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ナイトメア

実習棟に入れば

一年目のブレインたちが20人ほど

ハウンドデバイスを身に着けて、実習の真っ最中だった

「今年、結構いるねー」

「…残るのは半分もいないだろ」


ブレインの必要成績は高い


「…ゼロ地点、突破するのは厳しいもんね」

イチカは懐かしむような目をする


ゼロ地点とはブレインのスラングで

1戦闘で10体の外敵の撃破

それが〈1〉

9体撃破なら〈0.9〉


一年目の必要スコアが〈1〉だから

それをクリアする事に

ゼロ地点突破なんて呼び名が付いている


この必要スコアは年数を重ねるごとに増えて


3年目たるレイトたちに課せられたそれは

スコア〈1.8〉

そんなふるいに掛けられ続けて残ったブレインは

イチカとレイトを含めて僅か6人だった


レイトは時計を見て苦い顔をする

「…というか、いま昼休み中だろ」

「そろそろ購買から品物無くなるぜ?」

それにイチカも苦笑いしながら

「これの後に食べる気になるか分かんないけど」


「だいぶ押されてるね」


そんな推測を確信に変えるように


実習棟に響き渡る絶叫



「つーか、広いから反響して余計うるさい」

それに同意するようにイチカも頷く

「だね、広さよりも必要なのは防音でしょ、ココ」


そんな軽口を叩き合いながら

それでも、二人の目は静かに仄暗さを増していって


おもむろにレイトはイチカに問う

「お前どれ使う?」

イチカは迷う事なく即答し

「右端のデブが使ってるワイヤードールかな」

「前線から一番遠そうだし」


そんなことを言う、イチカの目は

まるで汚物を見るようなそれで


「…てかアイツ、〈ナイトメア〉使ってるよね?」

「的になる前にさっさと降りてくんないかな」


吐き捨てたそれは、どこまでも冷たい響きだった


レイトもその彼に目をやる


確かにイチカの言う、そいつは

まるで眠るような穏やかさを携えていて

そのワイヤードールが、たとえ新品だとしても


ストレスフリーなんて言葉とは程遠い戦闘の最中に

そんな表情を浮かべるのは

歴戦と言える、レイトやイチカでも不可能だ


〈ナイトメア〉

この頃、軍部からの横流しで

出回っている鎮痛剤…と言われている


だが、そんな鎮痛剤も蓋を開けてみれば

その成分も中毒性も麻薬に近い域の薬物(ドラッグ)


レイトも冷めた目でそれを見る

「アレ使うほど痛くないと思うけどな?」


新兵たる彼らに与えられたワイヤードールは

ほぼ新品同様の程度の良いそれで

幻肢痛(ファントムペイン)もほぼ無いに等しい筈だった


イチカも、うんうんと頷いて同意し

「ブレインが脳みそふっ飛ばしてたら世話無いよね?」


「お前がそれ言うのかよ…」


この前の実習の惨状を思い出して、レイトが苦い顔をする

…俺の場合は、物理的に木っ端微塵だった


だが、彼女の言う「ぶっ飛ぶ」はトリップの方で

〈ナイトメア〉が奪うのは傷みだけではない


それを使えば

何も、考えることができなくなるのだ


正しい認識すら奪われ

それがおかしい事だと気付きすらせず

完全に何一つ思考できなくなる


比喩でも何でもなく、そうとしか言いようが無く

それを知るのは二人とも経験したことが有るからだった


ブレインにとってナイトメアは甘い蜜だ

常に幻肢痛(ファントムペイン)に晒され続ける

ブレインだったら、誰しも一度は使ったことがある

それから逃れたいと、手を出してしまう


それでも、二人がブレインとして未だここに立っているのは

それを使い続けていないからで


一度使ったきりの

それを思い出したように感想を言い合う


「アレって鎮痛剤って言うけど」

「実際使った感想としては、安楽死用だよな?」


「…そうだよね」

「アレ使いながら戦うのは無理」

イチカは苦い顔をする


思考できなければ

ワイヤードールは動くことは出来ない


だから、戦場でナイトメアを使う事は

ただの逃避に他ならない

戦場に、ただのデク人形がひとつ増えるだけのそれ

そしてそんな自分の弱さが

()()()()()()()()()()()()()()()()


それでは、誤魔化せない悪夢が始まる

抗えない痛みが、襲う

たがら、ナイトメア


いつまでも続く悪夢なんて

皮肉に満ち溢れたそれが、この薬の名前だ


「いつ気がつくかな?」


楽しそうな口調とは裏腹に

イチカは底冷えする目をしたままで


そんなイチカにレイトも冷めたジョークで返した

「あだ名がラピッドになったらじゃね?」


野良犬すら倒せない貧弱な自律兵装

でも、ナイトメアを使ったブレインは(ソレ)以下だ


拙いながらも考えて

戦おうとするだけラピッドの方が幾分かマシで


それが敵を倒すことを期待してない分だけ

いくらか救われる


そんな皮肉しかない冗談を笑い合っていれば


――ひときわ大きく悲鳴が響き

そして、それは群をなし始める


「…これヤバイな」

外敵の中で最弱のポーンに

複数のワイヤードールが同時にやられる事は稀だ


二人は、それを見てどちらともなく呟く

「…多分〈何か〉いる」

 

レイトはハウンドデバイスを立ち上げ始める


「…食後の運動のお誘いみたいだ」

その軽口を叩く、レイトの目は既に獲物を狩る猟犬の様に

獰猛さを携えていて

起動したデバイスにより、それは真紅の光を宿す


「…私、食べてないんだけど?」

そんなことを言いながらも

イチカもハウンドデバイスに触れて

その目は蒼く染まる


必要最低限の情報をレイトはイチカに伝える


「…選択クラスは〈アサルト〉」

「誰かが、パージしたら乗り換える」

「そのあとは、状況によりけりだ」


イチカはそれに頷いて

「私も、とりあえず〈アサルト〉で行くよ?」


イチカの得意なクラスでは無いが、今回ばかりは諦める

…多分、戦闘を継続できるブレインはここに居ない


「どれ引いても当たりなだけ、いつもよりマシか…」


そんな言葉を待っていたかのように意識を取り戻した新人達

その顔は皆一様に恐怖に歪んていて


レイトはハウンドデバイスから繋がるコードジャックを手に取り手短に言葉をかける

「…状況は?」


新人は震える声でそれを告げる

「…気がついたらセーフティパーシしてました」


セイフティーパーシ

ブレインが壊れないための保護回路で

一定以上の負荷がかかるとシステムがブレインを切り離す

その限界値はブレインたちに合わせ調整が効くが


すぐに喋れるところを見るあたり

最低の設定で運用していたのだろう

それは要するに、聞こえの良い敵前逃亡に過ぎない


レイトは舌打ちする

「カラーは?」

呆けたような顔をしたまま、無言の新人


ああ、まだ彼等には伝わらないか

それとも、伝わるようになる前に消えるだろうか?


聞いたとこでどっちにしたって、やる事も

やるしか無いのも何一つ変わらず

何も情報がないのはいつもの事で


レイトもイチカも無言のままコードを

中央に鎮座するハウンドドックのコンソールに繋ぐ


――ゆっくりとブラックアウトし始める視界

それを振り払うように


レイトとイチカの声は重なり

悪夢の始まり、それを告げる

「「〈コンバットシステムブート〉」」


ナイトメアなんて使わなくても十分過ぎるほど

いつだって当たり前のように見る戦場(悪夢)


それでも、たとえ悪夢に苛まれても

考え続けるのがブレインたる役目で


それを放棄してしまえば、正しく犬と変わらず

ただの人形に成り下がる


ならば、人間と名乗る以上は

思考するなんて、それだけに許された矜持を手に戦うしかない


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