第八十四話:フリーター、神器を命名する
ローグ山の内部、洞窟深部。
天井まで百メートルはある巨大な空洞内を、俺は飛び回る。
「デボネア、右に……」
言葉の途中で、俺は右旋回をはじめる。
「デボネア、ひだ……」
今度は「デ」のタイミングで左旋回。
「……」
ついには、何も指示しなくても、思い通りに空を飛べるようになる。
「デボネア。なんで俺の考えが分かるんだ?」
「うちら、完全に同調したんや。やっぱ相性がええんやな!」
俺の背中にくっつく風の精霊の姫君が嬉しそうに答える。まだ守護精霊になっていないのに、この状況はオドロキだ。悪いどころかイイことだから、全然ウェルカムだけどね。
<むっ、領主リューキ殿。拙者も試して下され!>
<わかった。で、なにしよう? 岩でも斬りつけてみるか?>
<むっ! それがよろしいでしょう! 洞窟の天井から大きな岩が突き出てております。その岩を斬り落としましょう!>
剣となったドムドムと、頭の中で会話する。
ドムドムの見た目は刃渡り一メートル弱の両刃の片手剣。この剣が、弱り顔のハニワと同じだとは誰も思わないだろう。俺が言うのもなんだが、世の中、なにが起きるか分からないものだね。
ドムドムが言った大きな岩の横に飛ぶ。不格好な逆さ円錐状の大岩はメッチャデカい。直径五メートルはありそうな。とてもではないが斬り落とせそうにない。
<さすがに大きすぎないか?>
<む! なにを言われる! 我らが力を合わせればできますぞ!>
<俺は体育の授業で剣道をやったくらいしか経験がない。剣の扱い方はよく知らないよ>
<むおっ? リューキ殿は口が多すぎますぞ! 四の五の言わずにやってみれば良いのですぞぉおおーーー!>
まさかのドムドムに説教される展開。仕方ない。剣を操りながらコツを覚えていこうか。
「ふんっ!」
俺はドムドムの剣を一閃する。剣は大岩の表面をわずかに削っただけで、あっさり弾かれてしまう。
<むむ! リューキ殿、全然だめですぞ!>
「畜生! ドムドムの剣よ! 岩を斬り裂けぇーっ!」
ザシュッ! ガキンッ!
ドムドムの剣は急加速し、大岩に四、五十センチほど食い込む。が、そこで止まってしまった。というか、一瞬、ドムドムの剣は勝手に動かなかったか?
<むむむ! いまのは、なかなか良かったですぞ!>
<なあ、剣が自動で動いた気がするけど、ドムドムが動かしたのか?>
<む、確かに太刀筋は拙者が調整しましたが、威力が増したのはリューキ殿の力の注入のお陰ですぞ!>
<え!? そうなの?>
どうやら俺は、意識を保ったまま創造力を剣に注ぎ込んでいたようだ。
てことは……イロイロ試してみよう!
「くそっ!」「こなくそっ!」「畜生!」「畜生!」
決してキレイとは言えない掛け声をかけながら、念を込めて岩を斬りつける。
「くそ」と「こなくそ」は岩の表面を傷つけただけ。
対して「畜生!」は五十センチほど、「畜生!」に至っては、一メートル以上も岩を抉った。
<むおっ! 良いですぞ! これならばイケますぞぉおおーーーっ!!>
頭の中にドムドムの声が響き渡る。結構やかましい。
「リューキはん。エエ感じやないか! これなら地竜に勝てるでー!」
「そうか! 勝てそうか!!」
「ホンマ、そう思うで! けど、剣の名前が『ドムドムの剣』じゃあ味気ないわ。リューキはん、ちゃんとした名前を付けたらええ!」
「名前?」
<むむ! 確かに! 仮初とはいえ、いまの拙者は『神器』でござる。神器の主と契約を結ぶには新しい名前が必要でござるぞ! さあ、戦士に相応しい名前をカモンでござる!!>
デボネアだけでなく、ドムドムも剣の名付けを勧めてくる。どうやら神器には、女騎士エリカ・ヤンセンが纏う鎧『鉄の処女』みたいに名前を付けるものらしい。とはいえ、武器の名前なんてまったく考えてなかったな。
竜殺しの剣……は、まだ地竜を倒す前だから気が早いか。
光の剣……では、ドムドムの剣は地味に黒いし、ちょっと違うな。
聖剣……じゃあ壮大すぎて、ドムドムのキャラクターに合わないな。
さてさて、どうしようか?
「リューキ! 助けてくれなのじゃあーー!!」
巨大空洞の下方より、エル姫の悲鳴が聞こえる。
「リューキはん! 地竜がエル姫はんに狙いを変えた! 助けに行くでー!!」
地竜はエル姫の無限ランプが苦手としていた。なので、彼女は大丈夫だとタカをくくっていた。だが、地竜は無限ランプの強烈な光から目をそらしながらエル姫を追いかけはじめていた。
「畜生! 剣の名前を考えてる場合じゃなかった!!!」
<むおっ! その名前はヒドすぎますぞ! あんまりでござる……>
なぜかドムドムが嘆く。だが、いまはエル姫を救出するのが先だ。土の精霊の戦士のグチは後で聞いてやろう。
「デボネア、地竜の背後から近づく! ドムドム、一撃離脱して地竜の注意を俺に向けさせるぞ!」
「わかったー! いっくでー!」
デボネアは即座に反応するが、ドムドムからは返事がない。
<ドムドム、どうした?>
<むっ、ぐう……いまの拙者はドムドムではございませぬ>
<ドムドムじゃない? 何言ってんだよ。地竜と戦うんだ、力を貸してくれよ!>
<む、拙者は神器『畜生剣』でござる。そうお呼び下され……>
なんと! ドタバタする間に、俺は「畜生剣」と名付けてしまっていた。
でもまあ、仕方ない。ドムドムには不幸な事故にでもあったと諦めてもらうしかない。そうとも。いま大事なのはエル姫を助けること。地竜を倒すことだ! 残念なネーミングじゃないんだ! なーんて感じに、俺は自分を納得させる。
<神器「畜生剣」よ! 俺に力を貸してくれ! ともに地竜を打ち倒そう!>
<むおっ! 領主リューキ殿は、もう吹っ切れているのでござるか!>
<そうだ! アクシデントがあったとはいえ、「畜生剣」なんて名付けをしてしまったのは悪かった。だがな、名前くらいでお前の強さは変わらない!>
<むおっ!? それはそうでござるが>
<俺の『リューキ』って名前は『竜』に『騎る』と書いて『竜騎』と書くんだ。幼いころは友だちにからかわれたものさ。けどな、いまでは『リューキ』って名前を誇りに思っている。名前のイメージなんて、自分の受け取り方次第だ!>
<むむ……不思議なことに、最初ほど嫌な気はしなくなりましたぞ!>
ドムドム改め「畜生剣」は前向きな気持ちとなったようだ。良かった。何でも言ってみるものだな。てか、ドムドムさん。ほんと、すんませんでした。
エル姫が泣き叫びながら逃げる。
エル姫の背後から、半分目をつぶったままの地竜が追いかける。
さらにその背後から、神器「畜生剣」を携えた俺が攻撃を仕掛けた。
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