痛みの無い戦場
実習で駆り出される戦地なんかよりも
その実習棟に向かう学校の廊下の方が、よっぽど激しい集中攻撃に晒されるといつも感じてしまう
「…いい加減実習棟の横に教室作れよな」
隣を歩くイチカにそんな愚痴を漏らす
「だね、ブレインは特に」
廊下を歩く俺達をついて回るように
ヒソヒソと聞こえる、敵からの攻撃
「うわ、人形遣いが歩いてるよ」
「お人形遊びの時間なんだろ」
「余裕ぶっこいて、流石痛みを知らないだけあるよね」
「てか、あいつら鎌忘れて来てない?」
もうこの学校に3年も居れば慣れたものだが
この学校での「ブレイン」の扱いは最低だった
「…なんにも知らないでいい気だよね」
「あいつらだって痛みなんて知らないくせに」
ブレインは確かに他の戦術課とは明確に違う
「まぁブレインになれなかった奴らの戯れ言だろ?」
そんなふうに嘲るけれど
彼らの言うことが分からないわけでもないのだ
ハウンドドッグの功績で
たしかに遠隔操作での戦闘が主流になった
だけど、その遠隔って言うのが聞こえだけって話で
無線運用をメインとする他の兵種達は
いつも戦場のそばで戦っている
運用範囲がどんなに優れていようと
結局、弾薬の補充やメンテナンスからは逃れられない
そして、通信は常に不鮮明で連携を取ることは難しく
だから彼らは、同じ場所で操作を行う必要がある
それは、武装から孤立したような形で戦うなんて
普通ではありえない選択で
それでも、一番損害が少ないのだ
乗って戦えば良いなんて思うかもしれないが
そんなことをすれば外敵は
「中身」をほじくり返してそれを使う
倒すための武器が牙を向く
……そうやってアリアンドは滅んだ
…つまるところ遠隔とは言ったものの
それは、戦火のまっただ中で行われるし
彼らの武器は手元にはない
そんな彼らを守るのは
頼りにならない突撃銃を持った兵士と
田んぼに刺さったカカシのほうが多少マシだと思う
自律兵装である〈ラピッド〉だけだ
そんな惨状を思い描き
らしくもなく、彼らのフォローをするレイト
「まぁ、そんな事も言いたくなるだろ」
「お守りがラピッドだぜ?」
イチカは顎に手を当てて考える素振りをする
「ラピッドってポーン倒したことあったっけ?」
…そんなこと、考えるまでもない
「無いだろ、この前野良犬に壊されてたぞ?」
「だいたい、兎ってどんなセンスだよ」
作った奴すら戦うことを諦めてたんじゃないかと思える
投げやりなネーミングだった
イチカもそれに思い当たったのか陰鬱そうな顔で
「ポーンに勝てないとなると…」
「ビショップ相手じゃ、1秒持たないか」
「ビショップ」それもまた外敵のパーソナルネームだ
基本的に離れた彼らを狙うのは
近接型の、10人位で戦えばどうにかなるポーンでは無い
遠隔地をレーザーで焼き払う遠距離型のビショップ
…ラピッドでなくとも、ひとたまりもないだろう
「…それでも、痛くはないかも知れないけどな」
この前の軍葬の様子を思い出すように、呟く
ビショップに焼き払われた機工戦車隊「パンツァー」
その隊員たちが詰めていた隊舎は
もはや、葬儀で焼くものすら
何一つとして残っていなかった
多分、隊員たちは痛みすら感じる間もなく死んだ
そして、それだけが救いだと思えるほど酷い有様で
「ていうか、死神だ、疫病神だなんだって」
「そんなにブレインが良いなら一回やってみれば良いのに」
イチカは吐き捨てるようにそれを言う
まるで痛みすら感じないで、死にもしないで
戦場に現れる死神
戦地で戦う彼らには、俺達がそう見えているのだろう
大体ブレイン…ワイヤードールが投入される戦場には
死の匂いが満ち溢れている
それが投入されたという事は、敵にはルークが居て
それは、自分たちの持つ遠隔兵器が無力と化したという
彼等にとっての死刑宣告に他ならない
そうでなくとも、絶望的な戦闘である事には変わりなくて
その中でも、最低な戦場である〈対ルーク戦〉
そんなとこばかりに現れるソレは確かに
死神と呼びたくもなるとは思うが
レイトはため息を吐く
「痛みを知らない…ね」
「本当にそうだったら、罪悪感も湧くんだろうけどな」
全兵科の10%にすら満たない「ブレイン」
それはハウンドドッグにとっては、あってはならない損失で
ただ、その損失に俺達の痛みは含まれていないようだった
そんなレイトの投げやりな独り言に
イチカはどうでも良さそうに、それを聞く
「…今日こそマシなワイヤードール当たるかな?」
「この前の様子じゃ、正直厳しいだろうな」
イチカはそんな俺の言葉に泣き言を漏らす
「幻肢痛は我慢するから、せめて五体満足な個体が良いよ…」
ワイヤードールには個体差がある
俺達の操る上で大切な要素は
同調率、損壊度、そして幻肢痛
同調率以外は低ければ低いほど良い
「イチカの、前回の個体はどうだったんだっけ?」
「同調率はまぁまぁだったけど」
「損壊度が酷かった」
「だって入ったら、右の肘から先無かったもん」
イチカは思い出したように身震いする
「お前、右利きだっけか?」
イチカは唇を尖らせ
「そうだよ、戦えたもんじゃなかったよ」
「幻肢痛は?」
「同調率からすれば、そんなに無かったよ」
「何発か貰ったけど、戦えたし」
「それに全損の前にパージしたから」
遠隔地から操る機械が感じるはずの無い、痛み
ブレインたる俺達を苦しめるそれが
――幻肢痛
ブレインなんて名前の通り
俺達は人形の脳になる
ハウンドシステムを介して行われるフルダイブ
遅延なく身体すべての反射を伝え、それをトレースする
…それがワイヤードール
無論、機械に痛覚は無い
だからそれは幻の痛みに過ぎないが
それでも確かに、死んだほうがマシなほど痛いのだ
レイトは初めて全損した時を思い出す
…あの時は一週間くらい、まともな言葉を喋れなかった
ちなみに、隣を歩くイチカも全損の経験者だ
イチカの場合は俺より酷くて
しばらくの間
便器の事を親友と呼んで仲良くお話していた
「同調率低い個体は痛いから嫌だけど」
「損壊してて、動けないよりはマシ」
「同調率はメンテ不足だから、改善しろとは思うけどな」
「雑食のレイトにはあんま関係ないでしょ?」
「…一応、イーグルなんだけどね?」
まぁ、それが尊敬されることのほうが少ない
そんなレイトの呟きに笑って
「あんなゴミで戦えるからイーグルなんでしょ」
…こんなことを言うのもなんだか
学校のブレインの中でもぶっちぎりに外敵を倒してると思う
エースと言い換えても構わない
アニメの世界なんかではエースが最新鋭の機体に乗って
戦場を闊歩するなんていうのがお決まりだが
俺達の戦う、この戦場ではそんなことは無い
大体ロールアウトされたばかりのワイヤードールを駆るのは
経験の少ない新兵や、新入生ばかりだ
「私も処女に乗りたいよー」
彼女が言う処女とは、新品のワイヤードールの事で
新品であれば同調率も高く、幻肢痛も起きづらい
たとえ、起きたとしても
それで死ぬことは無いのだ
だからこそ、新品は経験の少ないそんな奴等に回されて
適度に程度が良くなった頃…
ガラクタ寸前になったそれを駆るのが俺達だった
「俺だって最後いつだか覚えてねぇよ」
「だって、レイトに処女あげても無駄じゃん」
学内レコードを塗り替えた殲滅率
それは正規軍のブレインたちすら舌を巻く数値で
そんなアホみたいな数値を叩き出す俺の戦い方は
良く言えば勇敢で
悪く言えば脳筋だと言える
「いくらポイントマンが損壊度高いとは言っても」
「レイトのそれは異常だからね?」
学内レコードを塗り替えたのは、それだけじゃない
むしろどっちかといえばそちらの方が有名で
ワイヤードールの全損の台数
それも、殲滅率以上にぶっちぎりだった
「新品だろうがスクラップだろうが全部壊すし」
「それでどんなゴミ引いてもスコア変わらないなら」
「当たり前にポンコツしか出て来ないよね…」
同調率が低ければ
身体が重く感じるとか、うまく動かせないとか
後は、戦場に居ると錯覚して
動かない身体に脳が恐怖を覚え
幻聴や幻覚を引き起こす、ノイズという現象に襲われる
つまり、良いことはひとつも無い
「別に、ゴミが好きなわけじゃない」
「ただ、出されたらそれでやるしかないだけだ」
俺達が生まれを選べないように
ブレインはワイヤードールを選べない
だから、イチカの言う雑食とは
俺の食生活でも、女性の趣味でもなく
ゴミでもスクラップでも、新品でも
何でも喰らい尽くして、後に何も残さない…なんて
そんな、よく出来た皮肉だった
そんな下らない話をしていれば
気がついたら見知った実習棟の前にたどり着いていて
「いつ見ても無駄にでかいよな、ここ」
「ほんと、税金の無駄遣いだよね?」
そんないつものやり取りをして
「…そんな金あるならワイヤードール修理しろってーの」
実習棟の重苦しい扉を、鬱憤を晴らすように
イチカは乱暴にそれを蹴り開ける
「あーすっきりした」
イチカは一つ伸びをして
「…さーて、痛みの無い戦場で今日も元気に戦いますか」
そんな皮肉に俺も笑う
「…だな」
痛くないかどうかは
外敵なんて奴とメカニックの気分次第で
俺達どころか神様にすらどうすることも出来ないけれど
取り敢えず、祈るだけならタダだから祈っておこう