存在証明
実習室にはもうすでにレイトたち以外の全員が揃っていた
「なんだよ、お二人さんデートかよ?」
ヒュウと口笛を鳴らす彼は
同期のブレインで、名前はレイン
識別コードは隠者
クラスは〈スカウト〉だ
「遅いねー」
「遅いよー」
声を合わせて糾弾する双子の姉妹は
ネルとモル
識別コード愚者
二人で一つの識別コードを使っている
クラスは〈アサルト〉〈スポット〉を二人で切り替えながら戦う
「亡霊だから気が付かなかっただけだろう?」
そんな軽口を叩くのは
クラス〈エンジニア〉のグレイヴ
識別コード釣られた男
みんな、大アルカナになぞらえた識別コードを持っているが
それは呼ぶのに不便だから付けた仮初で
正式なものはひとつもない
だからといってらただ無機質に出席番号で呼ばれるのは
まるで囚人のようで、それだから
誰しもがコールネームを名乗るのが通例だ
レインが陽気な声をかける
「…どこに行ってたん?お花畑?」
レイトはそれに皮肉で返す
「…黄泉の国に観光だよ」
「パスポート切れで追い返されてきたけどな」
「じゃあ」
「ならなら」
「「準備運動は終わってる?」」
双子のネルとモルは声を揃えて
それを聞く
それに応えるのはイチカ
「準備運動で、レイト〈アンリミテッド〉使ってるからフォロー宜しくね?ネル、モル」
「アイアイ」
「ヤー」
「「レイト足手まといー、分かったー」」
本当に理解してるか判らない適当な返事を返す
グレイヴは呆れ顔で
「また、得点稼ぎに勤しんでたのか?」
「そんな事しなくてもお前のスコアは誰も抜けんぞ?」
レイト達が遅かった訳
それを意味するところを、皆知っている
知っているからこそ咎める事はしないが
ただ、それでもレイトのことを亡霊と呼ぶのは
そんなレイトを〈イーグル〉と認められないのは
監督教官の声が響く
「死なないために、必死だな〈非国民〉」
「不調だ何だと言おうがスコアを切れば容赦なく捨てて」
「お前を故郷まで送還してやる」
「そして我が国の誇りたる、その勲章を返してもらうぞ 」
レイトは舌打ちを返し
「別に好きで付けてる訳じゃないですよ」
「どこぞの腑抜けた国民様は、それを実力で取り返そうとは思わないんですかね?」
「お前達が弱いから、イーグルやってんだよ」
「さっさと奪い返してみろよ」
一気に温度の下がる実習室
それは、ここにいるレイト以外の、全員に対してへの
宣戦布告のような言葉だった
イチカは呆れたように
「レイト、もう少しマシな言葉使ってよ」
「それに教官も」
「大体、この16年間誰も立ち入れてないのに送還なんて出来るわけ無いでしょ、馬鹿らしい」
そして、この教官の言う事は大間違いだ
レイトはそれを突きつける
「というか、上官に対して随分な態度ですね」
「それは、ハウンドドックへの反逆ですか?」
それを聞いた教官は苦々しげな顔で
それでも敬礼を返す
「…失礼しました、レイト中尉」
そもそも、ブレインは軍の指揮系統から独立している
その必要性を判断するのはハウンドドック
だが名義上与えられる階級は
たとえお飾りでも、自分の身を守るのに必要だ
…特に、「アリアンドの悲劇」その舞台となった国の生き残りたるレイトみたいな〈非国民〉なんて蔑まれる者は
それが無ければ劣悪な戦場に、放り込まれて
一週間もせずに、あの世行きだ
悪くなった空気を誤魔化すように
レインが軽い調子で声をかける
「さっさとブリーフィング始めようぜ?」
それにネルとモルが同意し
「「だよー」」
クレイヴもそれに続く
「そうだな、いがみ合っても仕方ない」
静かにブリーフィングが始まる
彼らは、レイトを蔑んだりはしないものの
それでも、明確に区別している
ここが祖国の彼らには、愛すべき家族がいる
守りたい場所がある
命を賭して、痛みを殺して、戦うべき理由があるのだ
だがレイトには、そんなものはさらさらない
広くない国土に、少なくない難民を受け入れたこの国の
慈愛の精神には、多少なりとも感謝しているが
物心ついた時から、孤児院で過ごし
親の愛すら知らず、まともな教育すら受けられず
選択する余地もないまま、軍学校に入るしか、生きていく術の無かったレイト
そんなレイトが
国の勇気と誇りたる〈イーグル〉を名乗るのを
みんな面白く思って無いのは、本人が一番良くわかっている
だから、優しいイチカは何も言わないけれど
レイトと一緒にいるイチカは
皆に陰で、色ボケの淫売だの売国奴なんて言われているし
レイトとイチカがメンテのなってないワイヤードールの中でも、とびきり劣悪な、それに乗らされるのも偶然では無いのだ
だからここに居るのは、背中を預ける戦友でも
命を賭して守りたい、仲間でもなく
戦うべき敵と利害が一致しているだけに過ぎない
レイトはそれでも、せめてそれに報いようと
たとえ、それが自己満足であろうとも
そんなことをして、誰も認めなかったとしても
一人でも多く、救いたいと手を伸ばす
一秒でも長く戦おうと痛みを堪える
生きている価値が、それしか無いのなら
それでしか存在を認められないのならば
戦い続けるしかない、
痛みを殺してただ前に、進み続けるしかない
亡霊なんて、忌み嫌われて
名前すら与えられない、自分を救うために
そこに残るのがスコアなんて、無機質な数字だけだとしても
そこに確かに、自分がいた事を証明するために