表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/108

第八十五話:フリーター、地竜と相打つ

 ローグ山の内部、洞窟深部。

 小さな村が丸ごと入りそうな空洞。


「嫌じゃ嫌じゃ! 死にたくないのじゃぁあああーーっ!!」


 エル姫が絶叫する。

 俺の第三夫人を自任する異国のお姫様は、無限ランプを振りまわしながら懸命に逃げる。


「グギャオォォオオオーーーッ!!!」

 

 地竜が咆哮する。

 無限ランプの強烈な光を嫌がる地竜は、顔をそらし目を半分つぶったまま、どすどすとエル姫に迫る。


 地竜の背後。

 風の精霊(シルフ)デボネアの助けを借りて空を飛ぶ俺は、神器「畜生剣(ガッデム・ソード)」を構え、地竜の弱点である首の後ろに狙いを定める。


「エル! 近くの枝道に逃げ込め!」


 俺はエル姫に向かって叫ぶ。

 直後、高速飛行で地竜を追い抜きざま「畜生(ガッデム)」の決めゼリフとともに剣を振る。


 ガギンッ! 


 鈍い音が響き、畜生剣(ガッデム・ソード)の一撃が(はじ)かれる。手ごたえは(かんば)しくない。地竜の全身を覆う亀の甲羅のような(うろこ)は、岩石とは硬度が段違いだった。


<むおっ! 領主(ロード)リューキ殿! 全然タイミングがあってませんぞ!>


<わかってる! けど、実際にやってみると難しくって……>


 思わずため息をつく。

 地竜の頭から背中、尻尾にかけて、ゴツゴツと角ばった突起(とっき)が並んでいる。ただし、地竜の最大の弱点である突起の隙間は数センチ程度しかない。高速で飛行し、すれ違いざまに斬りつけるのは至難の(わざ)だ。


「リューキはん。頑張りやー! けど、エル姫はんが枝道の奥に隠れたら、洞窟のなかは暗くなってまったな。リューキはん、地竜があんま見えへんとちゃうか?」


「そうだけどさ、あんなに怖がってるエルに枝道から出て来いなんて言えないよ」


 地竜に追いかけられたエル姫は、狭い枝道に逃げ込んだ。結果、無限ランプの光は枝道から(わず)かに漏れ出るだけで、洞窟内はほぼ暗闇となってしまった。

 デボネアとドムドム……もとい、畜生剣(ガッデム・ソード)は、少しの光量でも問題ないようだが、俺はそうはいかない。精霊は、あらゆる能力がケタ違いに高いのだとあらためて思い知らされた。


 次の手を考えながら飛行を続けていると、徐々に目が慣れてくる。エル姫の無限ランプの光が強烈だったので気づかなかったが、洞窟内は完全な暗闇ではなかった。天井から壁まで、ボワッとした淡い光が一様(いちよう)に広がっていたのだ。

 幻想的な光景は「魔素蛍(まそぼたる)」という小さな虫が作り出したもの。まるで、人間界にいる「土ボタル」みたいだと俺は思った。


魔素蛍(まそぼたる)は魔素を吸収して光るんや。洞窟の中では、怪物(モンスター)の死骸もエサにするから、洞窟の掃除屋とも言われてるんやでー」


「デボネアは結構物知りだね」


「エル姫はんに聞いたんや。こないときに披露(ひろう)するとは思わんかったわー」


 風の精霊(シルフ)デボネアが答える。好奇心旺盛なデボネアは、つきあいの長いエル姫から魔界の情報をときどき聞いていたそうだ。


 そんな豆知識じみた話を聞き、俺はちょっとしたアイデアを思いついた。


「デボネア。風の力で魔素蛍(まそぼたる)を集められるか?」


「そないなこと簡単やけど、なにすんのや?」


魔素蛍(まそぼたる)を地竜にまとわりつかせたい。この虫は魔素をエサにして光るんだろ? 魔素を過剰摂取してる地竜は虫にとってご馳走みたいなモノだと思うんだ」


「そうかもしれへんけど。魔素蛍(まそぼたる)()っこくて弱っちい虫やで? 地竜は精々(せいぜい)くすぐったくなるくらいや」


「別に魔素蛍(まそぼたる)で地竜を倒せるとは思ってないよ。地竜の(うろこ)の隙間にでも潜り込んで光ってくれればいい。要は暗闇で目立てばいいんだ」


「はーん! そういうことか! よっしゃ、やったるでー!!」



 風の精霊(シルフ)デボネアが発生させた竜巻が、洞窟の天井をザラリとなでる。竜巻が通過した後の天井からは光が消え、代わりに竜巻が淡く白光する。次いで、竜巻はうねうねと揺れ、地竜に向かって魔素蛍(まそぼたる)を一気に吐き出した。


「ギャォオオオオオオオオオオーーーーーッ!」


 地竜が苦しげな叫び声をあげ、すぐに煌々(こうこう)と輝きはじめる。


「リューキはん。ホンマに上手くいきよったわ! 地竜は自分の身体をかきむしりまくっとるわ!」


「よし! あれだけ目立てばこっちも狙いやすい。ドムド……畜生剣(ガッデム・ソード)、行くぞ! お前の力を見せてくれ!!」


<むおおっ! ()っくき地竜めをやっつけますぞーっ!!!>


 地竜の後方にまわりこみ、高速飛行で一気に迫る。



「三」


「二」


「一」


畜生(ガッディイイーム)!!」



 俺は神器の剣を横殴りに振るう。


 ガゴンッ!!


 鈍い音とともに腕が(しび)れた。

 念を込めるタイミングはあっていた。太刀筋はドムドムが調整するので、剣の当たり所は悪くない。だが、地竜へのダメージは軽微だったようだ。


<リューキ殿! 『斬る』のではなく『突き』を試してくだされ! 我が刀身は、先端のみが不懐なるアダマンティン。突きの方が威力は格段に上がりますぞ! ただし、突きは地竜に真正面から当たることになりますので、ご注意くだされ!>


<分かった! やってみよう!!>


<むおおおおおーっ! 領主(ロード)リューキ殿は勇者なり! 危地に飛び込むことに迷いがござらん! 拙者、猛烈に感動しましたぞぉーーーっ!!>


 神器「畜生剣(ガッデム・ソード)」が腕のなかで振動する。もしかしたら土の精霊(グノーム)の戦士は男泣きしているのかもしれない。



 ふたたび、地竜の後方にまわりこむ。


 剣を両手で構え、真正面に向け、一気に加速する。



「三」


「二」


「一」


畜生(ガッディイイーム)!!」



 ザシュッ!


「グギャァアアアアアァアアアアーーーーーッ……」


 地竜が断末魔に近い叫び声をあげ、その場に崩れ落ちる。実際、俺は十分な手応えを感じた。


 だが……


「おお、ぐ……痛えよ」


「リューキはん! 大丈夫か!!」


 俺は地竜に致命傷を与えた。ただし、俺自身も無傷ではなかった。

 苦し紛れに頭を振った地竜の角が、俺の腹に当たったのだ。


 右の脇腹が焼けるように痛い。見ると服が大きく裂け、血が(にじ)んでいた。数多の戦場を無傷で切り抜け、人間界では銃弾すら跳ねかえしたジーナの衣装が破れていたのだ。


 地上に降りた俺のもとに、エル姫が駆けてくる。彼女は泣きながら俺の身体(からだ)を激しく揺さぶる。


「リューキよ! 死んだらいけないのじゃ! リューキが死んだら、わらわも生きておらぬのじゃ!!」


「変なこと言うな、俺は死なない! くっ、傷はともかく、アバラは折れたかも」


「アバラか!? ここじゃな!?」


「だから痛いって!!」


 パニック状態のエル姫が俺の身体(からだ)を乱暴に触りまくる。もう少し優しくしてほしいものだ。

 怪我の痛みに耐えながらエル姫をなだめようとすると、視界の(はし)に地竜がのそりと起き上がるのが見えた。


「な!? アイツ、まだ生きてるのか! くっ、トドメを刺さなきゃ!」


「リューキよ! もう良いのじゃ! いまのうちに逃げようぞ」


「……いや、地竜が回復してさらに魔素を吸収したら、とてつもなく危険な存在になる。それこそ『変異龍(イレギュラー)デュカキス』のように」


「ダメじゃ、ダメじゃ、嫌な予感がするのじゃ……」

  

 エル姫が首をぶんぶん振る。彼女が俺の身を心配してくれる気持ちはうれしい。


 けど……

   

「エル、これは領主(ロード)としての責務でもある。こんな危険な(やから)をワーグナー城の地下に飼っておくわけにはいかない」


「……わかったのじゃ。じゃが、わらわたちは一蓮托生(いちれんたくしょう)じゃ! 我が従姉妹(いとこ)のジーナ、女騎士(ナイト)のエリカ、守護龍(ドラゴン)ヴァスケルがおらぬいま、わらわが御主人さまを助けるのじゃ!」

 

 エル姫が無限ランプを高く掲げ、「やるのじゃー!」と叫びながら地竜に向かって駆けていく。


「エル! 無理するな! 俺に任せておけ!」


 俺は畜生剣(ガッデム・ソード)を構えなおし、風の精霊(シルフ)デボネアを呼ぶ。


「リューキはん。ホンマ、大丈夫か?」


「正直言うとめっちゃ痛い。けど、泣きごと言ってる場合じゃないからな。でもまあ、俺より地竜の方がフラフラだから、なんとかなるだろう。さっさと片付けて、ひと休みしよう」


「リューキはん。無理はアカンけど、油断も禁物(きんもつ)やで!」 


「ああ、分かってるよ。じゃあ、いくぞ!」


 俺は三度(みたび)宙に浮き、地竜の後方から高速飛行で迫る。



「三」


「二」


「一」


「ガッデ……!?」



 無限ランプのまぶしさを嫌ったのだろうか。俺がトドメの一撃を放とうとした瞬間、地竜は上体を大きく捻ってしまう。


 ガギンッ!!


 畜生剣(ガッデム・ソード)は急所の首の後ろではなく、アゴのあたりに刺さる。刀身の半ばあたりまで食い込んだ剣は、抜こうとしてもビクともしない。


<むおおおおーーーっ! 中途半端ですぞ! マズイですぞ! 早く地竜を仕留めてくだされ! 急ぐのですぞぉおーーっ!!!>


「わ、わかったぁ!!」


 俺は、剣を地竜の頭に押し込もうとする。

 対して、地竜の大きな腕が俺の身体(からだ)をつかみ、鋭い爪を立ててくる。


「ぐっ! うぐぐっ、負けるかぁああーーーッ! 畜生(ガッディイイーム)!!」


 力を振り絞って剣を押し出す。地竜につかまれた腹が焼けるように熱くなる。ボキボキと骨が砕ける音がする。嫌な音だ。剣を突き立てる手の感覚が薄れるが、懸命に剣を押し込む。目に力を失った地竜が崩れ落ちる。俺も一緒に地面に転がる。全身を強打したのに、不思議と痛みは感じない。



……なあ、みんな、俺はちゃんと領主(ロード)らしい仕事をしただろ? だから、ちょっとだけ休んで良いかな?……



 俺は意識を失った。

最後までお読み頂き、ありがとうございます!

ご意見、ご感想はお気軽にお送りくださいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ