第八十七話:フリーター、復活する
今回はコメディらしからぬ箇所もございますが、基本はコメディタッチな作品ですのでご安心ください。
本作をお読みいただいているすべての方に、幸運が訪れますよーに!
ゴツゴツとした岩だらけの荒涼とした世界。
大きな川のほとりの船着場。
俺は黄泉の国に行くのをキッパリ拒絶する。てか、ホントは俺じゃなくて、俺のなかにいる守護龍ヴァスケルの魂が言ったんだけどね。
「リューキさん? ど、ど、どうされたのですか?」
地竜デュカキスが困惑気味に言う。彼が驚いたのは、俺の声が女性の声に変わったからか? 俺が舟に乗るのを嫌がったからか? きっと両方だろうな。
「あん!? 何度も言わせるんじゃないよ! あたいはリューキを死なせないって言ってるんだよ! リューキ、あんただって死にたくないだろ?」
「もちろんだよ。ヴァスケルの言う通りさ」
ヴァスケルの問いを、俺は素直に肯定する。いつもの展開だ。
「その声、話し方……もしや守護龍のヴァスケル様ではございませんか?」
オーク族の渡し守が言う。筋肉マッチョな身体付きからは想像できない、か細い声になっている。
「あん!? 誰かと思えばザンギエフじゃないか! 久しぶりだねえ、元気だったかい?」
「ヴァスケル様……元気も何も、オレは死んでますから」
オーク族の渡し守のザンギエフが答える。泣き笑いの表情。
「おっと、そうだったねえ。ところで、グスタフはあんたの後を継いで立派に守備隊長をしてるよ。オルフェスって名前の息子も生まれたのさ。あたいも一度会ったけど、カワイイ坊やだったねえ!」
「なんですと! オレに孫ができたですとぉ!!」
守護龍ヴァスケルとオーク族のザンギエフが世間話をはじめる。俺はすっかり置いてきぼりになる。久方ぶりに再会したふたりの会話はドンドン盛り上がる。積もる話はキリがなさそう。
楽しそうなところを申し訳ないと思いつつ、俺は間に割って入ることにした。
「ヴァスケル。そろそろ話を進めたいんだけど」
「あん!? リューキはせっかちだねえ。そうそう、紹介するよ。この男はザンギエフ。守備隊長のグスタフのオヤジさんで、オルフェス坊やのジイさんさ」
「うん。ふたりの話を聞いてて、なんとなく理解できたよ」
「死にかけててもリューキは察しがイイね。説明の手間が省けて助かるよ!」
ヴァスケルが嬉しそうに答える。俺の守護龍は、あの世との境目でも自分のペースを崩さない。ホント、頼もしい。いや、逞しいな。
「ザンギエフ。それで、あんたはリューキを黄泉の国に連れてくつもりかい? リューキはワーグナーの領主なんだよ! そんでもって、第一夫人はあんたが赤ん坊のころから知ってるジーナで、第二夫人はヤンセン家の女騎士のエリカ嬢ちゃん、第三夫人はランベルト卿が余所で作った孫娘のエルメンルートって姫さんさ。ちなみに、あたいは愛人だよ!」
「うおっ!? なんですか、その複雑な関係は?」
ザンギエフが大きな声を上げる。
まあ、彼が驚くのは無理もないよね。当人の俺だっていまだにピンと来てないからね。はは。
「……ザンギエフさん。俺はあの世に行くわけにはいきません。俺の帰りを待っている仲間が……家族がたくさんいるんです!」
「兄ちゃん、いや、領主リューキ殿! いまのオレは黄泉の国への案内人だ。気持ちは分かるが、オレの一存でどうこうできるものでは……」
ザンギエフが頭を抱える。悩んでいる顔も普通に怖い。さすがはグスタフ隊長の親父さんだね。いや、そんなことに感心している場合ではないな。
「あのー、少々お尋ねしたいのですが」
おそるおそるといった感じで、地竜デュカキスが声をかけてくる。
「デュカキスさん。いま大事な話をしてて……」
「僕も大事な話があるんです! リューキさんの、いえ、リューキさんの身体を借りて話をされているヴァスケル様とは、古龍ヴァスケル様ですか?」
「あん!? 小っこい地竜は、あたいを知ってるのかい?」
「知ってるも何も、『変異龍デュカキス』を倒して僕たちを解放してくださったのは、勇者ランベルト様と古龍のヴァスケル様ではないですか!! まさかこのような形で再会できるとは……リューキさんの身体に秘められていたのがヴァスケル様の龍の魂だとは思いもしませんでした」
デュカキスが感極まったように言う。
「懐かしい話だねえ。ランベルトと一緒に妙ちくりんな地竜を退治したのは、三百年くらい前になるかねえ……そうかい、あの変異龍は、あんたたちだったのかい」
俺の口を使って、守護龍ヴァスケルがしみじみと言う。なるほど、そんなことがあったんだね! けど、チョット気になる話でもある。
「ヴァスケル、ひとつ教えてくれ。ランベルトさんってのは、ジーナの爺さんで『放浪卿』の異名を持つランベルト卿のことだよな。エル姫の爺さんでもあるよな。で、そのランベルト卿と勇者ランベルトは同一人物なのか?」
「勇者ランベルトねえ……確かにアイツは英雄指向の強い男だったから、どこかでそう呼ばれててもおかしくないかもね」
どこかで英雄と呼ばれているどころではない。俺の親父が書いたファンタジー小説の中で英雄扱いされているのだ。どうしてそうなった?
「まったく……ランベルトはどこでなにをしてるものやら」
え? いま、なんて?
「俺の聞き間違いかな? ランベルト卿が生きてるみたいに聞こえたけど?」
「はあ!? リューキはなに当たり前のこと聞くのさ。ランベルトは生きてるに決まってるだろ? あの男は五百歳にもなっていないよ、まだまだ元気なはずさ! ザンギエフ、あんたは黄泉の国への渡し守だから知ってるんだろ? ランベルトはまだ生きてるんだろ?」
「ぬっ!? 立場上、オレは言えませぬ」
「はあ!? なんだって?」
「いえ……ご存命です。ランベルト様は、まだ黄泉の国に来ておりませぬ」
ヴァスケルの迫力に負けたザンギエフが、あっさり白状する。うむ。さすがは俺の守護龍だな。
そんな、俺たちの話を聞いていた地竜たちがザワザワと騒ぎだす。しばし話し合いをしたのち、仲間を代表するようにしてデュカキスが一歩前に出てくる。
「いまこそ恩返しをする時だ。舟を壊せば黄泉の世界への道は閉ざされる。俺たちの力で、リューキさんを蘇らせてさしあげよう!」
「な!? 止めてくれ! そんなことしたら、オレは黄泉の国の冥主様に叱られちまう!」
地竜たちが舟に迫るのをザンギエフが防ごうとする。
「はあ!? ザンギエフは小っちゃい男になっちまったねえ。がっかりだよ! リューキが死んじまったら、ジーナやエリカが悲しむんだよ。あんたの息子のグスタフや孫のオルフェスもね……当然、あたいもだけどさ。あんたはそれでもイイってのかい!!」
「うおっ……分かりました。このザンギエフ、ワーグナー家のために最後のご奉公をいたします! ええい! 地竜の方々、手出しは無用に願います! 罰を受けるのはオレひとりでいい! ここは任せてくだされ!! うおっ、ふんぬぬぬぬーーーっ!!!」
ザンギエフが足元に転がる大きな石をつかむ。墓石にでも使われそうな角ばった石は、百キロは軽く超えていそう。ザンギエフは重い石を頭の上まで持ち上げ、「どりゃー」と掛け声とともに舟に向かって投げ飛ばす。
大きな石は、バギッと鈍い音とともに船底に穴を開け。細長い舟はジャブジャブと水が染み込む音とともに川の中に沈んでいく。
「ザンギエフ! あたい、あんたを見なおしたよ!!」
「ははは。ヴァスケル様。これにてお別れです。ジーナ様をはじめ、ワーグナー家の行く末をお頼みいたします。愚息のグスタフや孫のオルフェスたち、オーク族のこともよろしくお願いいたします」
「あたいに任せておきな!」
「領主リューキ殿! リューキ殿とは少ししか話はできませなんだが、どうか、どうか、ワーグナー家の皆様のことを……」
ザンギエフの話の途中で視界がぼやけてくる。オーク族の厳つい顔は、荒涼とした風景と一緒に捻じれていく。キラキラ輝く光が俺のまわりに集まり、意識がギュンと空高く舞い上がる。
「なんじゃこりゃあ!?」
俺は叫ぶ。誰からも返事はない。頭のなかに、幼いころの記憶が流れはじめる。死ぬ間際に見る走馬灯ってやつか。
……売れない小説を書く親父の背中。記憶にない母の墓参り。遠足のお弁当はコンビニのおにぎり。キラキラネームを友だちにからかわれる毎日。親父の突然の死。見知らぬ遠い親戚に引き取られた日。優しかった近所のお姉さんとのお別れ。高校卒業とともに親戚の家を追い出され、職と住まいを転々とする生活。報われない努力。クビにされること数え切れず。それでも俺のことを認めてくれるヒトもいた。ありがとう。翻弄されてばかりの人生だけど、俺なりに頑張った。俺、立ち直るのだけは早いからね。ハラが立つのは一瞬だけさ。大丈夫。いまの俺には気の良い仲間が、仲間みたいな家族がたくさんいるから。みんなスゴいんだぜ。俺なんかたいしたことできないけどさ。でも、俺もちょっとはみんなの役に立ちたいな。だから……
「リューキ! しっかりするのじゃ! 死んだらだめなのじゃ!!」
気づくと、エル姫に首をガックンガックン揺さぶられていた。むち打ちにでもなりそう。どうやら、地竜との死闘に勝利したあと、俺は意識を失っていたようだ。
なんだ……地竜のデュカキスやオーク族のザンギエフ、守護龍ヴァスケルの魂との邂逅は夢だったのか……
「もう大丈夫だから、そんなに激しく揺さぶらないでくれよ」
現実にかえった俺は、エル姫にそう答えて、立ち上がろうとする。
「リューキはん、起きたらアカン! 腹から血が……出とらんのか?」
風の精霊デボネアに声をかけられた俺は、自分のお腹を見た。
ジーナからもらったシャツはボロボロ。人間界では銃撃すら跳ね返した貴族風の衣装は、リサイクルショップでタダでも引き取りを拒否されそうなくらいの有様。けれど、俺のお腹はまったくの無傷だ。
「リューキよ、どうなっておるのじゃ? ついさっきまで大ケガしておったのに?」
エル姫が不思議がる。
俺はなにも答えられない。
どうやら、俺は単に夢を見ていただけではなさそうだ。
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