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殿下の神託で不具合が起きた話  作者: 冬至 春化
3章 移ろいゆく殿下と私の話
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「わー! 殿下、お誕生日おめでとうございます!」

「うん、ありがとう」

 夏が終わろうという頃だった。残暑が緩み、過ごしやすい気候に移る季節に、殿下の誕生日はあるのだ。

 そんなめでたき日に、室内警備のため部屋に入った私は、普段はすっきりと片付けられている殿下の机の上を見て、歓声を上げた。

「沢山、お誕生日のお祝いを頂いたんですね」

 本が積まれている山があれば、こぎれいな包装が施されたお菓子の詰め合わせもあった。酒もないしあまり金目のものもない。官舎の談話室でよく見る誕生日祝いとは違って、何だか健全だ。


「あっごめんなさい、私、何も用意してなくて……」

「別に、アルカから何かをせしめようなんて思っていないよ、大丈夫」

 何も持っていない両手を見下ろしながら青ざめると、殿下は机に積まれた諸々のものを手に取って苦笑した。

「そうだ、僕一人じゃこんなに食べきれないから、アルカにお裾分けするよ」

 殿下が食べ物が山になっているところからいくつか取り上げて、私に差し出す。「どれも個包装で、安全は確認されてるよ」

 笑顔で手招きする殿下に、思わず笑顔で近づきかけて、私は何とか踏みとどまった。

「だっ、駄目です、これは殿下の為のお祝いで、私が頂く訳には……!」

「もしかしてまた隊長に叱られた?」

「はい……」

 項垂れた私に、殿下が歩み寄る。私の手を取って半ば無理矢理にお菓子を持たせると、片目を閉じた。

「見つかる前に食べれば問題ないよ。でしょ?」

「でっ……殿下、なんて悪いことを……!」

 私は恐れおののいてのけぞる。殿下はいつの間にこんな悪巧みができるように、……いや、結構昔からの気がする。どうしよう、と私は扉を振り返った。隊長は確か、毎週この日は午前がお休みだったはずだ。それなら……うーん、どうしようかなぁ……。

「今日は、隊長も、いませんし……じゃあ……」

 おずおずとお菓子を受け取ると、殿下は満足げに頷いた。


 そのときふと、私は殿下のつむじが見えなくなっていることに気がついた。

「あれ、殿下、身長伸びましたか?」と首を傾げると、殿下は目を見開いて身を乗り出す。

「え!? 本当に? 僕、アルカを越した?」

「いや、越してはないですけれど」

 ……目に見えて落ち込んでしまった殿下の背を撫でながら、私は少し微笑んだ。

「子供扱いしないでよ」

「ふふ、ごめんなさい」

 小さい背中から手を離しながら、私はしみじみと殿下を眺める。

「殿下ももう十四ですし、きっとこれからすぐ大人になってしまうんでしょうね」

 託宣人が、半ば義務として神託を下された王族の側にいるのは、おおよそ大人になるまでである。まあそりゃあ、永遠に近くにいなければいけないという訳にはいかないだろう。お互い色々な事情も出てくるだろうしね。

「殿下が大人になったら、私もお払い箱ですね。嬉しいような寂しいような……」

「いや、ぼ、僕、全然まだ子供だよ。ほら、見ての通り」

「……さっきご自分で子供扱いするなと仰ってませんでしたか?」

「いや、そんなことは言ってないかな」

 息をするように記憶を改ざんした殿下に、私はこっそりと首を傾げた。


 そのとき、軽いノックの音がした。扉の向こうで隊長が名乗りを上げたので、私は殿下を目線で伺う。殿下は動きで、手に持っているお菓子をポケットに入れるように示した。言われた通りにしてから、殿下が隊長に対して入るように促す。

 部屋に足を踏み入れた隊長は、祝いの言葉を簡略に述べると、私のポケットに目を留めた。

「アルカ・ティリ、その膨らんだポケットは何だ」

「ああー! 殿下、やっぱり見つかりましたぁ!」

 三秒と保たずに隠し持っていたお菓子を看破され、私は殿下を振り返って悲鳴を上げた。



 よくよく考えてみれば、今日は殿下の誕生日を祝う食事会があるのだった。普段とシフトが違うのも当然だ。没収されて殿下の机に戻されたお菓子を目で追いながら、私は今日の昼頃に始まる食事会について考えた。

「今回は私、警備じゃなくて参加者側なんでしたっけ……?」

「そうだね、神託が下されてから初めての食事会だから、今回だけはほとんど強制になっちゃうかも」

「ヒィ……」

 私は頭を抱える。託宣人として認定されてからこちら、一応公式の場での作法だとか、ちょっとした教養だとかは教わってきたけれど、付け焼き刃である感は否めない。

「大丈夫だよ、アルカ、僕が側にいるからね」

「うぅ……もしご迷惑をおかけしたら死んでお詫びします……」

「うーん、そこは頑張って生きてみようか」

 青ざめる私の顔を覗き込みながら、殿下は分かりやすく苦笑した。



 ***


 城の一階にある大広間は、王家に関わる式典だとか、こういった食事会、パーティに使われる大きな部屋だ。何回見ても、広くて綺麗な部屋。これが国家権力ってやつなのだ。いや、よく分かんないけど……。

 扉が開かれ、盛大な拍手で迎えられながら、私は大広間を見渡した。

「こらアルカ、ぼーっとしないの」

「はひぃ……」

 殿下に背を叩かれ、私は姿勢を正した。

「ほら、格好いい顔して」

「……はい!」

 私は胸を張ると、きりっと表情を引き締める。隊長からも「できるだけ手練れの近衛っぽい顔」との指示があった。

 一般の入り口とは違う、主催者用の出入り口から入った私たちは、用意された席に向かって歩く。


 どうも世間一般における私のイメージは、『殿下に対する暗殺を寸前で防いだ優秀な護衛官』ということになっているらしく、いや、ほとんど合ってはいるんだけど、何となくもぞもぞするのだ。でも、この噂を聞いたときに腹を抱えて笑い転げた先輩のことは、ぶっちゃけまだ許していない。

「僕の託宣人は、とっても凄い護衛官で、簡単に手出しが出来なさそうなんだからね」

「やっぱり私にはその設定重くないですか?」

 涼しげな表情を保ちながら、私は周囲に聞こえない声量で殿下に抗議する。殿下は当然のような顔をして黙殺した。うーん、殿下、ちょくちょく非道なんだよなぁ……。


 怖そうな顔をしながら、私は鋭い視線で会場に目を走らせる。随所に見覚えのある護衛官が立っているし、怪しいところもなさそうだ。というか、そんな頻繁に危険が迫っては堪ったものではない。

「アルカ、そこまで険しい顔をしなくても良いよ」

「ご、ごめんなさい、さじ加減が分からなくて」

 眉間に皺を寄せていた私は、慌てて表情を緩める。ほどよく微笑みを湛え、私は殿下の為に椅子を引いた。殿下が腰掛けてから、私は殿下の斜め後ろで立ったまま背を伸ばした。ちょっとだけ強そうな顔で、だ。


 拍手が止む。陛下が何か良さそうなことを喋り、それから殿下が何やら挨拶らしきものを述べる。殿下の晴れ舞台だということもあり、ぜひともじっくり聞きたかったが、正直言ってそれどころではない。緊張で動けない。

 ……そりゃもう、ザックザク刺さるのだ。何がって? この視線ですよ。


 最前列に立っているご令嬢が、品定めするようにじろりと私を見上げる。口ひげが素敵なあちらの紳士は穏やかな表情ながら私の頭から爪先まで視線を下ろしたし、そちらのご夫婦はこちらを窺いながら顔を見合わせて何事か囁き合っている。

 ヒィ、やめてー!

 私はその場から走り去りたくなる衝動を必死に抑えながら、凜と顎を引いて微笑み続けた。



「お疲れ様。突っ伏すのはもう少しあとにしてね」

「流石に私、こんなところで突っ伏しませんよ」

 なんやかんやと食事会が始まり、殿下の隣で席につきながら私は長い息を吐いた。一般参加者は立食形式だが、私たちは料理が運ばれてくるらしい。まあ、あんな事件があった直後に殿下がうろついていたら警備も大変である。

「そのうち挨拶に来る人が列になって押し寄せるから、今のうちに食べておくと良いよ」

「分かりました!」

 確かに、こういう場ではいつもそうだった。いつもと違うのは、私がそれを後ろで眺める立場ではなく、眺められる立場だという点だ。背中に隊長の視線を感じながら、私は教わったばかりの作法でぎこちなく食事を開始した。

「あっ、おいしい」

「でしょ」

 前菜の上のハムを頬張りながら、私はなるほどと頷く。私がいつも行っている、城で働く人間のための食堂とは、どうやら格が違うらしい。当たり前だ。

「んー、やっぱり、ごはんが食べられるって、本当に幸せなことですね」

 私がしみじみと噛みしめながら呟くと、殿下は数秒の間を開けてから、静かに微笑んだ。



「誕生日おめでとう、ユーリ」

 少しした頃に、ぽんと殿下の肩に手が置かれた。気安い調子で話しかけてきたのは、殿下の兄君だった。

「ありがとう、兄上」と殿下が微笑むと、兄君は腕を組んで尊大な調子で笑った。

「お前もついに十四か、俺が世話をしてやった頃は、あんなに小さかったのにな」

「二つしか離れていないのに、僕が小さかった頃に、そんなに世話を見たことがあるんですか? 妙ですね」

「……うるさいな」

 兄君が憮然と顔を背けたところで、もう一つの足音が近づく。

「また弟にウザ絡みしてウザがられてるの? いい加減やめた方が良いと思うわよ」

「うるさいな」

「僕も正直そう思いますよ」

「うるさいな」

 完全に返答が固定されてしまった兄君から目を横に滑らせると、腰に手を当てて立っている少女と目が合った。

「こんにちは、セデロフィル殿下、メリザ様」

 そう言って頭を下げると、ふっと微笑まれた。彼女は殿下の兄君の託宣人として選ばれた存在である。


 メリザ様はずいと私に顔を寄せると、快活な調子で語った。

「アルカさんとは、今度一緒にお話したいわ。いきなり神託とやらで変な指輪が出現して、びっくりしなかった?」

「はい、それはもう……」

 私が答えると、「そうよね」とメリザ様が頷く。

「まあ私は腕輪だったんですけど」

「そう言えばそうね。腕輪の方が日常生活で気にならなそうで羨ましいかも」

 神託の指輪を一刀両断である。メリザ様は隣の兄君を指さすと、大げさにため息をついて肩を竦めた。

「そして呼ばれて城に来てみれば、私がこれのお世話をしなきゃって言うじゃない? 堪ったもんじゃないわよ」

 おい、と殿下の兄君が苦々しげな口調で口を挟むが、メリザ様は完全に無視である。

「全く好感の持てないこのクソ男と一緒にいなきゃなんて、ほんと、給金が出なきゃやってられないわよね」

 もはや満身創痍で黙り込んでしまった兄君をちらと見ながら、私は「そんなことないです」と苦笑交じりに首を振る。

「私は、殿下に元々お仕えしておりましたし、……それに私、殿下のことが大好きですから」

 突如として、隣にいた殿下がむせ込んだ。それまで気配を消していた隊長が、水の入ったグラスを手にすぐさま近寄ってくる。

「アルカ・ティリ。殿下のお食事中にあまり変なことを言うんじゃない」

「え……ごめんなさい……」

 厳しい顔で隊長に言われ、私は訳が分からないまま詫びた。何だこれ。



 延々と繰り返される挨拶に、殿下は笑顔を崩さないまま返答を続けている。偉いよなぁ、と私は殿下を眺めながら内心で呟いた。

「やっぱり、殿下と同じ年頃のご令嬢を連れて来られる人って、そういうことなんですかねぇ」

 素敵なドレスを身に纏って可愛らしく微笑む少女たちを眺めながら、私は人の波が途切れた隙に話しかけた。そういうことって、つまり、殿下のお嫁さん候補ってことである。

「まあ、そうだろうね」

 殿下はしれっと頷いて、それから反応を窺うように私の顔を凝視する。「どうかされましたか?」と首を傾けると、殿下は咳払い一つ漏らして、目線を戻した。

「それにしても、本当に素敵なご令嬢が沢山来てるんですねぇ。あ、ほら見てくださいあの子、殿下のこと見てますよ!」

「アルカ、指ささないの」

 殿下にたしなめられて、私はしゅんと縮こまった。縮こまりつつも会場を見渡し、居並ぶ招待客たちを眺める。きらびやかな会場を行き来する人影に目を奪われながら、私は短く息を吐いた。


「ほんと、皆さん、素敵ですね。……綺麗な服を着て、清潔で安全な場所で、優雅にお話しして、」

「……アルカ?」

 殿下の訝しむような声に、はっと我に返った。私は慌てて居住まいを正すと、殿下に向かって笑顔を向ける。

「えっと、殿下は、例えばあの中なら、どなたが好みですか?」

 会場の中心辺りで軽やかな笑い声を上げているご令嬢たちを指ささずに示して、私は殿下に囁いた。殿下は一瞥すらせずに「誰もいないかな」と応じる。

「ええ、そんな、わがままな……」

 私は唇を尖らせた。殿下は一切悪びれる様子もなく、デザートを口に運んでいる。


「じゃあ、この中から選ばなくて良いですから、殿下は一体どんな人が好きなんですか?」


 何となく興味がわいて、私は身を乗り出して殿下に話しかけた。殿下は数秒迷って、「年上」とだけ答えた。

「ははあ、なるほど、年上の理知的なお姉さんがお好きなんですね」

 となると、あの辺りかな、と私は会場の片隅に目をやった。殿下は咳払いをすると、付言する。

「いや、理知的じゃなくても良いんだ。むしろ、ちょっと抜けてるぐらいの方が良いかな」

「うーん、なかなか変わったご趣味で……」

 年上だけど、必ずしもリードされたい訳ではないらしい。今までこういった話題に触れる機会が少なかったからいまいち分からないけど、殿下の好みが微妙に難しいことは分かった。

「……少し天然っぽい深窓の令嬢とか、純粋な箱入り娘ってことですか?」

 おしとやかで、ちょっと世間知らずな可愛いご令嬢ということだろうか。考えた末に出した結論を、殿下は「違うかな」と一言で棄却した。

 なるほど、もう訳わかんないな、と私は思考を放棄した。どうやら殿下は御年十四にして、私には解しがたい難しい好みをお持ちらしい。



 会場を行き交う招待客を観察しつつ、私は顎に手を当てて思案する。

「どの程度の家柄の方がふさわしいんでしょうかね。やっぱりこういうところに招待される程度には良いお家の方が良いんでしょうか」

「僕はあまりこだわらないかな。……何なら、別に……孤児でも構わないくらいだよ」

「わっ凄い、お心が広いんですね……!」

 私は驚いて目を見開いた。まさか本当に孤児を娶ることはないだろうが、その心構えは凄まじいものだ。感心して手を叩くと、殿下はじっと私を見据えた。たっぷり五秒ほど私の顔を観察して、それから目を逸らす。

「なるほど、これでもまだ分かりやすさが足りない、と」

「何ですか?」

「ん、何でもないよ」

 殿下は笑顔で首を横に振った。

全五話です。よろしくお願いします。


2018/11/18 会話の繋ぎを修正

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