第七話:フリーター、女騎士エリカに褒められる
「リューキ殿、エリカ殿。我らも準備をはじめましょう」
「なんの?」
「決まっておりましょう、ダゴダネル本隊への攻撃です」
グスタフ隊長とそんな会話を交わした翌日、俺たちは山の中にいた。
正確には薄暗い洞窟に隠れて出撃の機会をうかがっていた。
「二番隊より報告。敵斥候の待ち伏せ攻撃に成功。ゴブリン兵を三名倒しました」
「三番隊より報告。敵輜重隊の襲撃成功。大量の食糧を奪取しました」
「ワーグナー城の四番隊より報告。不用意に城に近づいてきた敵兵を弓矢、投石で追い払いました。敵の死傷者多数、味方に損害なし」
「二番隊より新たな報告。警備の手薄な武器庫を焼打ちし……」
守備隊の隊長、オーク・キングのグスタフのもとに次々と伝令が到着する。たった一日で驚くほどの戦果だ。
伝令の報告にいちいち驚く俺に対し、グスタフ隊長ばかりか女騎士エリカ・ヤンセンも顔色一つ変えない。
「我が領主、まだ緒戦です。落ち着いてください」
「女騎士エリカよ。なんといってもリューキ殿は初陣だ。興奮するなって方が無理ってもんだぜ!」
俺は女騎士エリカには興奮をたしなめられ、グスタフ隊長からは妙に理解ある言葉をかけられる。
平和な日本で育った俺だ。当然、戦場に出るのは初めてだ。つけ加えるなら領主になってまだ二日。平常心でいられるはずがない。
まるで夢を、それもとびきりの悪夢を見ているようだ。
「領主リューキ殿。せっかく最前線まで出張ってるんだ、なんでも聞いてくれ」
「では、ひとつ教えてほしい。三番隊が奪った食糧はどうするんだ?」
「メシは各部隊に分配して、余りは捨てる。奪い返されるよりはマシだからな」
「捨てるくらいなら避難民に分けてくれないか。グスタフ隊長なら、民衆が飢えないよう配慮してくれてるだろうが、将来のことは分からない」
「なんだよ。オレらが戦に負けるとでもいうのか?」
「そうじゃない。兵士と民衆では立場が違うという意味だ。ダゴダネルとの戦闘が終わったあと、民衆は家の修繕や畑の手入れやらに追われる。彼らにとって、それも戦だ。元の生活に戻れるまで、どれだけ時間がかかるか分からない。食糧を多めに持てるだけでも安心感が違う」
俺の説明にグスタフ隊長はあっけにとられた顔をするが、すぐにニヤリと笑う。
下から蝋燭で照らされたオーク・キングの笑顔は真顔より怖い。思わず、ゴメンナサイと言いたくなる。
「リューキ殿、気に入ったぜ! 貴族育ちのジーナ様や荒っぽいことしか知らないオレでは思いつかない考えだ! 早速、各隊に伝えよう」
グスタフ隊長は伝令を呼び、避難民に食糧を分配するよう指示を出す。
「我が領主は統治者としての適性がおありのようですね」
グスタフ隊長だけでなく、クールな女騎士エリカまで俺を称賛してきたのには、ちょっと照れた。
正直な話、俺は褒められるようなことを言ったつもりはない。俺は立場が不安定なフリーターだ。「弱い立場だったらどう感じるか?」を知っているにすぎない。それだけだ。
俺はグスタフ隊長と女騎士エリカにあいまいな返事をして、各隊からの報告に耳を傾ける。
ワーグナー城に籠る四番隊はともかく、二番隊、三番隊の続報はゲリラ戦の様相を呈している。次々ともたらされる華々しい勝報には驚くばかりだ。
「グスタフ隊長。おかしな質問をしていいか?」
「なんなりと。リューキ殿には何を言われても驚かないように努めます」
「……それはどうも。俺が聞きたいのは、ダゴダネルの兵士は弱いのかってことだ。グスタフ隊長の配下が強いのは分かったけど、それにしても敵の動きが鈍いと思ってね」
グスタフ隊長の口角が大きく上がる。小さな子どもなら泣き出しそうなくらい凄まじい容貌は喜びの表情のようだ。うむ、オーク・キングの面構えに早く慣れなくてはいけないな。
「領主リューキどのーーーっ! よくぞ見抜かれた。座ってくだされ。詳しく説明させていただきますぞ!」
オーク・キングのグスタフ隊長が平べったい岩の上に羊皮紙の地図を広げる。ワーグナー城で見たのと同じ地図だ。
グスタフ隊長は地図のまわりに蝋燭を追加し、世界を明るく照らす。地図の上に不格好な駒を並べて、戦況を説明し始める。
「敵本隊はワーグナー城の攻略に失敗したあと、ブリューネ村に陣を構えなおしました。兵およそ五百」
「五百? ずいぶん少ないな。ダゴダネル軍の総数は三千じゃなかったのか?」
「そうです。バルゼー村を占拠する一千が最大勢力で、他は各地に分散してます」
「素人目だけど、連携が取れてないように見える。仲でも悪いのか?」
「よく分かりましたな。その通りです」
軽口を叩いたつもりが、グスタフ隊長にあっさり肯定される。
「敵は数が多いだけで、実情はバラバラだと?」
「仰る通り。ダゴダネル軍のほとんどはゴブリン族。部族間の争いが絶えない種族です。しかも統率者たるゴブリン・ロードが軍に帯同していないので、目と鼻の先で友軍が苦戦していても助けに入りません」
なるほど、烏合の衆というやつか。兵の数に差があっても「勝てる」とグスタフ隊長は言ったが、その自信の根拠が少し理解できた。
「だけど、敵本隊を攻める一番隊は百名。五百が相手には少なくないかな?」
「五百といっても、各部族からツマミ出された浮浪ゴブリンの集まりです。戦の報酬につられて参戦してますが、形勢不利になれば逃げだします。既に多くの逃亡者が確認されています」
グスタフ隊長がじっと俺の顔を見つめる。俺の反応を待っているようだ。
俺は自分なりに考えた方針を提案することにした。
「戦に勝つのは当然だが、戦後のことも考えると、できるだけ近隣住民のゴブリン族とギクシャクした関係になりたくない。味方だけでなく、敵のゴブリン兵もできるだけ死なせないようにしてほしい。難しい注文とは思う。グスタフ隊長、方策はないか?」
「あります! いえ、やってみせます! リューキ殿に従い、敵本陣に攻め入ります。そしてダゴダネルの大将を生け捕る。そうすればオレたちの勝ちだ!」
グスタフ隊長の声に呼応し、俺たちを取り囲む屈強なオーク兵たちが一斉に立ち上がる。洞窟に身を潜めているにもかかわらず気勢をあげる。
一番隊のオーク兵たちの興奮が伝わってくる。
逆に、俺の困惑は皆には伝わらなかったようだ。
だってそうだろ! 俺は最前線まで来ただけでなく、敵本陣への突入まで同行することになってしまったんだ。
なんでだ? どうしてこうなった?
動揺する俺の肩に手が置かれる。
振り返ると、クールなはずの女騎士エリカが熱い目で俺を見つめている。
違う! カン違いするな!
俺はそんなに勇ましい男じゃない!
俺は平穏な日々を送りたいだけなんだ!
心のなかで叫ぶ。ただし、口には出せない。絶対に言えない。
空気を読むとかそういうのじゃなくて、俺の生命が危うくなる。
そう直感する。
「我が領主、地獄の底までおつきあい致します」
クール・ビューティーな女騎士エリカ・ヤンセンが俺の耳元で囁く。
彼女から放たれる殺気に、俺の背筋は凍る。涙が出そう。
足の震えをごまかすため、俺は懸命に笑顔を浮かべた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
面白い展開につながるよう、精いっぱい頑張っていきます。




