久しぶりの学校です
久しぶりに訪れた学校は緊張する。
今までそんなこと思ったことも無いのに――あ、これはあれか。
ここから先に足を踏み入れると、今まで居るはずの無かった女子生徒が居るってことにビビってるのかもしれない。
うん。そうに違いない。それしかない。それだけであって欲しい。
俺は校門を目の前にして、そう思う。
時刻は午前九時を過ぎたところ。
立夏のお日様がギラギラとした目付きで凝視してくる。
気温はそんなに高くないはずだが、やたら暑く感じる。おかげでうっすらと汗をかいている。
上着を羽織って歩けば、酷いことになっていたであろう。そんなの御免蒙る。
何も変わってなければ、この時間は一時限目の授業が始まっているだろう。いやぁ、まぁ、学校事態が既に変わってしまっているのだが。
本当は登校時間までに登校したかった。しかし寝坊した。
と言うのも、昨日の衝撃的な出来事について俺なりに考察をしていた。決していつもの狂った生活習慣が改善されなかったからではない。
と、冗談はさておき。
俺なりに頭の整理をしていたのは本当だ。
突然の来訪者――自称クラスメイトが置いていった言葉とプリントの束は、俺を悩ませるには充分過ぎる程の量で。
変わったことを整理して、大まかな学校の態勢を理解した頃にはもうチュンチュンと小鳥がおはようと言っていた。
その場に任せて、はい、と言ってしまったが、まさかこれほど変わっていたとは。
俺は改めて、昨日知った事柄を紐解いていく。
学校が共学になったこと。
初対面で知らない女の子の自称クラスメイトが出来ていたこと。
そのせいで俺が寝不足なこと。
うん。駄目だ。やっぱり全然意味が分からない。
まず俺の通っている学校は男子校だ――いや、今は、だった、か。
王都アーガルム男子校。俺が通っていた学校の名だ。
そして、それと番になるように設立されている王都アーガルム女子校。
どちらも王都の学校の中では歴史が古く、数々の著名人を排出してきた学校だ。
そんな二つの学校がいきなり共学になって、一つの学校として新たな歴史を刻み始めている。これは俺が十六年間生きてきた中での、驚愕した出来事No.1だ。
だから、こうして耳にして目にするとやっぱり思うことがあるわけで。
何で急に変わったのか。っていうか、何故、俺は国レベルの一大行事を知らなかったのか――あ、そうか。この間まで、アーガルム矯正院にいたからか。あそこは外部の情報が一切入ってこないからなー。
矯正施設――この言葉で全てを物語っているが、思ってる以上に過酷な場所だった。
別名、永久凍土の監獄とか独裁館とか呼ばれているその場所は、寧ろシンプルに刑務所といった方がピンとくる気がする。
一度入れば、決められた期間を満了するまでほぼ出られない。
そして、永久凍土の監獄と呼ばれるだけあって、外は年がら年中雪だらけ。
おまけに山の奥にあるもんだから、それを活かした厳しい――元い、有難い御指導も毎日ある。娯楽を知っている学生には本当に酷な環境だ。
こんな学生版刑務所から出所するには二つ。
一つは決められた期間を満了すること。これは普通だ。
そして、もう一つは心身的にこれ以上続けても意味がないと判断された時。これがある意味、一番早い抜け出し方。通称、脱獄だ。
王道的な脱獄もある。しかも、それ自体は案外容易に出来る。
だが、如何せん周りがこんなんだから、結局は未遂で終わる。
捜索とかは一切しない。戻ってくることが分かっているからだとか。それに、出来たら出来たでそれは誉めてやることだ、とか笑いながら言っていた。
俺達――正確には俺は入っていないが、施設に居た皆が言っていた脱獄ってのは、如何に反省の色を見せて出所の日数を早めるか、ということ。
在るものは泣きじゃくりながら土下座で懇願したり、在るものは御指導中に痙攣しながら運ばれていったりと方法は様々。
必死な顔しながら「俺、明日脱獄する」と宣言していた同士達が懐かしい。
今だから言うが、あれ絶対に涙だけで溜まる水の量じゃなかったし、痙攣していた奴もうんこ漏らしてたし。皆、演技派の集まりだった。後で掃除するこっちの身にもなってくれ。
汚物に塗れながらも一人、また一人と成功していって、気付けば俺を含めた三人だけが残って。
一人はガンちゃん。俺がよく連んでいる奴。もう一人はマイヤという女の子。
思えば半年位、三人で一緒に過ごしてたっけ。うわっ、めちゃくちゃ懐かしくなってきた。
まあ、刑期を全うして出所した後は、ただの不登校だったんだけど――ヤバい、惨めになる。
そんなことがあって、この半年間の情勢というものがいまいち分かっていない。不登校もしていたし。
おそらくはもっと前から、ニュースになったりとかしていたんだろうが、そん時は自分の事でいっぱいいっぱいで。
だから、世界に置いてきぼりにされていた俺は、貰ったプリントと郵便物を駆使して、やっと今に追い付いたって状態だ。
そのほとんどに再三に渡り、って言葉が目立ったことは内緒だ。
まあ、国が決めたことだ。今更あれこれ言ったってしょうがない。それに――不満があるわけでもないし。
国のおかげでこれから俺は女の子と一緒の学校で、一緒に勉強することになる。お国様様だ。
それがあんな可愛い子と一緒のクラスでってのは、もう付き合ってるのと一緒なんじゃないか? 一緒だと思う。ほんっとにお国様様です。
――いやいや、考えろ俺。冷静に。
そうだ。冷静になって、もう一度考えろ。昨日読んだ本を思い出せ。がっつく男は嫌われるって書いてあっただろ。ここで嫌われてみろ、もう二度とお近づきになる機会はないと思え。
でも――もし、もしかしたら、だ。
あの子より可愛い子がいるかもしれない。そしてそれは――その女の子とも付き合ってるのと同然だ。
これは、まさか――引く手数多!?
俺に全員相手出来るのか? いくら性なる欲を持て余していると言えど、俺に出来るのか? 俺が年齢を詐称してまで買った宝物をもう使わなくなってしまうのか――いや、これはたまに使いたい。
まさか一夜にしてこうも世界が変わるとは。
世界を知った時、世界は変わる。そして、女の子とムフフな関係になれる。
うん。これからは世界にもっと目を向けよう。
俺は心に固く誓い、軽い足取りで、王都アーガルム男子高校――元い、王都ヴァルハラ学園へと歩を進めた。
――そういえば、制服羽織ってこなかったけど、大丈夫だろうか。