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リミットオーバー

レイトたちの切り開いた道にはポーンの残骸と

そんなポーン以上に損壊しているワイヤードールだった物が転がっていて、動くものはもう無かった

そして、その眼前には

まるで要塞のような大きさの〈ルーク〉


「ウイッチ、〈バリスタ〉のお守りは任せる」

ルークだけは戦闘能力が無く、それは他の駒たちが守る


ただ、それを倒しても最後に立ちはだかるのは

何層にも渡る電磁プロテクトで

それを破るためのハッキング装置が〈バリスタ〉だった


苦々しげにイチカは返す

「〈エンジニア〉は不得意だからあんま早くないよ?」


「…知ってんだろ?、俺には無理だ」

「あと3分切ったからそれまでに終わらせてくれ」


そもそもレイトは〈アサルト〉以外のクラスに適正が無い

一つのクラスが異様に突出した特化型の専門職で


イチカはその逆

全てのクラスを器用にこなすオールラウンダー


それはブレインの中でもかなり稀有な存在で

レイトがイチカを「ウィッチ(魔女)」と呼ぶ所以でもあり


ワイヤードールもクラスも、まるで魔法のように

全てを意のままに操っている彼女は


…もし、レイトが同期に居なければ

イーグルの勲章を持っていたであろう


イチカは諦めたように

「…ハウンドシステムリブート」

「クラス、エンジニア」


周りに残る3体のワイヤードールの眼から光が消える


バリスタを手に取り、イチカはレイトに告げる

「集中するから、戦闘は任せるよ?」


――まだ、〈何か〉は現れてはいない

レイトは全神経を集中させ、それを待つ

30秒ほど過ぎたあたりで

唐突にプロテクトがガラスの様に砕け

続くように、バスタードの閃光

…どうやらルークの解体に成功したらしい


「流石だ…


――刹那

空気の壁を切り裂き、不可視の一撃が

レイトのワイヤードールを含めたすべてを薙ぐ


突如として襲い来る衝撃に

レイトは全方位のスラスターをフル稼働して

ダメージを最小限にいなし


見えない相手が居るであろう場所に

闇雲にホーネットを撃ちこむ

だが、それが当たったのかすらも

不鮮明な視覚情報と反響するノイズ混じりな音だけでは判断できない



――〈ナイト〉か……


遠隔兵種の天敵が〈ルーク〉と〈ビショップ〉だとすれば


〈ナイト〉、それがブレインの駆る

ワイヤードールの天敵と言える


ルークのジャミング中の戦闘を想定した

ワイヤードールの持つセンサー類は最低限しかない

視覚情報だけが、頼みの綱で

それを無力化するのが〈ナイト〉の持つ防御兵装

〈アクティブジャマー〉



レイトの顔に初めて焦りが浮かぶ

リミットの残り時間は2分…

「ウイッチ、パージしろ」


驚き、そして呆れた声がそれに応える

「イーグル、まさかやる気じゃ無いよね?」

「分かってると思うけど」

「戦術支援無しじゃ、ヒット判定すら出来無い」

「それに火力が低すぎる」


彼女の言うことは正しい


ルークが沈黙したとはいえ、戦術支援も

〈リアクティブアームズ〉も要請は間に合わない


そして手にする武器は

対〈ポーン〉を想定した装備しかなく

その装備すら〈アサルト〉の物は一つもない


撤退して、復旧する遠隔兵器に任せる事

それが正常な判断で

ブレインとして正しい選択


それでもレイトはそれを口にはせず

「…ポーンの高周波ブレードなら刃が通る」

見えない敵に対しての、超近接戦闘

圧倒的に不利なそれで、なお戦おうとする



説得を諦めたようにイチカは

「余分な武器は全部置いてくから」



そう言って、彼女は再びクラスを〈スポット〉に変更

衝撃の余波で吹き飛んだワイヤードールを立て直し

使えそうな武装をすべてパージする


だがその手にはバスタードを握ったまま

「大した援護は期待しないで」


〈ナイト〉の武器の一つである

〈アンダーテイル〉その攻撃は視認することが出来無い

……と言うよりは、気がついた時には

ワイヤードールが真っ二つになっている


音速を超えた衝撃波(ソニックブーム)

空気を武器に変えるそれが〈アンダーテイル〉の正体


そして、その一撃目で終わってしまう事が大半で

レイトが初めて遭遇した時は何があったか分からないまま

全損(ロスト)した


その経験と、敵が見えない焦燥がレイトを消耗させる


――次の手は何だ?

どこから仕掛けてくる?




サーマルもビーコンもスポットもルークの前では無力化され

だから、誘導ミサイルもクラスターも目標設定を失う


逆にルークさえ倒してしまえば視覚に頼らないそれらを武器に

遠隔兵種達のセンサーは、その〈ナイト〉と渡り合える


だからこその撤退の判断だが


〈イーグル〉たるレイトはそれを許さない

逃がす訳には行かない理由がある


「ウイッチ、判断は全部任せる」


その一言をだけを告げてレイトは禁忌を口にする

「システムリブート、セーフモード」


ブレイン保護の為にハウンドドックは常に

少なくないリソースを裂き続けている


その多くはブレインにとってメリットだが

ワイヤードールの性能を限界値まで使い切ろうとすれば

それらは邪魔になる

知覚すら難しい、僅かなラグ

感覚を鈍らせる、保護回路

そのすべてを消し去り、ワイヤードールを直結する為の

〈セーフモード〉

だがそれは、セーブされていた痛みや恐怖を

ダイレクトにブレインに伝え

耐えられるブレインはほんの一握りにすぎない


アクセスキーを求めるハウンドドック

そのキーはレイトの肩についた〈イーグル〉の勲章


「認証キー、イーグル15」

「コード、〈アンリミテッド〉」

それが立ち上がり

インジケータすべてが赤く光り、消え

レンズ越しの様な視界が、数段クリアになる

ノイズ混じりの反響音が消える


そして、その身体をあり得るはずのない感覚が支配する


まるで自分の体が転移したかように

ぬるい風を、据えた匂いを、武器の重さを


その全てを感じ

実習棟にあるはずの自分の体を知覚できなくなる

その意識はワイヤードールに完全に埋没する


ハウンドシステムの恩恵たる

シフトやコンバート、セーフティパージすらも機能を失い

システムによって緩和されていたすべてがレイトを容赦なく襲う


――痛い、痛い、痛い、痛い、痛い…


その痛みがレイトの思考をノイズで埋め尽くす


…まだ生きたい、死にたくない

アレに殺される、死ぬのは嫌だ…

誰か助けて、もう戦いたくない


…でも、死んだらすべてを終わりにできる?


頭を支配する

抗いようのない本能である


恐怖(ノイズ)


それは本来、生存の為に人間が持つ保護回路

それでも恐怖は人の思考を鈍らせ

手は震え、その刃は曇る


だが、ワイヤードールにはそんな感情を感じるパーツ()

付いてないのだから、ソレはやはりノイズだ


そのノイズを、理性という名の鎖で縛り付け

レイトは見えない〈ナイト〉をそれでも感じる(見る)


イチカがパージしたスモークグディスチャージャーを

ありったけ足元に撃ちこみ、周囲に深い闇が立ち込める


…これでお互いに視覚は無くなった、条件は一緒


そして突如揺らぐ空気を感じ取って

そこにありったけの弾丸を撃ちこむ


先ほどまで遠くに聞こえていた発砲音

それが暴力的なまでにレイトの耳を刺し


着弾したが貫通したそれではない、甲高い音


《……流石にホーネットでは通らないか?》


撃ち切ったそれをリロードする事なく投げ捨てる


煙を裂いて

突き出されたであろう槍〈グラムスピア〉

それをすんでの所で躱しその先にあるはずの腕を抑え込む


レイトは左足にマウントされたヒートナイフを抜き取って

外郭の隙間、関節部らしき触覚のそこに叩き込み


肉をえぐるような感覚が手に伝わり

それに呼応するように低い、うなり声

ナイトの〈アクティブジャマー〉が剥がれ落ち

その姿を露にする


神話に出てくるケンタウロスの様に

四本の足を携え、その上半身には甲冑を身に纏う

異様な出で立ち

その色は、他のポーンたちと同じく黒


レイトを睨むように顔を動かす〈ナイト〉


怒りに任せたような拳の一撃を放って

それをレイトは左腕で受け流し、それでも衝撃を逃がしきれずに

左腕はあらぬ方向を向き、吹き飛びそうな身体を

スラスターを全開にして立て直す


そんな人間にはありえない挙動に、軋むような痛み

その後に来る、左腕が損壊した耐え難い激痛


先程まで繰り返した全損(ロスト)なんか比にならない

ダイレクトに伝えられる痛みを堪えきれず

悲鳴を上げようとするが口の無いレイトにそれは叶わない


それから逃れる様に、腰にマウントした高周波ブレードを抜き取り突き出されたままの、腕を叩き切る


――吹き出す黒い液体を、体中に浴びて


鼻腔の奥にこびり付く血のような匂い

それが、命のやり取りだと否応なく認識させる


…死にたくない

なら、倒すしかない


〈ナイト〉の頭を切り離そうとしたトドメの一撃

それは虚しく空を薙ぎ


手負いの〈ナイト〉はその場から逃げ出す


「見えた」

煙から現れた、それにイチカはすべてのワイヤードールを操り

ありったけのバスタードを叩き込むが

それはただ外装を焼くだけで致命的なダメージは与えられない


……やっぱり〈バスタード〉じゃ倒せない

ダメージが通るであろう重砲〈ブラストカノン〉は

未だパージすらせず戦闘に参加しない

夢見る豚が持ったままだ


それを見て、レイトはスラスターを全開で吹かし、跳躍する


…逃がすかよ

――その切っ先が〈ナイト〉を捉える瞬間

レイトを繋ぐ有線ケーブルが音を立て

その慣性を殺し、有効範囲外だと告げる


その一撃は僅かに届かず

それでも、なおもスラスターを吹かそうとするが


前触れもなく訪れる虚脱

―〈アンリミテッド〉の限界時間


視界の端に灯り始めたインジケータ

それが示す個体のリミットタイムも13秒で

これ以上の戦闘の継続は不可能だった


身体はもう指一つ動かず、慣性のまま堕ちる

その声は悔しさを滲ませながら、戦いの終わりを告げる


「…戦闘終了(コンバットクローズ)


――ゆっくりとブラックアウトし始める視界


悪夢の終わりたる、そこに映る光景は


倒しきれなかった〈ポーン〉と手傷を負わせた〈ナイト〉が

武器を失ったまま、逃げ惑う人間を

まるで、蟻でも踏み潰すかのようにただ蹂躙し


それに唯一対抗し得るワイヤードールは

既に、ただの木偶人形に変わりはて


そこに最後に祈るべき、神とやらの姿はない

そんなやりきれない現実が、彼らの日常で


ブレインたるレイトはそれを考えてしまう


痛みの先に有るのが、そんな風景なのだとしたら

俺達は何の為に戦うのだろうか?と


だが、その問に答える声はない

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