第七十六話:フリーター、精霊を元気にする
ワーグナー城の東端。黒檀の塔周辺。
澄みきった青空と惨憺たる庭園は、まるで台風一過のような状況だ。いや、実際にデボネア台風とエフィニアハリケーンに襲われたからだ。畜生。
「それで、なんでデボネアとエフィニア殿下は小っちゃくなったんだ?」
「リューキはんの『創造力』がスゴイからや! ゴッツい力やと知っとったが、ここまでとは思わなんだ。うち、ヘロヘロやわ」
「ワタクシもです。これほど強大な創造力にお目にかかったことはございません」
創造力? 俺の妄想のことか?
確かにイラっときて悶々としたけど、そんなんで精霊はダメージを受けるのか?
「リューキよ。守護精霊となった精霊は、憑代の創造力を糧に活動するのじゃ。まだ守護精霊でないふたりはリューキの負の力にやられたようじゃがのう」
「妄想する力がスゴいって言われても、あまりうれしくないな」
エル姫の説明を理解しながらも釈然としない。
「リューキはん。うち、褒めてるんやで。頼むわ、うちを守護精霊にしてーな!」
「デボネアさん。お待ちなさい! ワタクシ、良いことを思いつきましたわ!」
エフィニア殿下がぴよんぴよん飛び跳ねながら言う。
元気ハツラツな女王様だ。上品そうなのは見た目だけかもしれない。
「イイ考えってなんや? うちを騙そうったって、そうはいかへんで!」
「風の精霊の姫ともあろう者が人聞きの悪いこと言うもんじゃありません! いいですか、リューキさんの創造力は強大です。魔人になればさらに増大します! それこそ、守護精霊がふたり憑いても問題ないくらいに」
「なんやてー!? た、確かに言われてみれば……よっしゃあ、うちが守護精霊第一号や! エフィニア殿下はんは二号でええな?」
「一号も二号もございませんわ。まあ、リューキさんがワタクシの方をお気に召すのは説明するまでもございませんが」
「はあ! ぬかしやがれー!!」
風が強く吹き始める。空に雨雲がもくもくと湧いてくる。
まったく……舌の根も乾かないうちに再戦されても困るってものだ。
「ふたりとも! 黙る。離れる。座る。いいね!!」
「むむ、わかった」「すいません、ワタクシとしたことが」
お人形サイズの真っ白いデボネアがちょこんと正座する。ふわふわとカールした髪が風に揺れている。精霊のお姫様を妖精じみた顔立ちの美少女って表現するのはおかしいかもしれないが、そんな感じだ。あごをクイッと上げながら話す仕草は、気の強さのあらわれか。
デボネアから一メートル離れて、ちっちゃなエフィニア殿下も正座する。精霊の女王様なだけあって気品のある顔立ち。水色がかった半透明な姿は幻想的ですらある。菩薩様のような柔らかい笑みは、どことなく和風な雰囲気を醸し出している。
女王様なんていうから緊張しちゃったりもしたけど、デボネアと子どもじみたケンカするのを見て身近な存在に思えてきたな。はは。
なーんて話は良いとして。
「守護精霊の話は後回しだ。結局、ジーナはどこ行ったんだ? エルは温泉に来ればジーナの居所が分かるみたいに言ってたけど、なにも分からないぞ!」
「ジーナさんは地下洞窟に行かれましたよ。ご存じありませんでしたか?」
エル姫の代わりに、エフィニア殿下があっさり答える。
なーんだ、そうだったのか。じゃあ、一件落着……ってわけにはいかない。
「地下洞窟?」
「そうなのじゃ、ジーナは『大事なもの』を作る材料を探しに、地下洞窟に潜ったのじゃ。リューキたちが人間界から戻る前に帰ってくると言って、お弁当も一日分しか持って行かなかったのじゃ。いまごろお腹を空かせておるのじゃ」
「逆に、地竜のお腹を満たしているかもねー!」
「デボネアさん。そういう悪い冗談をいうところがお子様なんですよ。分かっていらっしゃいませんわね」
デボネアのブラックジョークをエフィニア殿下がたしなめる。地竜がお腹を満たすってことは、ジーナが食べられちゃうって話だ。とんでもないことをサラっと言うデボネアにちょっと引く。
「地下洞窟はそんなに危険な場所なのか?」
「うちは嫌やなー。地下洞窟なんか、よー行かんわ」「ワタクシも同じです」
強力な力を持つ風の精霊の姫デボネアと水の精霊の女王様エフィニア殿下。そのふたりが足を踏み入れるのを躊躇するという。そんな危ない場所にジーナひとりで、なんてこった……
「ジーナはなにも心配ないと言っておったのじゃ! デボネアやエフィニア殿下の話とは違うのじゃ!!」
「エル姫はん、すまんすまん。地竜の話はちょっとした軽口や。地下洞窟を好かんのは相性の問題や! 空気が澱んどる地下は風の精霊泣かせの環境なんや!」
「エルさん。水の精霊も似たようなものです。ローグ山は温泉も出る活火山。湧き水のある場所は良いのですが、溶岩が流れている高温な場所も多いんです。ワタクシ、とてもではありませんが地下洞窟では力を発揮できませんわ」
「なんじゃ、そういうことか。ふたりとも人騒がせじゃのう!」
なるほどなるほど。精霊も万能じゃないんだね。
てか、あまり心臓に悪いことは言わないでほしいものだ。
「とりあえず状況は分かった。みんなに無理なお願いはできない。俺ひとりでジーナを探しに行ってくるよ」
「ダメなのじゃ! 誰よりも弱いリューキをひとりでは行かせられないのじゃ! わらわも行くのじゃ」
「マジか!? ありがとう!」
俺は素直に感謝を述べる。
なんだかんだ言っても、神器を操るエル姫は頼りになる存在だ。
「うちもいくわー。あんまり役に立たんかもしれんけど、リューキはんが死んだらうちが守護精霊になるどころか、リューキはんが霊になってしまうさかいなー」
「一緒に来てくれるのは嬉しいけど、デボネアの冗談は笑えないよ」
お人形サイズのデボネアの頭をなでながら、礼を言う。
風の精霊のお姫様はブラックな笑いがホントに好きらしい。
「ワタクシは行きません」
エフィニア殿下がキッパリと断言する。
「なあ、リューキはん。水の精霊の女王様なんて冷たいもんや。水やなくて、氷の精霊や。なんやかんやいって、助けてくれへん。ほな、うちら三人で行こか」
「デボネアよ。他人の話は最後まで聞いてやるのじゃ」
エル姫が風の精霊の姫デボネアをたしなめる。
それを待っていたかのようにエフィニア殿下が話を続ける。
「ワタクシは行きません。ですが、手伝わないとは言ってません。代わりの者を行かせます。皆さんが向かうのは地下洞窟。相性の良い精霊を付けてさしあげましょう……でも、その前に」
ちっちゃなエフィニア殿下が、てちてち歩く。なんかかわいい。俺の傍に立ち止まり、うるうるした瞳で見上げてくる。
「リューキさん。ワタクシに力を分けて下さいませ」
「力を分ける? 創造力ってやつをエフィニア殿下に与えるってことですか? どうやるんです? 頭でもなでればいいんですか?」
「それで結構でございます。ワタクシのことを想いながら、どうぞかわいがって下さいませ」
エフィニア殿下をひょいっと抱き上げ、頭をなでる。けど、水の精霊の女王様を想うもなにも、まだ知り合って間がない。うむ、大したことが思いつかない……
……ん? エフィニア殿下の髪ってサラサラだな。触ってて気持ちイイ。俺なんかとは髪質が違う。いいシャンプーを使ってるのかな? いや、精霊界にシャンプーなんかないか。つーか、そもそも女王様だ。髪がゴワゴワしてるわけないか。やっぱ、お付きの侍女とか侍従とかに世話してもらってるんだろうな。「爺! お茶をお持ち!」なーんて言ったりするのかな。いやいや、精霊はお茶どころか飯も食わないか。霞を食べるんだっけ? いやいやいや、それは仙人か。仙人と精霊って違うのかな? 違うんだろうな。けど……
「リューキさん! もう! もう結構です!!」
エフィニア殿下が懇願してくる。天から響くような声。そんなに必死に叫ばなくても良いのに。
ゆっくりと目をあける。視界を埋め尽くす半透明のケツがある。いや、仮にも女王様の臀部をケツ呼ばわりは不敬の極みか。いずれにしろ、俺の目の前に巨大なエフィニア殿下が背中を向けてどーんと鎮座していたのだ。
「リューキよ! ナニごともヤリすぎは良くないぞ!」
「待て待て! どーいうことだ!? 俺にはサッパリ分からん!」
「リューキさん! もう力はじゅうぶんですわ!!!」
エフィニア殿下が立ち上がる。身の丈、およそ二十メートル。黒檀の塔とほぼ同じ高さ。いやはや、壮観な眺めだ。
「リューキさん! ワタクシ、力がモリモリで鼻血が飛び出そうですわ!」
「へっ!? 精霊は鼻血が出るんですか?」
「出ませんわ! モノの例えですわ!」
巨大なエフィニア殿下が土を掘る。土団子をこねくり回し、泥人形を作りはじめる。泥遊びとは思えない優雅な手つき。
はて、水の精霊の大女王は何をはじめたのやら?
最後までお読みいただき、まことにありがとうございます。
分かりにくい箇所を修正しました。




