アリアンドの悲劇
欠伸をしながら黒板を眺める
今の時間は歴史の授業でチョークで書かれたそれは
「アリアンドの悲劇」
そんな見出しが踊っている
―― アリアンドの悲劇
それは、人類にとっての悪夢の始まり
今も続く未知の外敵との戦い
境界大戦と呼ばれる戦いの火蓋が落とされた日
教師は何度も繰り返したであろうそんなご高説を
手慣れた調子で繰り返す
「説明するまでも無いが、16年前ゼロ次侵攻と呼ばれる大規模戦闘が始まり、僅か一週間で国連軍の戦力の7割は失われた」
…説明するまでも無いなら、いちいち言わないでいいし
ついでにその説明を補足するなら
一般人だってそれくらいの割合で失われている
「軍上層部の下した指令は」
「大規模進行によってほぼ全てを掌握された当時の国連主導国であるアリアンドを放棄し核攻撃で焼き払う」
…爆発オチとか笑えないし
そんな盛大な自殺に巻き込まないで欲しいと思う
「それがアリアンドの悲劇」
そんな説明にため息を付く
…どちらかといえば喜劇だろう
結局、それでも外敵は倒せずにアリアンドは今では
敵の本拠地たる最深領域と化していて
核爆発を起こしたその周辺は電磁パルスのせいで
あらゆる機器の使用が今でも出来ない
そんな状況、笑うしかないから
やっぱりこの演目は喜劇だ
そして、こんな聞き飽きた話をされるのは、数えきれなくて
こんな説明に時間を使うとか、無駄もいいところだった
…要約すると
20xx年、マヤ暦の終末を逃れたはずの人類は
特に愚かでも無かったのに、核の炎に包まれた挙句
得体のしれない宇宙人もどきにリンチされて
地球の一等地を占拠されたなんて、
そんじょそこらのフィクションより酷い
ひとつも笑えない状況で
…そんな時代に運悪く生まれたのが
ここで授業を受けている俺達って事だ
境界大戦の死者総数は現在も増え続けているため不明
…というか数えられてるのかすら怪しい
…とにかく、先人たちを含めた
その大き過ぎる犠牲とやらによって
人類は3年間の猶予を得ることができた
そしてその猶予で外敵に対応するための手段である
「猟犬」
そう名付けられた戦い方を手に入れる
ゼロ次侵攻にで軍部が総崩れになった原因
命令系統の混乱及び、戦闘による人的資源の損失
その2つを防ぎながら戦うために生み出したそれ
教師は言葉を続ける
「ハウンドドッグについて」
「レイト、君は説明できるかな?」
呼ばれたレイトは皮肉を考えるのをやめて、席を立つ
「ハウンドドッグ、それは戦闘による損失を最小限にする為に生み出された戦闘用人型機械であるワイヤードールを主体に、その他の遠隔武装の戦術運用を含めたシステムの総称です」
言っていて頭が痛くなりそうな文字の羅列だったし
そんなことを言われた所で、何ら意味を理解できてない
それでも、それに気付かず教師は微笑み
「正解だから、座っていいよ」
「それが、いま君たちが扱う兵器の名前だ」
「ハウンドドック」と「ワイヤードール」
確かにそれが今の人類の武器だ
技術の進歩で戦闘はワイヤードールと呼ばれる
人型機械を含めた機械たちを使う
遠隔操作での戦闘が主流に変わっていて
勿論すべて機械任せとは行かず
実際に戦地で、運用、整備等を行う人員も当たり前に居るし
ルークと呼ばれる電波障害をもたらす外敵が、
一度戦場に現れてしまえば、人類の最後の希望たるハウンドドッグが運用するほとんど全ての遠隔武装は無力化されて用をなさない
…有線にて運用されるワイヤードールを除いて、だが
そしてここはハウンドドックを使った戦闘を学ぶ
国連維持軍主導の学校で
そのなかでもワイヤードールに特化した
通称「ブレイン」と呼ばれるクラスである
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る
日直が号令を済まし昼休みになる
机に突っ伏して寝ようとしてたレイトに
後ろの席のイチカが声をかける
「眠かったわー」
「歴史の授業とかマジどうでもいいよね」
「私達の仕事は外敵の殲滅な訳じゃん?」
彼女はにっこりと微笑んでレイトに同意を求める
「そりゃそうだけど、一応学校だからな」
それでも、イチカの言うことは間違ってない
学校だから、なんていうのも
聞くだけ無駄なことを聞いて、分かったふりをして
うまいことやり過ごすって所だけがそれっぽいって話で
「てか、昼休みに寝ようとか」
「次、実習なの忘れてない?」
そう言われてレイトはしぶしぶ体を起こし、欠伸をする
「…そういやそうだったな」
「流石、殲滅率70%オーバのイーグル様は違いますね?」
肩を見ながらイチカは呟く
鎖と剣が描かれた部隊章
それはレイト達が「ブレイン」に所属している事を表していて
……その部隊章は
ブレインなんて名前だけに
ついこの間までは脳みそだったらしいけど
「てか、識別コード欲しいよー」
イチカのそれとは違い、レイトの部隊章の横には
空を飛ぶ鷲と15と数字が描いてある勲章が付けられている
鷲は、この国で平和と勇気の象徴とされていて
この勲章は
この学校で成績最優秀に与えられる
15人目の「イーグル」である証明だった
そんな、嫌味にレイトは思わず笑ってしまう
「ワイヤードールの損壊率は100%だけどな?」
機械だからこそできる無茶苦茶な戦い
人間の動きを超えたそれを駆使して
敵を殲滅し、ワイヤードールすらも壊してしまう
「メンテが悪いだけでしょ?」
「最近ゴミしか引かないもん」
イチカはふくれっ面を作って恨み言を言う
この前の実習の事を言っているのだろう
「最後のアレはお前のミスだろ?」
武装を失って戦う術をなくしたレイトは、
近接歩兵型の外敵であるポーンに取り付いて
イチカがポーンの頭を吹き飛ばす筈だった
それを思い出して笑ってしまう
「俺、お前に恨まれるようなことしたっけ?」
…イチカの駆るワイヤードールが放った弾丸が吹き飛ばしたのは
レイトのワイヤードールの頭だった
「あれ、16年前の戦場だったら死んでたからね?」
そんなことを笑い話に出来るのも、吹き飛んだのが
ワイヤードールだったからで
それでもイチカはバツが悪そうに
「あれは、ほんとに悪かったってば」
「ただ…同調律低くてノイズは多いし」
「挙句に幻肢痛も酷くて…」
そこまで言ってイチカは黙りこむ
「…ごめん、レイトにする話じゃなかったね」
そんなイチカをからかうように笑い
「まぁ条件は一緒だからな?」
「ただし、俺だったらそんなミスはしない」
「ちゃんとワイヤードールの足を狙ってフルオートするね」
そこに無い小銃を構える振りをしてイチカの足を狙う
「…ほんとにその冗談笑えないんだけど」
それに、引きつった笑みを浮かべるイチカ
おもむろに購買で買ったパンをカバンから取り出して
レイトはそれを食べ始める
「…実習前にご飯食べるの?」
げんなりした顔で、それを見るイチカ
「食わないと腹減るだろ?」
イチカにサンドイッチを差し出す
「…私はパス」
「どうせ全部出しちゃうだろうし」
「…わからなくもないけどな」
実際、何回か胃の中身をぶち撒けてるし
ここに来てから失禁した数だって幼少期といい勝負だろう
この前の実習を思い出して
食べたばかりのパンが逆流しそうになる
「今回は多少マシだと良いけどな…」
学校の実習なんて
名ばかりが聞こえのいいそれは
ワイヤードールを駆り戦場に放り込まれて戦うなんて
…そんな、ただの実戦だった
そして、こんな学生すら戦場に刈り出さねばならないほど
人類の危機は続いていて
それでもパンを食べ続けるレイトを見て
「…流石、雑食の異名は伊達じゃないね?」
感心したようにそんな言葉を漏らす
「やめろよそれ、かっこ悪いんだよ」
イチカが言い出したそんなあだ名
何でも食らうから、雑食
「じゃあ亡霊?」
「お前までそれ言うのかよ」
そっちは、他のブレインの奴らが呼ぶあだ名で
亡霊だなんて、縁起でもない
時計を見て、ため息を付くレイト
「…そろそろ行かないと面倒くさいから向かうぞ?」
まだ昼休みは始まったばかりだったが
たしかに次が実習なら、早いところ行ったほうがいい
「…そうだね」
イチカも、まるで首輪のようなヘッドデバイスを手に取り
椅子から立ち上がる
二人が持つ首輪それの名前は〈ハウンドデバイス〉
猟犬を制御するための鎖
物言わぬ人形たちの操り糸
人類の叡智の結晶たるハウンドドックシステム
その中核にアクセスする鍵で
ワイヤードールを駆るブレイン達の手にする武器
あと、ついでに言うなら
俺達を縛る鎖とでも言うべきなのだろうか?