだとすると、このお師匠様がとんでもない人物であることだけは理解した。
「おい、そこのガキ!」
「は、はいっ!」
自分と大して変わらない風貌の『幼女』にガキ呼ばわりされる。あと、だいぶ口が悪いお人のようだ。
「お前、今、ワシのこと『幼女にガキ呼ばわりされた』と思ったろ?」
「え? あ、いえ……そんなことは……」
「ふん! いいか、よく聞け……私はお前の父親の師匠『ミーシャ・アイゼンハワー』だ。ワシはお前の父よりもこの国の国王よりもエライ。だから、見た目で判断せず尊敬するように。以上!」
「わ、わかりました……」
「声が小さーーいっ!!」
「わ、わかりましたーーっ!!」
「うむ。では行くぞ」
「え? 今、着いたばかりなのにもう……ですか?」
「町なんぞに長居は無用じゃ、いくぞ」
「え、あ、は、はいっ!」
「しっかりと……ワシについてこいよ?(ニヤリ)」
「……??」
そうして俺は家族との別れの挨拶もそこそこに、さっさと旅立った。
「……相変わらずね、お師匠様」
「全くだ。九〇近いくせして今だにあの気迫が衰えないなんておかしいだろ? ていうか見た目『幼女』とかもうバケモノの類だろ? 隣にいるだけで震えが止まらんかったわい」
「せ、『戦場の暴君』『冷徹の舞姫』と言われる『英雄五傑』の父上や母上でさえそこまでかしこまる……そんなに凄いんですか? お師匠様は」
「「昔の二つ名を口にするんじゃない(ありません)!」」
「す、すみませんでしたっ!」
二人は昔の『二つ名』で呼ばれることをとても恥ずかしがっているのだが、レイを含め他の一般大衆はこの『二つ名』を尊敬と憧れの象徴としている。というのも、両親……ライオウガとマリアはこの国を救った『英雄五傑』であるのだが、そのことはレイや一部の関係者以外には伏せている。当然、この時点では俺も二人が『英雄五傑』という存在だったことは知らなかった。
え?『英雄五傑』が何かって? それについては少し長くなるからもう少し後で説明させてくれ。
まあ、そんな『英雄五傑』の両親は、師匠が俺をすぐに弟子として認めてくれたのが意外だったようで、
「……でも、お師匠様がダイを一目見ただけで『ついてこい』って言うなんて……よっぽど気に入ったようね」
「え? あんな素っ気ない態度でさっさとここから出て行ってしまったのにダイは気に入られたんですか?」
「うむ。我々もそれなりにダイの『力』を認めてはいたが、お師匠様が一発で『ついてこい』と弟子として認めるなんて今まで聞いたことがない……やはりダイの潜在能力は高いのだろうな」
「父上……」
父と母は俺の後ろ姿を見ながら少し涙目だった、とずっと後にレイが教えてくれた。
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「遅れてるぞ、ダイ! 急ぎなっ!!」
「は、は……い……ハアハア」
家から旅立った俺と師匠……ミーシャ・アイゼンハワーは山奥にある師匠の家まで丸一日歩きっぱなしだった。
俺、この時まだ六歳だぞ、六歳。
頭おかしいだろ? このロリババア……失礼、師匠。
「おいおい、これはまだ修行前のウォーミングアップみたいなもんじゃぞ? ほら、さっさとついてきな!」
「え……ウ、ウォーミングアップ? ハアハア……じょ、冗談、でしょ?」
「ほほう、このワシが冗談をついているように……見えるか?(素敵な不敵な笑顔)」
「……(苦笑)」
「ほっほっほ、ワシの修行はちと厳しいぞ? 楽しみにしとれ」
「……(引きつった苦笑)」
「ほれ、ちゃんと着いてくるんじゃぞ。この森は『深淵の森』と言ってな、A級からS級の魔物が出る森でこの国の『特別立入禁止区域』となっておる、じゃからワシから離れると命が無いと思え」
「えええぇぇぇええぇ~~~~っ?! ハアハア、そ、そんな……ボク……まだ、ハアハア……六歳……」
「ほれ、さらにスピード上げるぞ」
この時、ロリババア……失礼、ロリババア師匠はマジで加速した。はっきり言って鬼である。
まあ実際、ロリババア師匠は最初に俺と会った時に『現時点の俺の能力』を見極めた上で六歳の俺にいきなりあれだけ走らせた、と言っていたが、それでも『やり過ぎだろ』と文句の一つも言いたくなる……というか言ったがな。そして『生意気じゃ!』と殴られたがな。
振り返ると、この修行時代の最初の一年はただただ地獄でしかなく、思い出したくもない思い出ばかりなので今は割愛しておく。気が向いたらまた話すということで。マジ、今はちょっと勘弁。
そんな、『死』が隣にいつもついて回るような地獄の一年を乗り越えた俺は、師匠がこの世界で最強と言われる所以である『氣念術』をこの頃から教わることとなる。
――そして……それから九年の月日が流れた。