第九十五話:フリーター、再会する
ゲルト族長の案内で、ドワーフの村を出る。
俺に同行するのは「亡国の微女」のエル姫だ。
土の精霊ドムドムは別行動。『春のドムドム祭り』に参加するので、村に残るからだ。風の精霊デボネアも同様。ていうか、デボネアはドムドムの見張り役だ。ワーグナーとドワーフ族の関係改善はドムドムの行動次第だからね。是非とも頑張ってほしいものだ。
緩やかな山道を一時間ほど下ると、小さな湖の畔に着く。濃い緑に囲まれ、外周が一キロほどの湖のまわりには小屋が点在する。小舟が数艘係留された水辺に建つのは漁師小屋、獲物を解体する広い庭があるのは猟師小屋、山積みされた丸太のそばに建つのは木こりの休憩小屋だとゲルト族長が説明してくれた。
それらのなかで、他の実用本位な建物とは趣の異なる家が一軒ある。その赤い屋根の小さな家は、白い柵に囲まれていて、赤、黄、橙色のカラフルな色あいの花が咲く庭まである。まるで観光地にでもあるシャレたペンションのようだ。
「あの赤い屋根の家か?」
「領主リューキ殿、おっしゃる通りです。あそこにジーナお嬢さんがおられます」
ドワーフ族の族長が言う。
俺に対する口の利き方はすっかり臣下の口調になっている。
赤い屋根の家に向かって湖畔の小道を急ぐ。てか、エル姫は完全に駆け足だ。
「リューキよ、早くするのじゃ!」
「そこまで急がなくても大丈夫さ。ジーナはどこにもいかないよ」
「なにを呑気なことを言うておるのじゃ! いいから走るのじゃ!」
ハイテンションなエル姫に先導されて、大急ぎで赤い屋根の家にたどり着く。
「ジーナよ! 従姉妹のエルちゃんが迎えに来たのじゃ! もう安心じゃ! ついでにリューキも連れてきたぞよ!」
意味不明な自己主張を叫びながらエル姫が扉を開く。
だが、家のなかはもぬけの空だった。
「リューキがイケないのじゃ! おぬしがノンビリしておるからジーナがいなくなってしまったのじゃ!」
「だから落ち着けって! ジーナはその辺を散歩でもしてるんじゃないかな」
「あれれ!? リューキのおじちゃんだ! どうしてここに? あ、そうか! ジーナちゃんに会いにきたんだね」
罪のない差別の言葉に振り向く。
庭の花畑のなか、純粋な目で俺を見つめているのはマリウス少年だった。
「マリウスよ! ジーナはどこじゃ! 無事なのであろうな!」
「もがっ、むがっ、お姉ちゃん、だれ? 苦しいよ! リューキのおじちゃん、助けてーっ!」
「誰とはなんじゃ!? わらわはエル姉ちゃんじゃ! 洞窟で会うたであろう! 忘れるとはヒドイのじゃ!」
能面化粧のエル姫がマリウス少年の両脇をつかんでグイと持ち上げる。
あまりの勢いに驚いたマリウス少年は、手に持っていた花束を落としてしまう。けどまあ、スッピンのエル姫の顔しか知らないマリウスがカン違いしたのは無理もないと思う。
「エル姉ちゃん!? うそーっ! 顔がぜんぜん違う!」
「顔はどうでもいいのじゃ! どうでもよくないのはジーナがいないことじゃ!」
「ジーナちゃんなら、森のお墓にいるよ!」
「墓じゃと!? ……遅かったのじゃ! リューキがグズグズするから、ジーナは死んでしまったのじゃ!」
エル姫が盛大に泣き出す。涙で化粧が落ち、「亡国の微女」の素顔が徐々に明らかとなる。
マリウス少年は目を大きく開き、「ホントにエル姉ちゃんだ……」と絶句する。
……うむ。純粋なマリウスも化粧のスゴさを思い知ったようだな。ひとつ大人になったね。ホント、見た目に騙されちゃだめだよ、ハニートラップかもしれないからさ。おっと、大人への階段を上りはじめた少年には、ちょっと行き過ぎたアドバイスになってしまうか。はは、えろうすんません……
「領主リューキ殿、どうかされましたか?」
「うん? あ、すまない。ボーッとしてしまったようだな」
「いえ。愚息が言葉足らずで失礼しました。ジーナお嬢さんは……お母上のお墓に行かれているかと思います。マリウス、皆さんを案内してさしあげなさい」
ゲルト・カスパーが息子の言葉を補う。
父の言葉にマリウスは大きく頷いた。
◇◇◇
マリウス少年の先導で、森のなかにあるジーナの母親のお墓に向かう。下草が刈られ、足元が踏み固められた道は、森のなかの小道とは思えないほど整備が行き届いている。
森の小道を五分ほど歩くと、直径二十メートルほどの円形の広場に着く。ジーナの護衛だろうか、広場の入り口には屈強なドワーフ族の男が三人立っていた。
森のなかに忽然とあらわれた広場には、タンポポに似た花が一面に咲く。黄色い花の一部は綿毛に変わっていて、広場の地面には黄色と白色が斑に入りまじった紋様が描かれていた。
広場の中央、花畑の真ん中には高さ二メートルほどの細長く白い石が直立する。ゆるやかな曲線を持つ、どことなく女性的な雰囲気を醸しだすこの石こそ、ジーナの母親のお墓だという。
こちらに背を向けた、お墓に抱きつくような格好の女性がいた。ジーナだ。百五十センチ少々の身体を懸命に伸ばし、墓石のてっぺんの汚れを拭おうとしている。
洞窟のどこかで迷っているのではと心配させておきながら、まさかこんなところで墓掃除をしているとは思いもよらなかった。行動が予測できないやつ。ホント、無事でいてくれて良かった。
「あー、手が届かない! 誰かー、持ち上げてー!」
緊張感のないジーナの声に反応し、護衛のドワーフが彼女に近づこうとする。
俺は男の動きを手で制し、背後からジーナの両脇を抱えてひょいと持ち上げる。
「もうちょい……よし、きれいになった! ありがとうーって、リューキさま!? いつのまに来たんですかー? よくここがわかりましたねー?」
「マリウスに案内してもらったのさ。まったく、お前ときたら、洞窟にひとりで潜り込んだかと思えば、ドワーフたちの村にいたりして、落ち着きのないやつだな」
「むーっ、洞窟で迷子になってたのをゲルトに助けてもらったんですー。ゲルトは帝国の特使に見つからないようにって、ここに匿ってくれたんですー。で、数十年ぶりに母上の墓参りに来られたので、お掃除してたんですよー」
「そうか。ジーナにしては説明がわかりやすかったな。やればデキるじゃないか」
ジーナが、むんとばかりに胸を張る。しかもドヤ顔。
いやいや、俺は褒めたわけではなくて、軽くイヤミを言ったんだけど……ま、いいや。ジーナの顔を見てホッとしたのは事実だ。別に腹が立ってるわけでもない。
「我が従姉妹のジーナよ! わらわは心配したのじゃ! この広い世界、わらわの肉親はジーナしかおらぬ。わらわをひとりぼっちにするのではないぞ!」
「ほよっ、エルちゃんは心配してくれてたのですか! ごめんねー」
化粧が落ちたエル姫がジーナに抱きつく。うむ。なにはともあれ、とりあえずは一件落着だな。
「リューキさまー。お迎えにきてくれたのはうれしいんですが、もう少しだけここにいたらダメですかー? 次に母上に会いに来られるのはいつになるかわからないんですよー」
「ジーナ、心配するな。これからはいつでも好きなときに来られるさ」
「ほわ? リューキさま、どういう意味ですか?」
ジーナが不思議そうな顔をする。
けど、俺はすぐには答えてやらない。
散々、ひとに心配をかけたんだ。ちょっとくらいは思い知るがいい。まあ、ほんとにチョットだけどね。ふはは。
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