第七十話:フリーター、イタズラを考える
今回から新章に突入します。
よろしくお願いします。
ワーグナー城の大広間。
人間界から帰還した俺たちは、グスタフ隊長の出迎えを受けた。
「リューキ殿、ヴァスケル様。無事に帰還され安堵しました。行方知れずの金貨は見つかりましたかな?」
「もちろんだ。グスタフ隊長も留守番ご苦労さま。ところでジーナとエルは?」
「おふたりは黒檀の塔に籠っておられます。まったく、エルメンルート・ホラント姫様だけならともかく、ジーナ様まで、なんであんな薄気味悪い場所にいて平気なのやら……」
オーク・キングのグスタフ隊長の声がわずかに震える。髭もじゃの厳つい顔は強張ったように見えた。
「はあ!? あんたは仮にもワーグナー城の守備隊長だろ? 情けない顔するんじゃないよ!!」
「ヴァ、ヴァスケル様! いえ、その、オレは小さい頃、黒檀の塔の周りで幽霊に追いかけられたことがあって……」
「またその話かい! ワーグナー城に幽霊なんかいないって何回言ったら分かるんだい! 隊長ともあろう男がそんなに気が小っちゃくてどうすんのさ! リューキだってそう思うだろ?」
「うん、そうだね。けど、誰しもひとつやふたつは苦手なモノがあるよ。グスタフ隊長が勇敢なのはダゴダネルとの戦で十分わかってる。これからエル姫が黒檀の塔に住んで幽霊がいないのを証明してくれれば、グスタフ隊長だって怖がらなくなるさ」
「はあ……まったく、あんたは甘い男だねえ。グスタフ! リューキに免じて許してやるから、さっさとジーナと姫さんを呼んできな!!」
「はっ! 直ちに!!」
弾かれるようにグスタフ隊長が大広間から飛び出す。四百ものオーク兵を率いる守備隊長がパシリのように扱われるのを見て、少々気の毒な気がした。
姐さんヴァスケルは、オーク・キングの慌てふためく姿に目を向けることなく、お土産を満載したリヤカーを俺の居室に運び込もうとする。
「ヴァスケル? ファッション誌や化粧品は金庫室に置くんじゃないのか?」
「金庫室の扉は小さすぎて、リヤカーは通らないだろ? それに、あんたの部屋には大きな姿見があるからイイんだよね! これから擬人化してるときはあんたの部屋に泊めてもらうよ!」
当然とばかりにヴァスケルが言う。
別にいいけど、なにがあっても知らないぞ! なーんてね。はは。
俺の部屋は大広間に面した領主用の予備の居室。本来は会議などの合間に領主が休憩するための部屋だ。
メインの領主用の居室は別フロアにあり、今でも元領主のジーナ・ワーグナーに使ってもらっている。俺が領主になったからといって、女の子の部屋を取っちゃうのは気が引けるからね。
ちなみに予備の居室といっても、決して貧相な造りではない。部屋の大きさは二十メートル四方あり、十畳ほどの大きさの天蓋付きベッドが鎮座している。ふかふかのソファや執務用の重厚な机もある。三方の壁の扉はそれぞれが浴室、キッチン、ウォークインクローゼットに繋がっている。生活に支障がないどころか、俺の人生で一番贅沢な住まいだ。
ヴァスケルは奥行き五メートルほどのウォークインクローゼットに荷物を運ぶ。
「なんだい! クローゼットの中は空っぽじゃないか! しょうがない領主様だねえ、裁縫が得意なジーナにもっと衣装を作ってもらいな!」
「うん、そうしてもらうよ」
姉さん女房と従順な夫のような会話が続く。ポンポンと小気味良い言葉で世話を焼かれるのが快感になってきた。
「リューキ! 無事に帰ってきたのじゃな!」
エル姫ことエルメンルート・ホラント姫が姿を見せる。けれど一緒にいるはずのジーナ・ワーグナーの姿がない。
「エル、ただいま。ジーナは一緒じゃないのか? いくらジーナでも住み慣れた城で迷子にはならないだろうに、どこほっつき歩いてんだろうな」
「ま、ま、迷子なわけなかろう!? 我が従妹のジーナは黒檀の塔にいるのじゃ! わらわが持参した書物を読んでおるのじゃ! そんなことより客人が来ておるぞ。帝国財務局の役人じゃ。ネチネチとした話し方をする男でのう」
エル姫が顔をしかめるながら心底嫌そうに言う。
「役人はジーナが追い返したんじゃなかったのか?」
「また来たのじゃ。それどころか『領主と話をするまで帰らぬ』と言っておる。うっとうしいのじゃ」
「わかった、財務局の役人と会おう。大広間に来るよう伝えてくれ。ヴァスケル! おまえに頼みがある……」
俺はヴァスケルに耳打ちする。
ちょっと大人気ないイタズラの仕掛けを、彼女は嬉しそうに聞いてくれる。正直な話、ジーナの昔話を聞いてから、俺はプロイゼン帝国ってやつが好きではない。
さて、帝国財務局の役人ってのはどんな奴だろうな。
なんだか会うのが楽しみになって来たよ。ははは。




