白駒
ブリーフィングの内容は至って簡素だった
「ルークの排除、可能な限りの脅威の殲滅ね」
レインは面白がるようにそれを復唱する
「相変わらず中身ねぇな、お偉いさんの命令は」
敵の数どころか構成すらも不明なそれはいつもの事ながら
皆の士気を下げるのには十分だった
レイトはいつものように指示を出す
「俺は〈アサルト〉で〈ポイントマン〉をやる」
それに答えたのはネルとモルだった
「「レイトちん、それしか出来ないもんねー」」
「「ぶきっちょさんだもん」」
「…お前ら二人も、今回は〈アサルト〉な?」
彼女らは笑いあって、怖いよー痛いよーなんてひとしきり言い合ったあとに返事を返す
「ダー」
「アイアイ」
「レインは〈スカウト〉、俺の頭をふっ飛ばすなよ?」
彼はヘラヘラ笑って
「手元が狂わないとは言い切れないけど」
「仕事が終わるまでは、そうさせてもらうわ」
「グレイヴは〈エンジニア〉、役割まで暇だからって寝てたら、バスタード打ち込むからな?」
彼は苦笑いして
「言われるまでもねぇよ、お前にぶっ飛ばされたら、目覚めたらお花畑で起きるハメになる」
「最後にイチカ、お前は…」
「〈スポット〉で必要な所を援護に回ってくれ」
「私だけ指示適当過ぎじゃない?」
「まぁ、いつもだから良いけどさ…」
ぶーたれながらもレイトに敬礼を返す
「各自、バイタルチェック終了後」
「速やかに作戦行動を開始しろ」
「あと、あんまりゴミ引いたら俺の予備に回して乗り換えろ」
皆がその言葉に、敬礼を返す
ハウンドデバイスに光が灯り
システムの起動を告げ
全員がコンソールにジャックを差し込む
「コンバットシステムブート」
視界はすぐにブラックアウトを始め
その闇に飲み込まれていく
「リンクオン」
そう告げた瞬間にレイトに襲い来たのは
鋭い痛みと、虚脱感、そしてノイズ
「相変わらずこの戦場のワイヤードールはゴミだな…」
砂嵐混じりの目に映るのは、元アリアンドとの国境付近
通称「ボーダー」だ
数ある戦場の中でも最低な環境のそこは
レイトと同じ〈非国民〉の主戦場だった
そこで戦う人間にとって
ワイヤードールは最も忌み嫌われる兵器の一つだ
普通、ブレインになれるのは一部のエリート
いわゆる、「国民様」ばかりで、そんな国民様が死なないためのお人形を整備しようなんて、殊勝な心掛けの奴は居ない
それのせいで自分たちが死ぬとしても
そんな奴等に守られるくらいなら死んだほうがマシだなんて
僅かに残った誇りのような感情で
損傷したままワイヤードールは放置されていることが多く
レイトが引いたそれも、大分酷い有様だった
インジケータに目をやる
〈同調率〉22%
〈損壊率〉69%
通常、どちらも50%を過ぎた機体は
解体されてニコイチにされる
それもそれでひどい違和感が有る物の
こんな機体よりはそれでも幾分マシだった
他の奴らのバイタルを確認する
「こちらファントム、調子はどうだ?」
「こちらハーミット、まぁマシだ、五体満足」
「「フールズだよー、頑張れるよー」」
「ハングマンだ、左手の損壊が酷いが支障はない」
「こちらウィッチ、左足のアクチュエータが死んでる」
「取り敢えず他のワイヤードール拾って合流するね?」
損壊はあれど、戦えない事は無さそうだった
そこでレイトはある違和感に気がつく
…通常戦闘が始まれば無残に転がっているはずの
戦車やヘリが無い
…そして極めつけは
「戦術支援…使用可能?」
それは異様な状況だった
通常、ルークが出現すればそれは使用不可の筈だ
そしてルークのいない戦場に放り込まれたという事は
…レイトは悪寒を覚える
「状況変化、作戦目標を再設定」
「…どうやら、誘い出されたみたいだ」
多分、この戦場に〈ルーク〉は居る
だがそれは、遠隔兵器を無力化するそれでは無い
もっと醜悪な化物が潜んでいる
「対〈白駒〉戦闘準備」
その声に反応したのは
戦術教官だった
「…そんな情報は聞いてないぞ!」
慌ただしい声を遠くで聞きながら
レイトの発した言葉に、皆一様に押し黙る
チームで最初に口を開いたのはレインだった
「〈白駒〉ってマジで言ってんのか?」
「戦術支援が使えるから、そうだろう」
潜んでいるのは白い〈ルーク〉
それは、ハウンドドックを騙すためのデコイだ
そして、通常とは違う白駒は
言うなれば対〈ワイヤードール〉専門の外敵だ
例えば、ポーンなら通常
「レールガン」と「高周波ブレード」を装備している
それは、機体を破壊することに特化した武器だ
だが白駒のポーンが装備するのは
「無貫通弾頭アサルトライフル」と「チェーンブレード」
そして「指向性クレイモア」だ
機体に対するダメージではなく
奴らは、痛みを持ってブレイン本体を破壊しに来る
孤立した一体を嬲り殺しにして、救援に来た仲間を更に狩り、芋づる式にすべてを殺す
常に先手を取られるから〈白駒〉
そして、セーフティパージもコンバートも
白い〈ルーク〉の前には通用しない
タイムリミットが来たらゲームオーバーだ
その戦い方を考えれば
まず最初に狙われるのは…
「ウィッチ、今何体〈パラレル〉してる?」
「…3体だね、しくじった」
コンバートできない以上
一度繋いでしまった、それは解除できない
白駒対策として一番有用なのは自殺だ
リミットオーバする前に機体を潰して
強制的に意識を戻す
そしてもう一度リンクオン
それですら耐えられる保証が無いが
イチカの場合はそれが三人分
その苦痛に晒されれば…
考えるまでもなく、待っているのは死だ
自身の判断の甘さに怒りを覚え
レイトは唇を噛み、血が流れる
「…敵のターゲットはウィッチだろう」
「援護しながら〈ルーク〉を潰す」
その決定に、イチカは叫びを上げる
「ファントム、私を見捨てて」
「どっちにしたって、足手まといだから」
「やり直しが利かなくなるなる前に行って」
戦術教官にそれを告げる
「ナイトメア準備しといて」
「最悪、それでギリギリまで誤魔化す」
それは悲壮な決意だった
集中攻撃に晒されるとしても
足手まといになるくらいならば、戦力を削るくらいなら
それに耐え、独り孤独に死ぬと許容する
巻き添えるのは御免だと、彼女はそう言っているのだ
グレイヴもそれに賛同する
「正直、勝率を考えればそれが一番だ」
「どちらにしても誰かが〈ルーク〉を潰せなければ、惨たらしく殺される」
「ナイトメアもタイムリミット過ぎてから使えば」
「リミットと同じ位は耐えられるだろう?」
ネルとモルは困ったように
「「でも、出直してもウィッチ居なくて勝てるの?」」
レインもそれを口にする
「…ワイヤードールの数も多くない以上、大分厳しいぜ?」
意見が割れ、残るのはレイトのみ
考えていれば時間は無くなる
死が、音を立てて近づいてくる
「…分かった、ウィッチはギリギリまで回避行動」
「リミットオーバーしたらナイトメアを使え」
「…了解、信じてるよ」
「…教官リミットまで舌噛まないようにしといて」
そこまで耐え切れず今際の瞬間でも声を上げないように
苦痛に滲む声を他のチームメイトに聞かせないように
死んだほうがマシな激痛に耐えるために
イチカは自ら声を捨てる
できない約束も、嘘もつかない信条だが
この時ばかりはいかに、困難だろうとも
まるでそうあるように言わねばならない
…それがレイトのもつ勲章の重みだ
「〈イーグル〉了解した」
「必ず、全員生きて帰る」
「このまま現作戦行動を続行する」
何も言わぬまま戦闘の準備をし始める
「戦術支援」
「センサーポッド、オン」
周囲にドローンが展開して索敵を開始する
「展開オッケー」
「敵を見つけたら、スポットしろ」
「ハングマン、支援兵装の操作は任せる」
「各自、使える武装を確認しといてくれ」
「〈ルーク〉を見つけたらビーコンを置く」
「「了解」」
レイトはそこまで言って
自身の武装支援を要請する
〈リアクティブアームズ〉
変化する戦闘に対応するための装備群
武装のコンテナが空から落ちてきて、展開する
その中から強化装甲の〈コンポジットアーマー〉
追加スラスター〈エアリアル〉
2対の貫通弾頭用サブマシンガンにヒートブレードをマウントした〈ニルヴァーナ〉
腰のマウントに電磁レールガン〈レグナント〉
反対側に近接戦闘用長剣〈ルインブレード〉
単独で敵陣を切り開くための装備群を身に着け
自身を鼓舞するように叫びを上げる
「〈イーグル〉コンバットオープン」
――タイムリミットは15分
戦うと決めた以上、それは揺るがず
それを過ぎてしまえば、ただ無残に死ぬだけだ