第九十四話:土の精霊ドムドム、ドワーフにもみくちゃにされる
「リューキ殿には、誠に申し訳なかった。ワーグナー家にも……」
ゲルト・カスパーが頭を垂れる。ドワーフ族の族長は、皇帝特使のグロスマンたちを捕えたあと、身内に不幸でもあったのかのような意気消沈する顔を見せた。
「俺はともかく、ワーグナー家に申しわけないとは、地下資源をめぐる争いの件ですか?」
「そればかりではありません。我々は……我らドワーフ族は、ワーグナー家を裏切ったのです」
「裏切り? どういうことです?」
俺の求めに応じて、ゲルト・カスパーは語りだす。
ドワーフ族がワーグナー家と袂を分かつまでの話をーー
ーーワーグナー家が最も興隆したのは、ジーナの父ギルガルド・ワーグナーが第五十二代当主として存命だった時期。当時のワーグナー公爵家はプロイゼン帝国全土の三分の一を勢力下におき、皇帝をも凌ぐ勢いであった。ただし、当主のギルガルドに野心はなく、帝国を支える一家臣としての立場に満足していたという。
およそ百年ほど前の話だ。
プロイゼン帝国第百二十八代皇帝レオナルドが崩御した際、長子のマクシミリアン皇太子が後を順当に継ぐかと思われた。だが、皇太子の実弟カールハインツ親王が帝位を求めて挙兵した。ジーナの父、ギルガルド・ワーグナーはマクシミリアン皇太子側に付いたため、次の皇帝はマクシミリアン皇太子が継ぐのが衆目の一致するところであった。しかし、勝利したのはなんとカールハインツ親王の反乱勢力だった。
レオナルド皇帝崩御を含め、数々の策略と裏切りがあったと噂されたが真相は不明である。確かなのは、マクシミリアン皇太子とともにギルガルド・ワーグナー公が討たれたこと。主君とともに、女騎士エリカ・ヤンセンの両親が亡くなったこと。守護龍ヴァスケルが瀕死の重傷を負い、永い眠りについたことだ。
ここまでは俺が知っている話だ。
ジーナ・ワーグナーがワーグナー家を継承したあとも苦難は続いた。
最初は配下のゴブリン族の離反。
ワーグナーの軍の一翼を担っていたゴブリン族がワーグナー家に反旗を翻し、ワーグナー領に攻め込んだ。ワーグナーから離反したゴブリン族とワーグナーの配下に残ったドワーフ族間で争われた戦は十年余り続いた。最後は女騎士エリカ・ヤンセンがゴブリン・ロードのアンゼルムを斬り捨て、統率者がいなくなったゴブリン族が内部抗争をはじめたことで終結したそうだ。
だがその後、ドワーフ族もワーグナー家と決別。孤立無援のワーグナー家は急速に衰えたという。
「……それで、ドワーフ族はなんでワーグナーから離れたんです?」
「ドムドム様の意向です。いえ、ドムドム様のニセモノが希望したからです」
「ニセモノがワーグナーと縁を切るように唆したってこと?」
「そうです。ギルガルド様が亡くなられたあと、ワーグナーから離反するようにと皇帝密使が何度も来ました。当初は突っぱねたのですが、あるときからドムドム様が、いえ、ドムドム様のニセモノが皇帝特使とともに来るようになりました。我々はワーグナー家には大恩があります。ですが、ドムドム様にも同様です。族長会議を幾度も開き、結局、ドワーフ族はワーグナー家から離れることになりました」
ゲルト・カスパーが懺悔するように語り終える。
蒸し暑い鍛冶場のなか、鋼を打つ者はいない。
皆、族長の話に聞き入っている。
「我々は、ワーグナー家から離れはしましたが、ワーグナーの領地を攻め込むような真似は一度もしませんでした。それだけは拒み続けました。すると、皇帝特使はワーグナーを攻める代わりに貢物を要求してきました。仕方なく、我々は地下資源が豊富なワーグナー領内で盗掘まがいのことをしてまで要求に応じてきました。もっとも、そのせいで度々ワーグナーとは小競り合いが発生してしまいましたが」
「なるほどね。そういう事情だったのか」
「なんともお恥ずかしい話です。このようなガラクタをドムドム様と信じていたとは……情けなくて、本物のドムドム様にあわせる顔がございません」
「ドムドムは気にしないと思うよ。直接話してみればいいじゃないか」
「え!? まさか、リューキ殿は土の精霊ドムドム様もお呼びできるのですか?」
「当然だ! 俺を誰だと思っている。ワーグナーの領主だぞ!」
格好つけて、芝居臭いセリフを吐いてみる。腰に下げた畜生剣をつかみ、頭上に掲げながら創造力を働かせる。
……ドムドム、本来の姿になーれ。垂れ目じゃなくてちょっと釣り目のハニワ顔になーれ……
「むおっ! 領主リューキ殿! ハニワ顔は余計でござるぞ! 普通に念じてくださるだけでよいのですぞ!」
神器「畜生剣」がスッと消え、代わりに二頭身のハニワが姿をみせる。身の丈二メートルのドムドムは見慣れた弱り顔ではなく、ドワーフの村のいたる所にある石像と同じ、やや釣り目のハニワ顔をしていた。
「おお! ドムドム様だ!」「土の精霊ドムドム様だ!」「あの声、話し方、今度こそホンモノだ!」
ドワーフたちがドムドムに殺到する。純朴な性分のせいか、これっぽっちも遠慮なくドムドムのもとに駆け寄ってくる。
「むおおおっ! おぬしたち、止めるのだ! 拙者は逃げも隠れもせぬ! やめてくだされ!!」
屈強なドワーフの男たちが歓声をあげ、ドムドムのまわりに集まる。蒸し暑い鍛冶場で大汗をかいていた上半身裸の男たちが一斉にしがみつこうとする。族長の腹心、ドムドムに父親の生命を救われたヤン・ビヨンドも輪の中にいる。ドムドムをめぐってくんずほぐれつするマッチョな髭面の男たち。なんとも暑苦しい画だ。絶対に仲間入りしたくない。
「おお、おおお……奇しくも今日は『春のドムドム祭り』の初日、まさかここで『ドムドム争奪戦』を見られるとは、なんたる巡りあわせ! 私も、いや、私は大罪を犯した。争奪戦への参加など、私には叶わぬ夢か……」
族長のゲルト・カスパーがつぶやく。汗臭いの輪の中に入りたいのを我慢しているようだ。
「ゲルト族長。『ドムドム争奪戦』ってなんです? いえ、俺は参加したいわけではなく、興味で聞くだけですが」
「『ドムドム争奪戦』は『ドムドム祭り』最大の神事です。無病息災、子宝祈願、鍛冶成功などを祈念しながらドムドム様の御身を奪いあいます。神事の最後まで御身にしがみついていた者の願いをドムドム様が叶えてくださるとの言い伝えがあります。思い返せば、ニセモノはずっと祭りへの参加を拒んでいました」
「ドムドムはサッパリした性格の精霊です。過去のわだかまりは気にしないでしょう。ゲルト族長も遠慮なんかしないで争奪戦に参加したらいいんじゃないですか」
「お……おお、おおおおーーーっ!!」
迷いが吹っ切れたようにゲルト・カスパーが駆けだす。ゲルト族長は、配下のドワーフ族ばかりか、腹心のヤン・ビヨンドも押しのけて、ドムドムに抱きつく。ドムドムがひと際大きな悲鳴をあげるが、俺は聞こえないふりをする。
ともあれ、しょんぼりしていたゲルト族長が元気を取り戻した。
うむ、善い行いをしたあとは気持ち良いものだな。はは。
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