マイヤ参上!! 中編
マイヤの大声が談笑を奏でていた教室を静まり返らせる。そして、皆の視線を集めさせた。
俺の存在にびっくりした表情をするマイヤ。しかし、その表情は見る見るうちに変わっていった。
今にも泣きそうな顔をして身体を震わせている。それはまるで二度と会えないと思っていた人と会った、とでも言いたげに見えた。
そんなマイヤが俺の所に近寄ってきて、俺の存在を確かめるように身体をペタペタと触りながらこう言った。
「リコ――ほんとにリコなんだよな? 私の見間違いじゃないよな? 生きてんだよな?」
「ああ。その、何だ……久しぶりだな」
生きとるわっ!! どアホ!
俺は心の中でツッコミを入れながらもマイヤに返事を返す。多少ぎこちなく返してしまったが、これには訳があって。
というのも。矯正施設から出てから、ガンちゃんとは付き合いがあるものの、マイヤに会うのは実はこれが初めてで。ガンちゃんもガンちゃんでマイヤにはあれ以来会っていないとか。
だから二人で、「あいつ元気かなー」とか「お前みたいに不登校になってなきゃいいけど」とか言っていた。やかましいわっ!
そんなマイヤが今目の前に居る。この出会いは偶然か必然か……。おそらく偶然なのだろう。
それよりも。今マイヤが脇に抱えているその体操着。それは俺が年齢を詐称してまで買ったお宝なんかと比べるには、あまりにも格が違った。それは正に伝説のお宝。それは正に――黄金の秘宝だった。
それを目の前で拝ませてくれたことに感謝――そして……出来ればちょっと触らせて貰えませんか? 大丈夫、汚しませんから。ちょっとだけ、先っちょだけでいいから。
――いや、まてよ。
俺は思い出した。今日のラッキーアイテムを。
それは金髪。そして、俺の目の前にはマイヤ。こ、これは――まさか……
俺は一つの仮説を導き出した。
それは、目の前の体操着を譲ってくれるんではないだろうか、と。
これは正に運命。この出会いは偶然か? 否っ! これこそが必然。この想いこそが永遠だっ!
そんな俺の存在を未だ手の感触で確かめてるマイヤ。それをひとしきり堪能したのか、満面の笑みをなって、俺にガバッと両手を広げおもいっきり抱き着いた。
「リコーッ! 会いたかったよぉ。何で連絡してこねーんだよ、バカ」
俺に抱き着いたせいで、脇で抱えていたお宝が落ちた。
ああぁぁっ! 俺のお宝があぁぁあ!!
――いや、まて! これは逆にチャンス! そう、チャンスですっ!! 拾って、どさくさに紛れて、ムフフフッ
俺は未だ抱き着いているマイヤに声をかけながら、目の前のお宝を回収しようと試みた。
「あー、その何だ……悪かったな」
「ほんとだよバカ。お前ともソルトとも会えなくて、寂しかったんだぞ。心配してたんだぞ」
「それは俺もガンちゃんも一緒だ。二人でよくマイヤのこと心配してた」
「何でお前達は会ってんだよぉ……私も仲間に入れてくれてもいいじゃんかよぉ」
……取れない。屈めない。っていうか、痛い。あの~、マイヤさん? もうちょっと力緩めて貰えませんか?
そんな俺の想いもお構い無し。マイヤはその華奢な身体で万力の如く俺を締め上げていく。痛い、痛い、痛いっ! どんな力してんだよ!!
マイヤの締め上げに何とか耐えながらも、俺は、目の前の、伝説の秘宝を……ゲットするために――はっ!?
その目で見てしまった。俺の行動を信じられないとでも言いたげな様子で見ているルミスちゃんを。
そのジトッてした目は、まるで汚い物でも見下ろしているかのようだった。
その小さくてスベスベしてそうな手で口や鼻を被っている姿は、こんな奴と同じ空気を吸いたくないという表れにも見えた。
――俺は何てことを。
朝誓ったばかりではないか。彼女に不快な想いをさせないって。
それがどうだ? 俺の邪に溢れんばかりの愚行が、俺の先走った(意味深)思いが、彼女を不快にしているではないか!
クッ……俺は何てことを……
俺は自らの愚行を省みた後、今も締め上げるマイヤに向かって、言った。そ、そろそろ限界……。
「マイヤ、せっかくのお……借りもの落としてるぞ」
「何だよぉ、何で畏まってんだよぉ」
「いや、そうじゃなくてだな」
「じゃあ、何だよぉ」
「あー、その、な? 貸してもらったんだろ。大事に扱えってことだ」
「……分かった」
ようやく解放された。
マイヤは俺から離れた後、落としていたルミスちゃんのお宝を拾い上げ、今度は大事そうに胸で抱えていた。ああ……俺のお宝……
名残惜しい。けど、これで良い。
ルミスちゃんを傷つけない。そう誓ったから。
――それにしても。
俺はマイヤを見る。
その顔は抱き着いた時に見せた笑顔とは違い、今にも泣きそうな顔をしていた。
いや――もしかしたら、泣いた後だったかもしれない。
少し目を赤くしていて、目尻に涙を浮かべている。それを見て思った。こいつ、そんなに俺に会いたかったのか? と。
いや、まあ、俺もこうしてまた会えたのは素直に嬉しい。けど、何ていうか……
どっちかっていうと、驚きの方が勝ってしまって素直に喜べない。だって、まさか同じ学校に居るとは思わなかったんだもん。
そして、その現実を頭が理解した時には、俺よりも取り乱してるこいつを見て冷静になってしまったというか。俺まで取り乱したら、って思うと、頭が落ち着いた。
その、何だ。もっと、こう雰囲気的なものっていうか。もうちょっと心の準備ってものが欲しかった。そしたらもっとすらすらと言葉が出てくるのに。だから俺は童貞なのか……
そんな俺を名残惜しそうに見ているマイヤ。もし俺が手を広げて、おいでのポーズをしたら遠慮なく飛び込んで来るだろう。犬か何かか、お前は。
そんな待てのポーズでもしてるかのようなマイヤの頭をポンポンと撫でながら、俺は優しく言った。
「ああ、もう。泣くんじゃない」
「な、泣いてないっ! やめろっ。は、恥ずかしい……だろ……」
「いいから、いいから。今更恥ずかしがんな」
「……ほんとに心配してたんだからな」
「ああ」
「これからは一緒に居られるんだよな?」
「ああ、いつでも会える」
「毎日一緒に居られる?」
「ああ、会いたい時はいつでも来い」
ぐしぐしと目元を拭うマイヤ。そしてその後でさっきのような満面の笑みになって、こう言った。
「分かった。じゃあ、昼休みまた来るからっ!!」
――え? それは早くね?