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亡霊

その戦場は醜悪な有様だった


沈黙したままの遠隔兵器に

ライン形成すら出来ていない戦線

そして、辺りを埋め尽くす黒い〈ポーン〉


騎士の格好によく似た外骨格を持っていて

そんなポーンが持つのは

現代兵器も真っ青な高性能を誇る

〈高周波ブレード〉と〈レールガン〉


…アレを教科書では

マスケットとサーベルなんて書いているのだから

書いてる奴に悪意がないなら、眼科に行ったほうがいい


同調開始(ターニングオン)


人と変わらない四肢を持ち

36層の強化外装を身に纏う、死を知らぬ操り人形

シェパードの耳の様なセンサーが付いたマスク

首から出る有線接続のケーブル


――それがレイトたちの武器たる、ワイヤードールだった


レイトの言葉に呼応するように

マスクに刻まれた瞳のような切れ込みが紅い光を宿す


それを皮切りに、突如襲い来る鈍い痛み

そして、身体が複数体になった様な違和感



―損壊度15%

同調率80%

残りリミットは7分間…上等だろう

ハウンドデバイスを介して

視界の端に映るインジケータの数々

その一つ一つを確認し、それを認識する


「ウィッチ?そっちはどうだ」

問題なし(オールグリーン)…だけど」

「スラスターの残量が無いから合流厳しいかも」


応える声はイチカで

それはハウンドデバイスを介したものではなく

隣から聞こえるものだ


口のないマリオネットは、喋ることは出来ない


本来、ハウンドデバイスは無線でも運用出来

そこに集まる必要も無いが

電波防壁のある施設で有線接続を行い

こんな風にチーム全員がそこに居なければ意思疎通は出来ない

その為にあるのが、実習棟だった


手短に戦況の把握を済ませたレイトは苦々しげに呟く


「奴等はおもちゃ遊びに夢中か…」


ルークのジャミングで沈黙したまま動かない機工戦車に

レールガンを打ち込み続けるポーン

その横では堕ちた戦闘ヘリを

まるでバターでも切るかのようにブレードで切り刻んで

それは、本当に遊んでいるように見える


これが、外敵との戦闘

その日常風景だった


レイトは他の新人達にも聞こえるように叫ぶ

「バウンド03 イーグル、戦闘行動を開始(コンバットオープン)


それを聞いたイチカは、げんなりした声でそれに続く

「…ハウンド03 ウィッチ、戦闘行動を開始(コンバットオープン)


正規部隊ではない彼らには

識別コード(コールネーム)が存在しない

基本的には、全部自称だ


だから、イチカがウィッチと名乗っているのは

レイトが勝手に付けた物だし


…そのレイトはいつも適当なコールネームを名乗る

たとえばチワワだとか、チキンだとか、スクラップだとか

大抵の場合、皮肉に満ち溢れたそれを名乗るのに

今日は〈イーグル〉

…彼の機嫌が最悪だという証だ


自然とイチカの口からため息が漏れ出てしまう


多分、ワイヤードールは例外なく全部壊れる


それは彼をよく知るイチカだけが抱く

確信めいた予感だった


「ウィッチ、使えそうなの探しとけ」

そう言ってレイトはポーンの群れに単独で向かう

その手には、長距離狙撃陽電子砲〈バスタード〉

近接兵装の類は、役に立たないヒートナイフだけで


彼のクラスである

〈アサルト〉の装備は一つも無い


「それで行くの?」

「別に、何でも変わらない」


そう言ったきり、返事を返さず

レイトの駆るワイヤードールが人間には耐えられない速さで

スラスターを吹かし、宙を舞う

その凶悪なまでの慣性のまま、一番近いポーンを踏み潰し


頭にゼロ距離からの接射を見舞う

バスタードの放熱ユニットから吹き上がる蒸気

そのクールタイムを無視するように

向かってきたポーンに続けざまの射撃を撃ち込み


銃身で別のポーンを突き刺し、もう一射


もはや、取り回しの悪い槍と化した

バスタードの砲身は無残な姿に変わり果てて

己の発する熱に耐えられず融解する

「…右手が死んだか」

損壊を示すアラートよりも先に、痛みでそれを理解し

チラリと右手を見ればマニュピレーターは引きちぎれ、熱で固着してトリガーを引くことは出来ない


それを不要と判断し

マニュピレーターごと引きちぎり捨てる


レイトは残骸となったポーンの高周波ブレードを残った左手に握り、全開でスラスターを吹かし、更に敵陣を切り開いていく


「あーもう、馬鹿じゃないの!」

「私、まだクラス変更してないからね?」


イチカはそんな叫びを漏らしながら

それでも冷静にシステムの情報を書き換える


「ハウンドシステム、リブート」

視界がブラックアウトして、再度システムが立ち上がる

「クラスネーム、〈スポット〉」

「コード変更、〈パラレル〉」


それが起動した瞬間

ほぼ無傷のままパージされたマリオネット達

その全ての眼に蒼い光が宿る


〈アサルト〉は単独戦闘に特化した調整をされている

ワイヤードールにもブレインにも多大な負荷を強いる代わりに

人間にはあり得ない機動を実現させ

前線を切り開く、その一番槍の名前が〈ポイントマン〉だ


そして、今選択した〈スポット〉は

いうなれば、援護のプロだ


ワイヤードールは一体しか動かせない訳ではない

それは曲芸じみた感覚を必要とするが

これぐらいまともな個体達なら

ウィッチたる異名を持つイチカには造作もない事で

それが彼女の仕事だった


掌握した瞬間一斉に入り込む、情報の濁流

知覚もその数だけ増えて、体を失ったような感覚に

胃の中身を吐き出したくなる衝動を堪え、叫ぶ

「必要なのは何?」


「…近接兵装をありったけ全部」

レイトの近くにあるマリオネットに意識をシフトして

それを近くに向かわせ

それ以外も纏めて戦場に向かい放り込む

途中、襲い掛かってくるポーンをうまくいなし

損傷と消耗を最低限に抑える


〈パラレル〉使用中の負荷上限は低く

多体に意識を削がれながら戦うのは自殺行為だ


挙句、一瞬でも気を抜いてしまえば、戦線離脱(セーフティパージ)させられてしまう


「〈ホーネット〉〈チェーンマイン〉残弾フル」

「とりあえずマリオネットごと投げるよ?」


マニュピレーターを失ったレイトのワイヤードールでは

突撃銃のホーネットは使えない


マリオネットから意識をパージしようとした瞬間

レイトから鋭い声で指示が返ってくる

「チェーンマインだけでいい、先にくれ」


そんな意味を考えるより早く、身体は動いて

爆導索(チェーンマイン)をレイトに放り投げ


イチカは戦場に近いマリオネットにシフトし

それが持つバスタードのスコープを覗き援護の姿勢を作る


宙を舞うチェーンマインをレイトは損壊した右腕で絡めとり

それを腕ごとポーンに突き刺す

「プレゼントだぜ、糞野郎」

鈍い爆発音とともに

ワイヤードールの右半身ごとポーンを吹き飛ばす


損壊度が限界を迎えてセーフティパージの警告音が響き

レイトは幻肢痛(ファントムペイン)に顔を歪めながら

それでもスラスターを吹かして、もう一体をブレードで貫き

そこでレイトの意識は途切れ


間髪入れず、イチカが乗り捨てたワイヤードールに

コンバート(乗り換え)を行う

先程までのワイヤードールに群れをなすポーンを

その機体ごと、手に持つ突撃銃でそれを蜂の巣に変える

「……まだ使えるか?」

そう言うなり、レイトは

もはや四肢を無くし原型を留めてないワイヤードール

それに爆導索(チェーンマイン)を巻きつけて

残骸を全力で放り投げた後――


襲い来る痛みに耐えるように叫ぶ

「……コンバート!!」

瞬間、体中をくまなく焼くような痛みがレイトを襲う

舌を噛みきってしまいたいそれを堪えながら

それでも、残ったスラスターで敵陣を目指し

それは文字通り、人間砲弾と化す


視覚外からの攻撃に対応できず、ポーンが2体損壊する


そして、痛みをもたらす終わり

全損(ロスト)の衝撃

「…ぐがぁぁ!!」

思わずレイトの口から声が漏れだし

その意識は一瞬、空白になる


動かなくなったレイトのワイヤードールを〈パラレル〉で

イチカが動かし、前線を押し上げながら

先ほどのレイトの攻撃で損壊を負ったポーンに


援護姿勢を取ったままのワイヤードールが持つ

バスタードを向けトリガーを引く

「…悪い、もう戻る」

最前線に有る、先程までのワイヤードール


その眼が再び真紅の光に染まり

それを確認して、意識をシフトするイチカ


「遅いから、2体貰っちゃった」

「いつもに比べれば、痛みも大したことないんだからもう少し早く戻ってくれない?」


「…個体探すのに手間取ったんだよ」

確かに何時もよりワイヤードールは数が多い

それに、イチカだってレイトが幻肢痛(ファントムペイン)に尻尾を巻いて逃げ出したなんて思っているわけでは無かった


彼の場合、同調率が高く痛みが少ないから

こんな無茶をしているわけではない

その戦い方がいつもだから

今更、それに何かを言うのも無駄だろう


「さっさと数を減らすぞ?」

「何、敵の話?それともワイヤードール?」

レイトはそんな冗談に鈍く笑い

「…どっちもに決まってんだろ」

――止まることなく、更に前へ


離脱した新兵たちは

センターコンソールにデバイスを繋いだまま、それを見る 

容赦なく味方すらも盾にし

擦り切れ、動かなくなるまで敵を噛み殺そうとする

ワイヤードールの戦い


それは理性を失った猟犬そのもので

ワイヤードールに繋がる有線が、まるでそれを制御するための鎖に見えてしまう

その鎖の先のたる二人に目を向ける

彼らは、()()()()()()

20機いたワイヤードールは数を減らし続けて

今や半数にも満たない数しか残っておらず

動かなくなった、その全てが全損(ロスト)

それも、完膚なきまでにだ


それを見ていた新人たちは戦慄する


ある者は、恐怖に笑いを堪えきれず

またある者は、まるで神を見たかのようにそれを拝みだす

その中で一人レイトに声を掛けられていた彼が

おもむろに呟いた

「……あれがイーグル(最強)?」


ワイヤードールはもう「死んでいた」

幻肢痛(ファントムペイン)で乗れたものじゃない残骸

常人なら負荷に耐え切れず一発で、セーフティパージの

それを当たり前のように操り

全損(ロスト)の間際に嗤うレイトの姿を見て


その口から、怒りにも似た声が漏れる

「…亡霊(ファントム)の間違いだろ」


死んでもなお戦場に居続けるそれは、まさしく亡霊

それは羨望でも、尊敬でもなく


ああなりたくは無いなんて畏怖の感情から生まれ


ブレイン全てが目指す〈イーグル〉がそうで無ければ

成し得ない称号だと言う事を、認めたくない嫉妬だった


だから、レイトをイーグルなんて呼ぶのはイチカ位で

他のやつはみな「亡霊(ファントム)」なんて呼ぶ


そうやって、同じブレインにすら理解されず

皆、レイトを突き放し、彼を認めようとはしない


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