第七十九話:フリーター、ドムドムを援護する
ワーグナー城の地下。
ローグ山内部の洞窟の奥深く。
俺たち『ジーナ捜索隊』の前に洞窟トロルがあらわれる。
洞窟トロルは、つり上がった眼、大きく裂けた口、尖った耳といった面構えで、いかにも凶悪な怪物といった感じ。獲物を見つけて興奮したのか、マッチョな怪物の浅黒い肌からは湯気が立ち昇って見えた。
「拙者にまかせるでごわす! 領主リューキ殿! プリンセス・エルメンルート様! 拙者から離れるのですぞ!」
土の精霊の戦士ドムドムが叫ぶ。
残念なハニワ顔の泥人形だが、言葉は力強くて頼もしい。
「なんや。うちは心配してくれへんのか」
「むおっ! そうではござらぬ。プリンセス・デボネア様も避難してくだされ!」
茶化すようなデボネアの言葉に、ドムドムが慌てる。
緊急事態というのに、デボネアはイイ性格をしているな。
土の精霊ドムドムを除く三人で鉱石を試掘した穴に潜りこむ。小柄なエル姫すらも屈まなければ入れない穴は、洞窟トロルが絶対に入って来られない安全地帯だ。
「がんばれ、ドムドム! 骨は、ちがう、土は拾ってやるからな!」
安全な場所に隠れた安心感から、俺はつい軽口をたたいてしまう。
「リューキはん。ヒドいこと言うなあ。あんさん、ほんまイイ性格してはるわ!」
デボネアが呆れたように言う。奇しくも俺がデボネアに抱いたのと同じ感想だ。言われてみればその通りかもしれない。これから戦いに臨むドムドムに失礼な発言だったかも……
「リューキよ、落ち込むでない! こりゃ、デボネアよ! 確かにリューキは口が悪いし、おかしな妄想癖もある。領主としても半人前じゃ。ここは、わらわに免じて許してやってくれなのじゃ!」
エル姫のフォローはフォローになっていない。むしろ傷口に塩をすり込まれた気がする。くっ、自分自身に畜生と叫びたい。
なーんてことを考えている間に、ドムドムと洞窟トロルの戦闘がはじまる。
「むむむむーっ! チェストぉーーッ!!」
ドムドムが右腕のハンマーを振り回し、洞窟トロルの向こう脛を打つ。
相当痛かったのか、マッチョな怪物が苦悶の表情を浮かべる。
「ガグォオオーーっ!!」と、雄たけびをあげながら洞窟トロルが反撃してくる。
丸太のような腕の大振りを、ドムドムはサッと避け……ない。
ボゴォっと音を立てながら、ドムドムの身体が横穴のなかに吹っ飛んでくる。
見ると、土でできた顔が半分崩れていた。ちょっとしたホラーだ。
「むうっ! ズシリと重みのある良い拳でしたぞ!」
土の精霊の戦士ドムドムが、なぜか感心する。
「いまのは避けられたんじゃないのか? 俺でもパンチがくるのがわかったぞ」
「むっ、領主リューキ殿。なにを言われるか! 洞窟トロルは、拙者の攻撃を受け止めましたぞ! であれば、こちらも避けずに受けるべきでしょう! 足を止めて真っ向から打ちあう。これぞ、漢と漢の勝負でござる!」
ドムドムが言い切る。
土の精霊の戦士なりに戦いの流儀があるようだが、俺はまったく共感できない。なんというか……精霊ってのは、もれなく残念要素を持っている存在なのか。
「むおーっ! やるでござる! 次は拙者の番でござるぞーッ!」
ドムドムは立ち上がり、ひしゃげた頭のまま勢いよく飛び出す。だが、ドゴォっと音とともに、横穴のなかに舞い戻ってくる。交互に殴りあうのは、ドムドムだけの一方的なルールだったようだ。まあ、そりゃそうだよね。
「むほぉおーっ!! 洞窟トロル、卑怯なり! 許しませんぞ! こうなったら全力で行きますぞーっ!」
顔が半分崩壊したハニワが憤る。
「ドムドム。先を急ぎたいから、さっさとやっつけてくれよ!」
「むおっ! 承知したでござる! と言いたいところですが、リューキ殿、まずは拙者に力を分けて下され!」
「創造力? エフィニア殿下みたいなことを言うんだな。殿下みたいに大きくなりすぎたら洞窟内で身動きできなくなるぞ」
俺が妄想力を、いや、創造力を分け与えた水の精霊の女王は、身の丈二十メートルにまで成長した。ドムドムが同じように大きくなったら、洞窟内で戦うどころではなくなる。しかも俺やエル姫は潰されそうだ。
「リューキよ、安心せい。過剰供給を起こしかけたら、わらわが止めてやろう。さあ、土の精霊ドムドムに創造力を注入するのじゃ」
なぜかエル姫が仕切る。でもまあ、ほかに妙案もないので、俺はドムドムの頭に土をこすりつけながら妄想を膨らませる。
……ドムドムのことを考えるのか。さて、どうしようか? てか、ドムドムの話しっぷりは戦士というより武士っぽいよな。それはともかく……
「プリンセスビーンタ!」
もはやツッコミようのない掛け声が聞こえる。
エル姫の張り手が俺の右頬をぶつ。続けて左も。往復ビンタだ。バッチンバッチーンと音が鳴り、チーン、チーン、チン……と洞窟内に反響する。
「リューキよ! もうやめるのじゃ!!」
「エル、痛ぇよ。なあ、力づくで俺を正気に戻すのは止めようよ。てか、俺、まだたいして創造力を膨らませてないけど……え? ええー?」
完全復活したドムドムが目の前に立っている。むしろ、ちょっと大きくなっている。見た目は二頭身の残念なハニワのままだが、俺よりも身長がある。二メートルくらいか。
「むむむむーっ! 気力体力充実ですぞ! 拙者、やりますぞーーっ!」
ドムドムは四つん這いになりながら横穴から出て、三度洞窟トロルと対峙する。
「グォオオーーっ!!」と叫びながら、洞窟トロルがドムドムを殴りつけてくる。
「無駄無駄無駄ですぞーっ!」
土の精霊の戦士がハンマーをぶんぶん振るう。
洞窟トロルの拳を弾きかえし、脛、腿、腰、腹、胸と打ち据え、トドメとばかりに頭を打つ。
「ギェェエエエエーーっ……」
断末魔とともに洞窟トロルが動かなくなる。
なんとまあ、ドムドムは本当に強かった。
「むほーっ! 身体が軽いですぞ! いまなら龍にも楽勝ですぞ!」
「ドムドム、頼もしいかぎりだよ。けどまあ、ヴァスケルならともかく、逃げ場のない洞窟で龍に会いたくないかな。じゃあ行こうか」
狭い横穴を抜け出し、俺たちは再び洞窟を進みはじめる。
ドムドムが倒した洞窟トロルが、ジーナの足跡の脇にあった大きな足跡の主本人であるかどうかは分からない。だが、洞窟内が安全でないことはハッキリした。
ジーナの無事を願って先を急ぎたい。
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