第九十三話:フリーター、皇帝特使の嘘をあばく
ドワーフ族の村。
剣を打つ音が響く鍛冶場。
皇帝特使のグロスマンが俺の身を欲する。けど、こっちにはその気はない。別に変な意味じゃない。グロスマンは俺を帝都ニルンベルグに連行したいらしいが、俺は行きたくないって意味だ。
「ドムドムさま! なぜ、グロスマンの肩を持たれるのですか?」
族長のゲルト・カスパーが叫ぶ。
自ら剣を鍛造するゲルトは上半身裸。大きく筋肉が盛り上がった身体には戦傷らしき傷跡が無数にある。そんな、いかにも歴戦の勇士といったゲルトが悲痛な声をあげた。
「ゲルト、ひかえろ! ドムドム様の意向に従わぬつもりか! キサマどころか村全体に天罰が下ってもよいのか!」
「うっ、ぐ……」
グロスマンの厳しい口調に、ゲルトが口をつぐむ。
屈強なドワーフの族長をやり込めて満足したのか、皇帝特使は得意げな表情を浮かべる。グロスマンに従う三人の男たちも同様だ。
なんかムカつく。
「リューキよ。あのドムドムは作り物じゃぞ。わらわには神器のメガネがあるからわかるのじゃ」
「作り物?」
「そうじゃ。ドムドムを型取ったハリボテにヒトが入っておるだけじゃ」
エル姫が小声で告げてくる。
てか、ニセモノが思いのほか精巧なのに感心してしまったのは内緒だな。
<むおおーーっ! 許せませんぞ! 拙者の名を騙り、純朴なドワーフたちを騙すなぞ、到底許すわけにはいきませんぞぉー!!>
畜生剣こと、土の精霊ドムドムが憤る。怒り声が頭の中でうるさい。
「エル。ドムドムもどきは神器なのか? いや、神器を相手にするなら厄介だと思ってね」
「心配無用じゃ。あれは神器ではない。いちおう鋼に覆われておるのでそこそこ頑丈じゃか、歩くくらいしかできぬ代物じゃ」
「わかった……ところで、デボネア。頼みがある」
俺の左肩にちょこんと座るデボネアに向きなおり耳打ちする。風の精霊は俺の提案をあっさり了解してくれた。
「ワーグナーの領主! なにを小人族とコソコソ話しておるのだ! すぐに出立するぞ! 無駄な抵抗はせぬ事だな!」
「グロスマン! 勝手なことを申すな! 私は了解しておらぬ!」
ドワーフの族長、ゲルト・カスパーが慌てて声をかける。
対して、グロスマンは薄気味悪い笑顔を浮かべながら、ますます威圧的な態度をとる。
「ゲルトの許可など求めておらぬわ! 土の精霊ドムドム様は我らに賛同しておるのだぞ。キサマは帝都まで護衛する兵を出せば良いのだ。早う兵に支度をさせよ。ドムドム様とともに旅ができるのだ、光栄に思え。ドムドム様に献上する貢物も忘れぬようにな! ハーハッハッ!」
高笑いしながらグロスマンが好き勝手なことを言う。すごくムカつく。俺以上に腹が立ったのか、腰に下げた畜生剣がヤケドしそうなくらい熱くなっていた。
<ドムドム、落ち着け!>
<むふぉーーっ! これが落ち着いていられますか! 拙者、これほど愚弄されたことはございませぬぞ!>
土の精霊の戦士ドムドムの怒り具合は俺の想像を超えていた。
こりゃマズイてなことで、俺は早々に問題解決を図ることにした。
「グロスマン殿。ドムドム様のご意向とあらば、俺は帝都ニルンベルグに行きましょう。道中、グロスマン殿には色々と学ばせていただきたいものです」
「ほう。殊勝な心がけだな。おとなしく同行するのであれば我が知識を披露してやらんでもない。言ってみろ、興味があるのは帝都のことか? 皇帝陛下の話か?」
「俺が知りたいのはグロスマン殿自身のことです。グロスマン殿は土の精霊ドムドム様とたいそう親しげな様子。どのようにして交流を深めたのでしょうか? 俺が聞いた話では、ヒト族は精霊様と会話もままならない種族のはずですが?」
グロスマンがニヤリと笑う。想定内の質問だったようだ。
「世情に疎い領主よのう、反逆領主のワーグナーならば仕方ないか。教えてやろう。私は精霊様と交流できる呪術師なのだ」
グロスマンは胸を張って答える。横から「嘘じゃ」とエル姫が耳打ちしてくる。真実を見極める神器のメガネを持つエル姫の助言だ、間違いない。
「なるほど。グロスマン殿は呪術師でしたか。であれば、ドムドム様だけでなく、他の精霊様とも話ができますよね?」
「と、当然だ! だがあいにく、いまはドムドム様のお相手で手一杯であるがな」
「であれば、ドムドム様と仲が良い風の精霊デボネア様に手伝ってもらうのがよいかもしれませんね……デボネア! ドムドムの相手をしてやってくれ!」
俺は右手でデボネアの頭をなでながら、創造力を働かせる。
……デボネア、そこそこ大きくなーれ。風の精霊デボネアの本来の姿になーれ……
「リューキはん! すっごく気持ちええでー! 力の注入がまた上手くなったとちゃうかー!」
小妖精サイズからヒト並みの大きさに変化したデボネアが歓喜の声を上げる。
俺の目の前で宙に浮かぶのは妖精じみた顔立ちの美少女。風の精霊の姫君を「妖精」と比喩するのは適当でないかもしれないが、現実離れした美少女っぷりを表現する言葉が他に思いあたらない。負けん気の強そうな目とニッと笑った口元がいかにも勝気なデボネアらしい。
「なんだと!? ただの小人族ではなかったのか!」
あまりに驚いたのか、グロスマンが尻餅をつく。
「皇帝特使にして呪術師のグロスマン殿に紹介しよう。俺の守護精霊、風の精霊のデボネアだ。デボネアは土の精霊ドムドムと親しいそうだ。ドムドムも辺境の地で同じ精霊に会えてうれしかろう、さあ存分に旧交をあたためてくれ」
デボネアがふわりと飛ぶ。五十平米ほどある鍛冶場は天井も高く、四メートル近くありそう。熱気と蒸気に包まれた空間を風の精霊デボネアは涼しげに飛びまわり、ニセモノのドムドムの頭の上に着地する。
「なんや、ドムドムの身体は傷だらけやないか。うちがキレイにしたるわ!」
丸いハニワ頭の上であぐらをかきながらデボネアが言う。すごく愉快そうだ。
「まさか、ほんとうに精霊があらわれるなんて……」
「グロスマン殿、おかしなことをおっしゃいますね。精霊に会えたのが驚きですか? 呪術師なのに?」
「あ、いや、その……」
俺の指摘にグロスマンがうろたえる。
俺は、目の前にいるデボネアがホンモノの精霊ではなく、エル姫の神紙で呼んだ召喚精霊だなんてわざわざ説明するつもりはない。グロスマンはタダの人間でありながら精霊の姿が見えた不可思議さをたっぷり悩めばいいのだ。
嘘がバレたグロスマンの狼狽を気にも留めず、デボネアは風を呼び、カマイタチを巻き起こす。ニセモノのドムドムの外殻はズタズタに切り裂かれ、ハリボテの身体がバラバラになる。厚さ数センチの鋼の外殻が床に散らばったあと、あらわれたのはふたりの人間。グロスマンに付き従い帝都から来た男たちだった。
「グロスマン……これはいったい、どういうことだ?」
ドワーフの族長、ゲルト・カスパーが落ち着いた声で尋ねる。強靭な精神力で無理やり怒りを抑えるさまは、怒鳴り散らすよりも迫力がある。
「いえ、その、これは……」
グロスマンがいいわけをはじめようとする。
が、耳を傾ける者はもはやいなかった。
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