はじまり
一目惚れだった。入学式後の担任挨拶で、まだ大学を出たての彼女は、自身の緊張を隠そうと必死で笑顔を作り自己紹介をしていた。この学校が私立だからなのか、1年目から担任はかなりの重圧だったのだと思う。しかし、そのぎこちない笑顔と、元々美形の顔立ちから、俺を含め殆どの男子達はすぐに虜になった。
そこからは早かった。彼女が弓道部の顧問になるのを知ると、すぐに入部届を出した。朝夕は部活、昼はホームルーム、とにかく声を掛け、彼女との距離を縮めていった。
そして高校一年の冬、彼女が帰る時間を見計らい、彼女の帰路を一人で歩くという単純な作戦により、俺は彼女の車で「家まで送ってもらう」というチャンスを手に入れた。
「家、こっちの方だっけ?」
「はい、ありがとうございます。だけど……」
そこで言葉を止める。さも訳ありげな表情を浮かべながら。
「どうかした?」
彼女は道路脇に車を停め、俺の顔をのぞき込むようにこちらを見てきた。まだ1年目の新米教師。生徒が悩みを抱えていそうであれば、簡単に踏み込んでくる。
「実は、両親が離婚調停中なんです。二人とも俺を押し付けあっていて……あの家には俺の居場所がないんです」
嘘は言っていない。両親の離婚調停も本当だし、俺の居場所があの家にはないのも本当だ。ただ、別にそれを悲観してはいない。高校を卒業したら好きに生きていく。その程度にしか考えていなかった。彼女に話したのは、この境遇を利用し、少しでも彼女の同情を引ければ、少しでも彼女の興味を俺に向けられれば、その為の材料くらいにはなってくれるだろうと、その程度の考えだった。しかし、彼女の口から出たのは思いも掛けない言葉だった。
「それなら、私の家に来る?」
俺は自分の耳を疑った。
「ただ、毎日ってのは無理よ?毎週金曜日、週一回だけ。それで少しでも青野君の気が休まるなら」
彼女は、自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。俺は生徒で、彼女は教師。そんな事許されるはずがない。ただ、好きな女性にこんな事を言われ、断れる男子高校生は世界中探してもどこにもいなかっただろう。
「本当にいいの?」
「ただ、変な期待はしないでね。週一回、一晩泊める。ただ、それだけよ」
ここから、俺と水島香織の秘密の関係が始まった。