ただ前へ
――それは、阿修羅の戦いだった
ひたすらに群れをなす白い〈ポーンを〉薙ぎ払い
戦場に進むべき道を切り開くレイト
追加で装備した〈コンポジットアーマー〉は穴だらけで
それでもなおスラスターを吹かし続け、腰にマウントしたレールガン〈レグナント〉を撃ち込む
「〈リロード〉フールズ、フォローしろ」
前に出るネルとモル
その手にはチェーンソーに似た近接戦闘用〈ロリポップ〉
ガリガリとポーンを細切れにし、黒い液体をぶち撒ける
「どいた、どいたー」
「全員、ひき肉だー」
レイトは手に持った〈ニルヴァーナ〉からマガジンを捨てて
予備の弾倉を取り付け
〈エアリアル〉を全開に吹かし跳躍する
遠くに見えるポーンの山
レイトはそれを〈スポット〉する
インジケータに映る戦術マップに赤い点が付き
それを確認したレイトは指示を出す
「ハングマン」
「もうやってるよ」
その声とほぼ同時にマルチプルクラスター
〈ラーマーヤナ〉が上空から降り注ぎ
その一帯を焼き払う
それを逃れたポーンを
ハーミットが恐るべき精度で撃ち抜き続ける
「…視界悪くすんなよ、手元が狂う」
開けた視界、その後ろから更に湧き出してくるようにわらわらと〈ポーン〉の群れが飛び出してくる
「…キリがないな」
無限に湧いて出てくるわけではないと知っていても
その光景に心が折れそうになる
悪くないペースとはいえ、時間に余裕はなく
それ以上に弾と機体が持つかどうか
「ハーミット、目星は付いたか?」
「大体の予想だけど、この辺だろうな」
センサーポッドの情報を戦術マップに上書きして
大体の位置を割り出すハーミット
そこに緑の光点が表示される
「了解、単独でそこに向かってルークの無力化を図る」
…少しの沈黙の後、ハーミットが言葉を返す
「…やれんのか?」
「こっちはこっちで手一杯だそ?」
それにレイトは力強く答える
「やらなきゃ、死ぬだけだ」
「「りょーかい」」
「死んだらぶっ殺すよ?」
「ぶっ壊すからね?」
フールズから物騒な返答が返ってくる
ハングマンもそれに続く
「ビーコンだけ置いて、さっさと帰ってこい」
「これ以上、スコアに差がついたら巻き返せないからな」
信頼でも何でもなく
それが一番勝率が高いと皆が、そう判断した
ただそれだけだが
それがレイトの存在証明足りえる
「…5秒くれ」
「コード〈ペインコール〉」
再起動出来ない以上
〈アンリミテッド〉は使えない
それでも、使用できる限界値ギリギリまで機体を使えるように
レスポンスを調整し、その分の負荷を受ける
同調値が低い故の
脳が焼き切れるような痛み
許容することすら難しいそれに耐え、歯を食いしばる
ノイズがフィールドバックされ、思考が黒く塗りつぶされる
「全部…潰してやる」
「動かなくなるまで、全部」
「奪った奴等を、殺し尽くしてやる」
ガリガリと流れこむ、負の感情
身を焼く怨嗟の声、それは
戦場に漂う亡霊のものなのだろうか?
勝手に動こうとする、それを押さえこみ
レイトは〈エアリアル〉を全開にして文字通り、飛ぶ
単独戦闘を続けてどれぐらい進んだのか
コンソールを見る余裕が無いから分からない
群がるそれに〈ニルヴァーナ〉を叩き込み
それをすり抜けた者は銃剣で貫きそれを盾に押し込む
マウントしたレールガンが閃光を放つ
猟犬の如き衝動に、突き動かされるように
ただひたすら、前へ
殺し、殺し続け
純白の〈ポーン〉を黒い血で染めながら
狂気の様な危うさのマニューバで致命傷を避け続け
それでも避けきれない痛みを堪えながら吼える
「邪魔くさいんだよ!!」
それは、敵に向けたものなのだろうか
それとも身を焼く痛みだろうか
――眼前にポーンのチェーンブレードが迫る
感覚のない左手がまるで自分の意志とは関係なく動き
咄嗟に撃ち切った〈ニルヴァーナ〉でそれを防ぐ
グシャと骨が削れるような鈍い音
そのポーンをレールガンで吹き飛ばし
忌々しげに叫ぶ
「糞ゴミの木偶人形が!」
「ノイズなんて垂れ流してんじゃねぇよ!」
今のは被弾するべきでは無かった
回避できて然るべきの攻撃、だが意志と無関係に
身は竦み、反射的に動いてしまう
ズキズキと思考を奪い去る痛み
1丁になった〈ニルヴァーナ〉のマガジンを捨て
ウエポンラックに手をかけて
弾倉がもう残り少ない事に気が付く
向かってきた頭に銃剣を突き刺しながらリロードし
トリガーを引く
それでも、僅かに見えてきた倒すべき目標
遠くに見える白い城を睨みつける
〈スポット〉出来ればこの距離からでもロック出来るが
流石に〈ルーク〉そんなことは許されない
それでもレイトはそれを睨み続ける
それを守るように群れをなす〈ポーン〉
…ここさえ抜けられれば勝ちだ
レイトはマウントした〈ルインブレード〉を抜く
「…殺す」
もはや猟奇じみた表情を携え
すべてを黒く染めながら、それを突き動かすのは――
もはやレイトではない亡霊
〈イーグル〉たる矜持でもなく
守るべき仲間の為でもなく
ただ、むき出しの生存本能
自分に最も近いポーンをスポットし
「戦術支援、〈ラーマーヤナ〉」
すべての敵が自分に向けて走りだしてくる
自分の武器では、倒しきれないと判断した亡霊は
無差別にすべてを焼く、それを要求し
仄暗く嗤う
手に持った剣が〈ポーン〉の頭を切り離し
その刹那、辺りにクラスター弾が降り注ぐ
首の無いポーンを傘代わりに爆炎の中を進むレイト
それが降り止んだ瞬間、用済みとなったそれを打ち捨て
スラスターをさらに吹かす
振るい、突き刺し、敵を薙いで、一歩でも前へ
撃ち込まれた弾丸に耐え切れず
コンポジットアーマーが音を立ててパージされ
チェーンブレードが脇腹に突き刺さり
指向性クレイモアが左脚を吹き飛ばす
それでも、スラスターの生み出す慣性のまま
ポーンの頭をルインブレードで突き刺し捨てて
脇に刺さったチェーンブレードをひき抜き
眼前のポーンの首に差し込む
ゴリゴリと嫌な音を立てて
痙攣する様に振動しながら動かなくなるポーン
更に敵を殺そうと辺りを見渡すが
そこにはもう何もいなかった
――もう、動くものは無い
もう戦わなくていい、と僅かに残った理性がそれを判断し
「〈ペインコール〉解除」
その一言でレイトは、やっと亡霊の手を逃れ
そこに舞い戻る
「……こちら、イーグル〈ルーク〉を見つけた」
「ビーコンを設置する」
一泊遅れ全員から返答が返ってくる
「「了解した」」
残りリミットは5分ほど
ガイドビーコンを設置して
〈エンジニア〉のクレイヴが〈バリスタ〉を起動し
座標を打ち込む
電波妨害がなければ無線でそれを操作し
遠隔からでも解体することが可能だ
程なくして上空から突き刺さる〈バリスタ〉
クレイヴは驚いた声を上げる
「…防御壁が馬鹿みたいに柔らかい」
「多分お前でも解体できんぞ、これ」
そんな冗談にレイトは笑う
フールズもそれに続き
「「レイ卜ちんに出来るなら、よゆーだね」」
俺に解体できるなら、クレイヴなら一秒掛からない
そう、勝利を確信した瞬間
センサーポッドを眺めていた
レインが叫ぶ
「〈イーグル〉飛べぇ!!」
その声の意味を理解した瞬間には
レイトのワイヤードールは腰から真っ二つに切り裂かれていた
ガラスの様に防壁が砕けるのを視界の端に捉え
不可視の斬撃でバレルの短くなったレールガン〈レグナント〉と残った〈ニルヴァーナ〉をそれに構え、ありったけ叩きこむ
火柱を上げる、〈ルーク〉
「パージ!!」
そう叫ぶのと動力ユニットをぶち抜かれるのは、ほぼ同時で
鈍い痛みのなかブラックアウトする視界に僅かに映ったのは
白い〈ナイト〉とそれに引きずられる
左脚の損壊したワイヤードール
そこでレイトの意識は途切れた