第七十一話:フリーター、帝国の役人を追い返す
姐さんヴァスケルを居室に残し、俺はワーグナー城の大広間に戻る。
帝国財務局の役人との面会には、エル姫とグスタフ隊長にも同席してもらう。結局、ジーナは姿を見せなかった。まったく、アイツは自由すぎるヤツだな!
役人はゾルゲという名前のヒト族の老人。歩くのも難儀そうな肥満体。他人を小ばかにした目つきから尊大な印象を受ける。随行するふたりの下僕も同様だ。
俺がワーグナーの新しい領主だと名乗っても、ゾルゲは碌に挨拶すら返さない。別にペコペコして欲しいわけではないが、俺はいちおう領主。エル姫やグスタフ隊長のみならず、警護のオーク兵も周りにいる。客人とはいえ、もう少し丁寧に応対してくれても良いと思う。
「おぬしがワーグナーの新しい領主か? 凡庸な顔つきだな。身体の造りも貧弱そのもの。およそ領主らしく見えぬな」
「……用件は金貨の件だと思ってましたが、俺を値踏みしに来たんですか?」
「なに!? ふざけたことを申すな!」
ゾルゲが顔を真っ赤にさせながら憤る。
ネチネチと言われたことをそのまんま返しただけなのに理不尽極まりない。言い返した俺も大人気ないけどね。
「まあ良いわ。おぬしの言うとおり、ワシが知りたいのは2929417-213の金貨の在り処だ。ひと月前に金貨保護の魔導信号が途絶えた。新米の領主といえど、おぬしも知っているであろう? 帝国通貨の金貨を無断で破損したら死罪なのを」
ゾルゲがサディスティックな笑みを浮かべる。
うん、絶対に仲良くなれない相手だな。
「なにかの間違いじゃないですか?」
「とぼけるつもりか? だったら2929417-213の金貨を見せてみろ!」
「仕方ないですね。おーい、守護龍ヴァスケル! 帝国財務局のゾルゲさんに金貨を取ってもらえ」
「な!? 龍だと?」
俺の合図を皮切りに、ズズっ、ズズズっと重いモノが引きずられる音が大広間に響きはじめる。
ゾルゲたちの背後。
大広間の入り口付近から、巨大な龍がゆっくりと近づいてくる。
迫り来る脅威に恐れをなしたのか、ゾルゲは「うひいっ」と悲鳴をあげる。ただし、それ以上は声が続かない。
「ヴァスケル! ゾルゲさんは金貨をご所望だ。鱗の隙間にはさまった金貨を取ってもらうといい」
「ワ、ワシ、ワシは、その……」
おろおろするゾルゲの目の前に守護龍ヴァスケルが身体を横たえる。
古龍を間近で見た老人は身動きできない。
「どうしました? 背中の鱗の隙間に金貨が引っかかっているのが見えますよね? さあ、ご自分で金貨を拾って確認してください」
「いや、その、まさか龍が出てくるなんて……」
大蛇に睨まれたウシ蛙のようにゾルゲは動かない。
ふたりの下僕も主人を助けようとしない。それではシモベ失格だな!
やれやれ仕方ないなって感じで、俺はヴァスケルの背中によじ登る。鱗の隙間に手を突っ込み、金貨を拾い上げようとする。俺が指を動かすたび、守護龍ヴァスケルの巨体がビクッビクッと震える。たぶんくすぐったいのだろう。
帝国財務局の役人ゾルゲは、ヴァスケルの巨体が揺れるたびに「フヒッフヒッ」と情けない声をあげる。間違いなくビビっているのだろう。
「はい、お探しの金貨です。どうぞ好きなだけ調べてください」
気を取り直したゾルゲが、奪い取るよう金貨をつかむ。帝国財務局の老役人はルーペを取り出し、金貨をじっくりと観察する。
十分後、ゾルゲは残念そうな顔をして金貨を返してきた。
「……間違いない。2929417-213の金貨だ」
「もうよろしいですか? 他に用がなければ、俺たちはヤルことがあるのでお引き取りを……」
「くっ、いい気になるなよ! 反逆領主のワーグナーめ! 今回は生命拾いしたようだが、賠償金の支払いが滞れば、おぬしらなんぞは……」
守護龍ヴァスケルの逞しい腕がにゅっと伸びる。ゾルゲの肥満体をつかみ、怒りに燃える目の高さまで持ち上げる。
憎まれ口を叩いていたゾルゲは言葉にならない悲鳴をあげる。
「あひぇー、あひぃいえーーー!」
「ヴァスケル! ゾルゲさんを運んでくれるのかい? けど、どうやら自分の足で歩いて帰りたいみたいだよ……また別のお役人様に来られても迷惑だ。このまま帰してやれ」
守護龍ヴァスケルは数瞬だけ逡巡する様子を見せだが、結局、老役人ゾルゲを床に下ろした。
ゾルゲたち三人の客人は転がるようにして大広間から出ていく。別れの挨拶はない。最初から最後まで礼儀がなっていない爺さんたちだった。動きは鈍臭いけど逃げ足だけは速かったな。
守護龍ヴァスケルの身体が白光する。擬人化した姐さんヴァスケルが姿を見せる。艶っぽい格好の姐さんは、モジモジしながらバツが悪そうな顔をする。
「リューキ、ごめんよー。あたい、ついカッとなっちゃってさ」
「気にするな。ゾルゲの態度には俺もハラが立ってたから、むしろスッキリしたよ。ヴァスケルにありがとうと言いたいくらいさ。それに、ローンさえキチンと払い続ければ帝国財務局だってそう無茶は言わないだろう。大丈夫だよ」
城のローンの支払先は帝国財務局。つまりワーグナー城の抵当権はプロイゼン帝国皇帝が所有している。
ジーナ・ワーグナーの父、ギルガルド・ワーグナー公爵は皇帝の跡目争いに敗れたマクシミリアン皇嗣の後見人だった。ギルガルド卿は、マクシミリアンの弟カールハインツが仕掛けた皇位簒奪の戦で生命を落とした。
戦後、ワーグナー家は領土の大半を召し上げられた。
莫大な賠償金も課せられた。
その支払期間、百十余年。
唯一残ったワーグナー城も賠償金の支払が滞れば取り上げられてしまう協定を締結させられた。
以来、百年余り。ワーグナー家の当主としてジーナは賠償金を払い続けた。賠償金の支払期間は残り十年。いまでは俺がワーグナー城の所有者だ。
「……重圧に耐えられなくなったジーナが城の所有権を手放したのには驚いたけどさ、新しい領主がリューキで良かったよ。あたい、ホンキでそう思ってるのさ」
「俺も最初はどうなるかと思ったけどな……てか、もし俺以外の人間界のヤツが領主になってたら、いまごろワーグナーはどうなってただろうな?」
「はあ!? リューキ以外のヤツが領主としてヤッていけたと思うかい? ムリに決まってるだろ! そんなヤツはさっさとおっ死んで、ジーナが領主に返り咲いてたさ!」
実にあっけらかんとした発言。
俺だって何度おっ死にかけたことか……
やはり人間界と魔界では常識の境界線が異なるようだね。
「ま、いいか。タラレバの話なんかしても仕方ない。じゃあ、みんなに土産をあげるよ。エルが希望した書物類は重いから黒檀の塔で渡すとして、ジーナのスイーツは……」
「ジーナは神器の書物に夢中なのじゃ! 土産は黒檀の塔で渡せば良いのじゃ!」
「じゃあそうするよ」
「わかったのじゃ! ジーナに伝えに行ってくるのじゃ!」
俺の返事を待たずにエル姫が大広間を出ていく。妙に慌ただしい気がするが、まあいいや。
「グスタフ隊長にはこれだ。コンビーフの缶詰だ。先月渡したとき気に入ったみたいだから箱ごと渡すよ。ひとり占めしないで部下にも分けてやってくれよな」
「コンビーフ!? また会えるとは! おお、神よ! 感謝いたします! 生きててよかった……」
グスタフ隊長が生き別れた家族と再会したかのように段ボール箱を抱きしめる。その目には光るモノがあった。涙だ。口の端にも光るモノがあった。ヨダレだ。まあ……グスタフ隊長は感動屋さんの食いしん坊ってことでいいか。
「リューキ。ちょっといいかい? いまのうちにヤッておきたいことがあるんだよね……」
姐さんヴァスケルが声をかけてくる。
ちょっと潤んだ熱っぽい視線に、俺はクラっときてしまう。
「じゃあ……あんたの部屋に行こうじゃないか!」
姐さんヴァスケルが優しく言う。
俺はヴァスケルに手を引かれて居室に向かう。
なんというか……イイ年して、俺はドキドキしてしまった。はは。
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