第九話:ジーナさん、交渉する
「リューキ殿、突撃するのが早すぎる。仕方ねえ、野郎ども! オレたちも行くぜ! リューキ殿を死なせるな!!」
転げ落ちるように急斜面を駆け下りる俺だったが、オーク・キングのグスタフ隊長と女騎士エリカ・ヤンセンに、たちまち追い抜かれる。山に慣れたはずのオーク兵が次々と転倒するなか、俺は無傷で崖下にたどり着く。ちょっとした奇跡。
狭い隘路は大混乱。戦意を喪失したゴブリン兵が次々投降してくる。
果敢に抵抗を試みる敵兵も少しはいたが、女騎士エリカの大剣の餌食になるだけだった。めちゃ強え!!
混乱のなか、敵の大将を見つける。ホブゴブリンのムタ・ダゴダネルは虫の息。
俺たちが駆けつけるのが少しでも遅れたら、潰走するゴブリン兵に踏みつぶされて生命を落としていただろう。
敵将とはいえ、生命あれば身代金六万Gの価値がある相手だ。生きててくれて、ありがとう!
「我が領主、お見事です。リューキ殿の放った石は、敵将ムタ・ダゴダネルの肩の骨を砕きました。あまりの衝撃にムタは気を失ったようです」
女騎士エリカが大剣の鞘で骨折箇所をゴリゴリつつきながら説明してくれる。見てるだけで痛そう。失神していなかったら、ムタは悲鳴をあげていただろう。敵将ながら同情する。
オーク・キングのグスタフ隊長は戦場すべてに聞こえるように「ダゴダネルの大将ムタ・ダゴダネルを生け捕った! ワーグナーの勝利だ!」と大音量で咆える。
グスタフ隊長は敵将の装備をはぎとり、伝令兵に兜、小手、剣、すね当てなどを物証代わりに持たせて、投降を促す使者として送り出す。実に手際が良い。
女騎士エリカも気を抜かない。オーク兵に指示を出し、俺と生け捕った敵将ムタを中心に円陣を組ませ、敵の反撃に備える。
陣形を整えた俺たちはワーグナー城に向かって退却をはじめる。山道を急ぎ、三時間ほどで敵が本陣を構えていたブリューネ村に着く。
ブリューネ村は五百もの敵兵が詰めていたとはとても思えない寒村。山すそに点在する家屋は無事だが、食糧を備蓄していた倉庫は黒コゲだった。戦とはいえ、村の貴重な資産が焼けてしまった。俺は思わず申し訳ない気持ちになる。
小休止ののち、ブリューネ村を出る。捕虜を奪還しようという敵の動きはなく、俺たちは半日余りでワーグナー城にたどり着く。
城を守る四番隊の歓声を聞き、俺はようやく安堵した。
◇◇◇
「さすがはドラゴン・ライダー、リューキさま! ワーグナー家が戦争に勝つなんて、何年ぶりかしらね」
ワーグナー城の大広間。
ジーナ・ワーグナーの言葉に、守備隊長のグスタフが固まる。
元領主とはいえ、あまりにも配慮に欠けた言い方。ただ、そこはジーナのこと。まったく悪気はなさそう。それでも、グスタフ隊長を不憫に思った俺は、ジーナの頭をぽかりと叩く。
「リューキさまっ! ヒドい! わたしが何したっていうの!?」
「何したっていうか、逆にジーナは何もしてないだろ? グスタフ隊長は懸命に戦った。ジーナはそんなグスタフ隊長を悪く言った。だからお仕置きしたんだ」
たいして痛くないはずなのにジーナは眼に涙を浮かべ、仔犬のようにきゃんきゃん喚く。大袈裟だな。
俺は、やれやれとばかりに女騎士のエリカ・ヤンセンに目を向ける。
「我が領主、ジーナ様にも活躍の機会を与えてみてはいかがでしょうか?」
「活躍の場? ジーナは何ができるんだ?」
「ひどーい。わたしは元領主よ! 何でもできるわ!」
子どものように頬をふくらませるジーナを、女騎士エリカがなだめる。同時に、俺に向かってフォローを入れてくる。
「我が領主。ジーナ様は戦などの荒事は苦手ですが、交渉の類は得意です。先代の第五十二代ワーグナー卿は常々感心しておられました。『ジーナに頼まれたら何でも買い与えてしまう』と嘆いてもおられました」
「先代の話って、単なる親バカなんじゃ……」
「マ、我が領主。申し訳ございません、例え話が適切ではありませんでした。ですが、世の中には古い血筋が有利に働くことも多く、外交などはその最たるものです。お叱りを覚悟で申し上げますが、外交交渉はリューキ殿が直接なされるよりも、ジーナ様を前面に出される方が良いかもしれません」
ジーナを擁護する女騎士エリカの必死さが伝わってくる。ともあれ、エリカのアイデアはまんざら悪くはない。妙案とも思える。
俺はこの世界の情勢を知らない。格式ばった儀礼どころか一般常識すら分からない。少々浮ついたところはあるが、ジーナは俺より百倍マシだろう。
「エリカの助言どおり、ジーナには外交を担当してもらうか。まずは……」
「我が領主、ダゴダネルとの停戦交渉ですね。捕虜にした敵将ムタ・ダゴダネルの身代金要求と併せて大きな仕事となります」
「ふむ。ジーナ、頼みがある。ダゴダネルとの外交交渉を頼めるか?」
「はーい。任せてー」
ジーナの軽すぎる返答を聞いた瞬間、不安になる。
俺が頼んだのは子供のおつかいではない。俺の生命にかかわる大事な交渉だ。思わず前言撤回したくなる。
「リューキさま。交渉の落としどころは『即時停戦』『三年を期限とする不可侵協定』『捕虜返還の対価として六万G』ってところで、どうかしら?」
「へっ? ああ。エリカとグスタフ隊長はジーナの提案をどう思う?」
「我が領主。妥当なところかと」「リューキ殿、オレもそう思うぜ」
俺以外が妥当だと考えるなら否はない。最低限、身代金六万Gが得られればいい。てか、ジーナってホントは頭の回転がはやいのか? 貴族なだけに英才教育でも受けてたのか? 見くびっていて、スマンかった。
「城代ジーナ・ワーグナー。その三条件を最低ラインとして交渉を始めてくれ。どうしても折り合いがつかないときは、俺も交渉に参加する。頼んだぞ」
「はーい。分かりました」
外交交渉は元領主のジーナ・ワーグナー。
城の防備はオーク・キングのグスタフ隊長。
俺の護衛及び各所との調整役は女騎士のエリカ・ヤンセン。
なんとなく役割が決まってくる。
俺は領主らしくどっしり構えて、報告があがってくるのを待つことにした。
◇◇◇
「リューキ殿、領内に侵入していたダゴダネルの兵はすべて追い払いました。避難していた住民は帰還し、元の平穏な生活を取り戻しつつあります」
「グスタフ隊長、報告ありがとう。引き続き、領内巡回や国境警備を頼む」
「我が領主。焼失したブリューネ村の食糧保存庫の再建を命じられては? 先日、ずいぶんと気にされている様子でしたが」
「エリカの言う通りだな。グスタフ隊長、各隊の状況はどうなってる? 手が空いてるオーク兵がいれば手伝ってもらいたい」
「四番隊は余裕があります。十名ほど回しましょう」
「ああ、頼む」
ダゴダネルとの戦闘が一段落して十日余り。俺は、城の大広間で女騎士エリカとグスタフ隊長と毎日顔をあわせていた。
しかし、一番心待ちにしているジーナ・ワーグナーからの報告はなかった。もちろんダゴダネルとの外交交渉の進捗。いや、はっきり言おう。捕虜返還の対価、六万Gがいつ手に入るのかが気になってしょうがないのだ。
外交担当のジーナは「交渉は順調です!」としか教えてくれない。何度尋ねても「内緒!」と言われてしまう。いじわるさんだ。
そんなこんなで、ローンの支払期日の前日となってしまった。
金庫に残るのは二千Gほど。
ローンの支払いは一万G。
明日までに全額払えなければ俺の生命が尽きてしまう。
畜生!
我慢の限界に達した俺は、ジーナが外交交渉に使っている会議室に向かう。黒塗りの分厚い扉をノックしかけたとき、部屋のなかから男たちが出てきた。
男たち五人はダゴダネルの外交官。どの顔も疲れ果てている。俺の存在に気づきもしない。
朦朧とした表情の男たちを見送り、会議室に入る。室内はジーナと事務処理を手伝うオークの下僕のふたりだけだった。
「リューキさま。交渉が終わりました。満足していただけると思いますよ!」
「終わった? で、どうなった? 教えてくれ!」
「はーい。交渉結果は……」
1.ワーグナー家とダゴダネル家は即時停戦する。
2.ワーグナー家とダゴダネル家は三年間の停戦協定を結ぶ。
3.ダゴダネル家はムタ・ダゴダネルの身柄と引き換えに十五万Gを即時支払う。
4.ダゴダネル家はワーグナー家にローグ山一帯の領地を割譲する。
なお、割譲する領地内の住民及びその財産も含む。
5.ダゴダネル家は当主の娘を人質としてワーグナー家に預ける。
十五万G? 領地割譲? 人質?
おいおい、ジーナはいったいどんな話をしたんだよ?
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
最近思うのですが、サブタイトルって結構難しいですね。
次話も楽しんで頂けるよう頑張ります。
>誤字修正しました。