第六十七話:フリーター、オッサンたちに認められる
日本。
東京の西部に位置するT市。
深夜一時。
人気の途絶えた街に、足音がふたつ響く。
カツンカツンと甲高いヒール音の主は、濃紺スーツにビシっと身を包んだ女性。仕事がデキる風の外見だが、残業で帰宅が遅くなったOLではない。もちろん擬人化した姐さんヴァスケルだ。
ヴァスケルの背中を追うようにバタバタと小走りするのは俺。よれよれのシャツにすり切れたジーンズのショボい格好。俺もヴァスケルと同じように人間界になじむ服装に着替えている。古風な趣の革製のロングブーツは異質だが、靴がこれしかないから仕方ない。
俺の背中にはグッタリした権藤の大きな身体。気を失ったオッサンはズシリと重い。それでも俺は懸命に先を急ぐ。目的地はタナカ商会。権藤の幼なじみの竹本さんとパンチパーマのタナカが待っているはずだ。
「リューキ。やっぱ代わるかい? あたいがゴンドーを運んでやるよ」
「いや……これは……俺の、仕事だ」
息を切らせながら答える。ヴァスケルの背中にオッサンの身体を密着させたくないのが本音だ。とはいえ、そんなこといちいち口に出さない。はは。
道端で戯れていたノラ猫が、ふぎゃーと鳴きながら闇の中に消えていく。
逢引きでもしてたのかな?
イイところをジャマしてすまんかった。
角を曲がると薄暗い電灯に照らされたオンボロアパートが見えてくる。竹本さんの住まいだ。アパートと道を隔てた向かいはタナカ商会の敷地。座礁したクジラのような巨大倉庫が月明かりに浮かぶ。クジラの巨体にくっついたコバンザメのような小屋はタナカ商会の事務所。格子の付いた窓からは煌々と明かりが漏れている。
事務所の入り口に近づくと中から声が聞こえてくる。戸を開けて中に入ると、竹本さんの胸に顔を埋めてタナカが泣いていた。
ぐぉおーあぉおーと、ワナにかかった猪のような唸り声をあげるパンチパーマのオッサン。それをなだめるハゲかけた小太りのオッサン。
むうっ……誰も喜ばないシュールな画だな。
「こんばんわー。なにかあったんですか?」
あえて空気を読まずに声をかける。
そんな俺の問いに、パンチのタナカが顔をあげてこちらを向く。
タナカの厳つい顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。気のせいだろうか。トレードマークのパンチパーマが小さくしぼんで見える。
「うぐっ……ん? 兄ちゃんじゃねえか。へへ、また格好悪いとこ見られちまったな。実はな、権ちゃんが死んじまったんだ……」
「それはお気の毒に……って、どのゴンちゃんですか?」
「決まってるだろ! 兄ちゃんが探してた権藤剛蔵だ。マフィア同士の抗争だのなんだのって、テレビのニュース速報でやってたんだ! おおお、ぐおおおっう、権ちゃん! もう一度会いたかった! 権ちゃあぁあーーーん!!!」
大号泣するタナカと懸命に涙をこらえる竹本さん。ふたりは幼なじみの突然の死を悲しんでいる。オッサンの目にも涙。俺も思わずもらい泣きを……いやいやいや、泣く必要ありません。
いつの間に目覚めたのか、俺の背中の権藤が嗚咽を漏らしはじめる。
「ぐふっ、えぐっ、おふっ。ふたりとも、私なんかのために……」
「んあっ!? 権ちゃん! 権ちゃわぁああんーー!!」
「権藤! おまえ! 生きてたのか―ーーッ!」
「ええっ! ちょっと待ってー! 権藤さん! 俺の背中から下りてー!!!」
俺に向かって駆け寄るオッサンふたり。
権藤を背中から下ろすのが間に合わず、俺も歓喜の輪に交ざってしまう。
人目はばからずに号泣するタナカ。
感極まって涙が溢れだす竹本さん。
涙腺が壊れた蛇口のようになってしまった権藤。
三匹のオッサンがひしと抱き合う輪の中心には、なぜか俺。
もう、なんというか、地獄だ……畜生……
「で、兄ちゃん。これはいったいどういうことだ?」
感動の再会から落ち着きを取り戻したタナカが尋ねてくる。
頭のパンチパーマはなぜか膨らみを取り戻している。タナカの気持ちとパンチパーマのモジャモジャ感は連動しているようだ。うん、どうでもいい情報だな。
「『どういうことだ』とは、どういうことですか?」
「兄ちゃん? 『どういうことだとは、どういうことですか?』とは、どういうことだ?」
「だから、『どういうことだとは、どういうことですか? とは、どういうことだ?』とは、どういうことですか?」
「いやいや、兄ちゃん。俺が知りたいのは『どういうことだとは、どういう……』」
「あー! もう止めておくれよ! あたい、頭がおかしくなっちまうよ!」
俺とタナカの不毛な会話をヴァスケルが止める。
うん、そうだよね。俺もワケが分からないよ。けど、タナカさんにコレってハッキリ言える答えもないんだよね。どうしよう……
「……タナカよ。権藤は生きていた」
おもむろに竹本さんが口を開く。
目は若干充血したままだが、妙に重みのある言い方をする。
俺が知っている弱々しい感じのオッサンとは別人のようだ。
「ニュースで言ってたように、海外逃亡した犯罪者の権藤は死んだ……が、私たちがよく知る権藤は生きている。なぜだ? 辰巳君のおかげじゃないか。タナカの会社はつぶれないで済んだのはどうしてだ? 辰巳君がクルーザーの代金を肩代わりしてくれたからじゃないか。なあ、お前は恩人の辰巳君を困らせるのか?」
竹本さんが、諭すように言う。
「竹ちゃん! そういうわけじゃないけどさ……」
タナカは、コミカルな感じで狼狽える。
横に立つ権藤は、黙ったままじっとしている。
社会的立場は別にして、幼なじみの三匹のオッサンの立ち位置がなんとなく分かってくる。
「タナカ。別の言い方をしよう。我具那組の辰巳君は、国際手配された権藤を死んだことにして極秘のうちに日本に連れ帰った。我具那組の力は私たちの想像をはるかに超えていると思わないか?」
「なるほど……竹ちゃん。俺、ようやく分かったよ」
いやいや、ちょっと待ってくれ!
フォローしてくれると思って黙って聞いてたけど、俺ってすっかり裏社会の顔になってないか?
ねえ、竹本さん。俺ってどんなイメージなの?
「タナカ。能ある鷹は爪を隠すというじゃないか。我々は辰巳君のことをマジメだがボーっとしている能天気な男だと勘違いしていたが、どうやらそればかりではないようだな」
「いや、竹ちゃん。俺、兄ちゃんとはまだそれほど面識ないから、そこまで思ってないけど……」
ひとりで合点がいったような顔をする竹本さん。
オロオロしながらもそれ以上は何も言わないタナカ。
うんうんとうなずく権藤。
いやいや、お前たち一体ナニが分かったと言うのだ?
三匹のオッサンたちが見つめ合う。
バラバラになりかけた友情はまたひとつになったようだ。
なにはともあれ、彼らとは長い付き合いになるような気がしてきた。
最後までお読み頂き、ありがとうございます!
ブクマ、評価もありがとうございます!!
いささかオッサン祭りとなってしまいました。
気分を害された方、申し訳ございません。
今回くらいですからお許しください!
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