第七十七話:フリーター、土の精霊ドムドムを仲間に加える
ワーグナー城の東端。
嵐の後の惨憺たる庭園。
身長約二十メートルの大女王エフィニア殿下が泥をこねる。お菓子作りをするマダムのような手つきで拵えたのは真っ黒い泥人形。エフィニア殿下は、泥人形に精霊を憑依させて、ジーナ探索のお供にしてくれるらしい。
「ふうっ。我ながら上手くできましたわ!」
「殿下。スバらしい出来ばえです。俺、子どもの頃を思い出しました」
「リューキさんは芸術面の英才教育を受けられたのですか? さすがですわね」
「いえ、友だちと雪ダルマを作った思い出なんですけど」
俺の目の前にあるのは歪な球体がふたつ重なった泥ダルマ。身の丈は一メートルくらいで、ずんぐりむっくりしている。短い手足も付いていている。なんというか、ちっとも強そうに見えない。
「リューキさん。顔を描いてくださいませ」
エフィニア殿下が泥人形を仕上げるよう促してくる。
俺は木の枝を拾い、泥人形の顔を描く。けれど、己の芸術的センスの無さを再確認した結果になった。
「ユニークなお顔ですわね。リューキさんはタヌキがお好きなのかしら?」
「違います! 殿下、やり直させてください!」
泥人形の顔を描き直す。慌てて描きなおしたせいか、ハニワみたいになってしまう。しかも泣き出しそうなタレ目顔だ。もう一度描き直す。またもやハニワ。タレ目でへの字口の気弱そうなハニワだ。
むう……タヌキと弱り顔のハニワ。どっちが良いだろうか? まあ、どっちでもいいか。とりあえず、ハニワにしておこう。大事なのは見た目じゃない。ハートだ! 俺の美的センスの乏しさは本質的な問題ではない! 畜生!!
デッカいエフィニア殿下が泥人形に手をかざす。弱り顔のハニワがボワっと発光する。が、動く気配はない。「あら、おかしいわね?」てな感じに、エフィニア殿下が首をかしげる。
「殿下。どうされましたか?」
「ワタクシ、土の精霊を呼んだのですが、なぜか抵抗されてしまったのです。こんなにステキな身体を用意したのに」
エフィニア殿下が気合を入れる。「むんっ」とばかりに念を込めると、泥人形がぶるぶる震えだす。ついには「むむむーっ! ダメでござるー!」と叫びながら泥人形が動き出す。
「ドムドムさん。失礼ではありませんか! 水の精霊の女王であるワタクシの呼びかけを拒むなんて」
「むむ! 申しわけござらん! 拙者、泥人形の見た目が受入れ難く……」
殿下の叱責にハニワが焦りながら答える。
泣き出しそうな顔で狼狽える様はなんとも情けない。けれども、丸い胴体から伸びた短い手足のせいで、妙にコミカルに見える。
「ドムドムはタヌキ顔の方が良かったんか?」
「む、プリンセス・デボネア様もおられましたか! いえ、拙者はタヌキが好きなのではござらん! 拙者は戦士。この何ともいえない物悲しい顔つきが戦士らしくないと思ったまでです。タヌキだろうがキツネだろうが構いませぬが、勇ましい顔つきにしていただきたかった。といいますか、エフィニア殿下とプリンセス・デボネア様は精霊界のお姿のまま召喚されているではございませんか! なぜ私だけ泥人形への憑依召喚なのですか?」
「神紙を切らしてしもうた。許してくれなのじゃ!」
「む、もしや貴殿はプリンセス・エルメンルート様ではござらぬか?」
「わらわのことを知っておるのか?」
「無論! 貴殿は精霊界では有名なお方。神紙を使って精霊を召喚するなど、貴殿をおいて他にはござらん。できれば拙者も本来の姿で召喚していただきたかった。残念無念。次回召喚していただく際は……」
「ドムドム、あのさー!」
「む、プリンセス・デボネア様! なにかご用でござるか? デボネア様のお申し付けならば、たとえ火のなか水のなか、どこへなりとも……」
「あんさん、しゃべりすぎや! ちっとは静かにせんかー!」
「むおっ、あ、はい、申しわけないでござる……」
ハニワの、違う、召喚精霊の土の精霊ドムドムが黙る。見た目以上にションボリしたようにも思えた。それはともかく、精霊界も女性上位なのか? 人間界や魔界と同じだね。もはや全宇宙共通の法則だな。うむ、ドムドムとは仲良く助けあっていきたいものだね。はは。
「土の精霊ドムドム。俺はワーグナー城の領主リューキだ。お前の顔を描いたのは俺だ。上手く描けなくてすまなかった。けど、是非とも力を貸してほしい。ドワーフの地下洞窟に潜るのに、頼りになる仲間が必要なんだ」
「む!? 強くて格好良くて頼りになるステキな仲間が欲しいですと! 承知した! そこまで申すのならば顔の造作は水に流しましょう。貴殿に力を貸すでござるぞ!」
「……ありがとう。ドムドムは性格も良さそうで助かるよ」
◇◇◇
エフィニア殿下に見送られ、俺たちは中庭を後にする。
向かうのはジーナが消えた地下洞窟。洞窟の入り口は黒檀の塔の地下にあるという。普段は封印されている扉から入るのだそうだ。
黒檀の塔の地下階に降りる。ワーグナー棒こと、金の延べ棒がぎっしり納められた巨大な地下倉庫の奥に、重厚な扉がある。黒い金属製の扉には取っ手や鍵穴はなく、一見、黒い壁にしか見えない。
「わらわに任せるのじゃ! 我が従妹のジーナが扉を開けるのを見ておったから、大丈夫なのじゃ!」
エル姫が扉を押す。が、微動だにしない。 押してダメなら引いてみなって感じでもなさそう。
「エル。扉は開かないじゃないか。どうなってるんだ?」
「ジーナは簡単に開けてたのじゃ! なにかコツがあるハズなのじゃ!」
「エルはそのコツを知ってるんじゃないのかよ?」
「知らないのじゃ! 見ていて簡単そうだったから聞かなかったのじゃ!」
エル姫がポンコツぶりを披露する。
そうだ。コイツは肝心なときにヘマする奴だった。「亡国の微女」は健在なり。
「むむっ! 拙者の出番でござるな!」
「ドムドム。扉を開けられるのか?」
「無論! 拙者は土の精霊の戦士。こういうのは得意ですぞ!」
ドムドムが自信満々に言う。
うむ、嫌な予感がするな。
土でできたドムドムの右腕が巨大なハンマーに変化する。
うむうむ、嫌な予感は当たりそうだな。
「ドムドム! 待て! 無茶はするな!」
「むむむーっ!! チェストぉーーッ!!」
ドムドムがハンマーを振り下ろす。ガキンと凄まじい音ともに扉が砕け散る。
「あれ? 扉は頑丈そうに見えたのに案外脆かったのかな?」
「む、領主リューキ殿。なにを言われる。散らばった残骸を見ていただきたい」
俺は扉の欠片を拾う。めっちゃ硬い、むっちゃ重い。ていうか、この扉、厚さ十センチ以上あったんじゃないのか?
「ドムドム! お前、スゴイんだな」
「むむっ! これくらいたいしたことないですぞ! 我がハンマーは天下無双でござる!!」
土の精霊のドムドムが胸を張る。正確に描写すれば、二頭身の困り顔のハニワが高笑いしている。
なんということだ!
ドムドムは、コンセプトに失敗したご当地キャラクターのような見た目だが、本当に強そうじゃないか!
そうだよな。人間も精霊も顔じゃない。
ハートだ!
俺は自分自身の吐き出した言葉の意味を再度噛みしめた。
最後までお読みいただき、まことにありがとうございます。
昨日、めちゃくちゃ恥ずかしい誤字を見つけてしまいました。
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