第八十三話:土の精霊ドムドム、地竜に敗れる
ローグ山の内部、洞窟深部。
エル姫の無限ランプの強烈な照射を受けて、地竜が七転八倒する。隙をつき、俺とエル姫は枝道から脱出した。
「リューキはん、エル姫はん、こっちや!!」
ふたたび、俺たち全員で合流する。
「ドムドム! 地竜を倒す方法は何かないのか?」
「むむっ! 竜ならば何度も退治したことはありますが、これほど硬い皮に包まれた竜は見たことがございませぬぞ!」
「くっ、デボネアは? なにか知らないか?」
「うちもわからんわー。ていうか、あの地竜、頑丈なだけやのうて、気が触れとるようやな。下位とはいえ龍や。言葉を話せるはずやのに、唸り声しかあげへん。魔素中毒が進みすぎて凶暴化しとるんやろか?」
土の精霊ドムドムだけでなく、風の精霊デボネアも打開策はないらしい。なかなか厳しい状況だ。
「リューキはどうじゃ? 強い光が弱点とか、兵糧攻めとか、人間界出身にしては地竜の弱点に詳しいではないか。他に何か知らぬか?」
エル姫が俺に問いかけてくる。つまり、異世界のあらゆる知識に精通している彼女もアイデアがないということか。
「地竜の弱点は昔話を思い出しただけだよ」
「誰じゃ? 人間界にいたリューキに、誰がそんな話をするのじゃ?」
俺は誰から地竜の話を聞いたかを思い出そうとする。いや、記憶をたぐり寄せるもなにもない。俺にファンタジックな物語を話すヒトは、ひとりしかいない。
死んだ親父だ。
まったく、なんで親父は地竜の弱点を知っていたのやら……
「グギャオォォオオオーーーッ!!!」
地竜が吠える声が響く。明らかに怒っている声だ。ドスドスと足音を鳴らしながら、ケダモノが迫ってくる。
「むおっ! 拙者が地竜を足止め致すゆえ、領主リューキ殿とプリンセス・エルメンルート様は、一旦、ワーグナー城までお逃げ下され!」
「しゃーない。うちもドムドムに付き合うたろやないかー」
ドムドムとデボネアが宣言する。ただしそれは、地竜に敗れることを前提とした言葉だ。ふたりは精霊ーー不死の存在。それでも、自己犠牲を覚悟した申し出には涙が出てきそうだ。
けど、ここで逃げるってことは、ジーナを洞窟に放置するってことだ。そんなこと、とてもできない。かといって、このままでは俺ばかりかエル姫も危険に巻き込んでしまう。
なにか、なにか手立てはないだろうか……
……龍殺し列伝:勇者ハンベエが遭遇した地竜デュカキスは、古龍に匹敵する力を有していた。魔素中毒のみならず、同族食いを繰り返したデュカキスの肉体は歪に変化し、物理的攻撃を受けつけない強度となった。勇者ハンベエは、三日三晩死闘を繰り広げ、九百九十九本の剣を折った末にデュカキスを討ち倒した。変異龍デュカキスの身体で攻撃が通用したのは、頭から背中、尻尾まで並んだ突起の狭い隙間のみ。特に首の後ろ、第三頸椎と第四脛骨の間に相当する箇所は最大の弱点と言えよう……
「ドムドム! 首の後ろだ! 突起の隙間を狙うんだ!」
「むおっ! わかったでござる! 地竜よ! 尋常に勝負するでござるっ!!」
ドムドムが叫ぶ。
土の精霊の戦士の気合いに背中を押されたのか、エル姫が無限ランプを掲げて、一歩、二歩と前に進む。
無限ランプの強烈な灯りを受け、地竜が洞窟の枝道から数歩後じさりする。
「プリンセス・デボネア様! 地竜めを転がしてくだされーっ!!」
「うちに任せやー!」
デボネアは威勢良く返事をする。
風の精霊の姫君は地竜の周りを超高速で飛びまわる。
地竜がデボネアを叩き落そうとして、ゴツゴツとした腕をぶんぶんと振り回す。
デボネアはすべての攻撃を間一髪かわし続ける。
「やあああーーーーっ!!」
デボネアが風を巻き起こして、地竜を転倒させる。ドムドムが地竜の背後にまわりこみ、必殺のハンマーを万振りする。
「チェストぉおおおーーーーッ!!」
バァギィイイイィイーーンッ!!!
硬質な破砕音が洞窟内にこだまし、すぐさま静寂が訪れる。
無限ランプの灯りのもと。最初に立ち上がったのは、ドムドムではなく、地竜だった。
俺が見る限り、地竜にはほとんどダメージがなさそうに思えた。
「む、無念でござる……」
地竜を打ち倒すどころか、逆に右腕のハンマーが粉々になり、片腕となってしまったドムドムがよろよろと立ち上がる。ドムドムの渾身の攻撃は、またしても地竜に通用しなかったようだ。
「ギャォオオオオオオーーーッ!」
地竜が咆哮し、ドムドムを踏みつけようとする。
「ドムドムーーーっ!」
宙を舞う風の精霊デボネアが急降下し、ギリギリのタイミングで手負いの戦士を救出する。
「むおっ、面目ござらぬ……」
デボネアに吊り下げられたドムドムが、悔しそうにこぼす。
その痛々しい様に、俺は言葉が出ない。
「なに情けないこと言うてんねん! そんなんじゃあ、土の精霊イチの戦士の名が泣くでぇ!」
「むおっ……」
「それに、あんさんが情けないこと言いよると、エフィニア殿下はんがどう思うやろな? 水の精霊の女王様の説教はしつこくて面倒くさいでー!」
「むおおっ! それだけは勘弁してくだされ!!」
ドムドムを抱えたデボネアが、俺の目の前に着地する。
俺は早速ドムドムを回復させようとして……止めた。
「むっ? 領主リューキ殿? どうされた? 力の注入をお願いするでござる!」
「……ドムドム、いまのままでは地竜に勝てないよな?」
「むおっ! それは、そうかもしれませぬ……」
ドムドムはうつむき、沈黙してしまう。当然の反応だろう。けど、俺だって耳に痛いことを言いたいわけじゃない。だが、このままではジリ貧になるだけだ。
「ハンマーの代わりに剣で戦えないか? 硬くて厚い皮を持った地竜が相手だ。打撃より斬撃の方が有効だと思う。龍殺しの勇者ハンベエのようにね」
「むっ、勇者ハンベエとな? 聞いたことござらぬ。それはともかく、この仮初めの身体は単なる泥人形。領主リューキ殿のおかげで硬化したとはいえ、鋼程度の硬度が限界。あの地竜相手では、剣はハンマー以上に脆い武器にすぎないですぞ」
ドムドムが冷静に反論してくる。理屈は分かるが、いまのままでは地竜に勝てる見込みはない。不利な状況でも果敢に敵に挑むのは勇気ある行動だ。けれど、ハッキリ言って蛮勇だ。同じ無茶をするなら、少しでも上手くいく方法を選びたい。
「さっき拾ったドワーフの剣の欠片。あれなら地竜を傷つけられるか?」
「む……、おそらくできるでしょうな。拙者が見たところ、ドワーフの剣の素材はアダマンティン。ジーナ様が探しておられるオリカルクムほどではありませんが、「不懐」との呼び声も高い希少な金属ですからな。とはいえ、この欠片は武器として振るうにはあまりにも小さすぎますぞ」
「武器が小さければ、大きくすればいい。ドムドム、お前もドワーフの剣の欠片と一緒に剣になってくれないか?」
「むっ? どういう意味でござるか?」
「リューキよ。土の精霊のドムドムを神器扱いするつもりか?」
「さすがエル! よくわかったな! といっても、俺は剣の扱い方は分からない。ドムドム、俺に戦い方を教えてくれ!」
「むおおお! 拙者にまかせるのですぞ! リューキ殿を立派な戦士にしてみせますぞぉー!!」
意気消沈していたドムドムが歓声を上げる。てか、やる気が上がりすぎてる気もするな……ま、いいか。
「リューキはん! うちにもなにかやらせてーな!」
「当然デボネアにも手伝いを頼むよ! さっきドムドムを抱えて飛んだように俺の翼になってくれ!」
「うちに任せとき!!」
デボネアも喜びの声をあげる。
ドムドムと違いデボネアの方は、やることが明白だ。詳しい説明は不要だろう。
俺はドムドムの頭をなでながら念を込める。
……ドムドム、俺の剣となれ! アダマンティンの剣先を持つ剣となれ! 龍殺しを成し遂げる剣となれ!……
ボンヤリした意識が明瞭になる。
俺の右手には重量感のある両刃の片手剣。握り、鍔から剣身のほとんどは黒光りする鋼でできている。ただ、剣の先端のみが鈍い光を放つくすんだ灰色をしていた。
<むおっ! リューキ殿! なんとも不思議な感覚ですぞ!>
<ドムドム。窮屈な思いをさせてすまない。だが、力を合わせて地竜を倒そう!>
頭のなかでドムドムと会話する。
女騎士エリカ・ヤンセンが纏う神器の鎧『鉄の処女』と話しあったのと同じ感覚だ。
風の精霊デボネアが俺の背後に回り込み、俺の背中にしがみつく。「ほな、行くで」と声をかけてくる。俺が返事を返すまでもなく、俺の身体は宙に浮いた。
さあ、反撃開始だ。
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補足:少し加筆・修正しました。ストーリーは変わりません。




