第六十四話:フリーター、力を欲する
南国の太陽の下。
プエルト・ガレラ近海。
俺とヴァスケルは白鳥号に乗って、権藤のクルーザーを追いかけている。
「あはははー! 楽しーねー!!」
姐さんヴァスケルはご満悦。足こぎボートが面白くてしょうがないらしい。
本来、白鳥号はふたりでペダルをこいで進む乗り物だが、俺の出番はない。むしろヴァスケルがすんごい勢いでペダルをこぐので、俺が手出ししたら邪魔になる感じだ。おっと、出すのは手じゃなくて足だったな。まあどっちでもいいか。はは。
ズボボボボーっと、足こぎボートにあるまじき音を立てて白鳥は進む。
クラッシュデニムのショートパンツからのびる美脚は疲れ知らずだ。
いわく、「水鳥は優雅に浮いているように見えて、実は水面下では必死に水掻きをしている」らしいが、俺たちの白鳥号は見た目からして優雅ではない。
どこの公園の大噴水だよってくらい大きな水しぶきを上げてモーターボートのように進んでいる。
「リューキ! ボートってのはイイねー! あたい、ひとつ欲しくなったよ!」
「今回は土産が多いから魔界に持って帰れないけど、いつか手に入れるよ」
「ほんとうかい! 約束だよ!」
「ああ。モジャ……タナカさんに手配を頼んでおくよ」
姐さんヴァスケルのテンションが上がる。白鳥号の船足はさらに速まり、クルーザーの船尾が徐々に大きくなる。
尋常でない速度で進む白鳥号を見て、沿岸を帆走するヨットに乗る観光客が驚愕の表情を浮かべる。うん、外人さんは本当に両手で頭を抱えたり口をOの字にしたりするんだね。
「あん!? ゴンドーは沖に向かうみたいだね。逃がしゃしないよ!!」
大型クルーザーは右に急旋回して沿岸から離れていく。
白鳥号は船体をミシミシきしませながら追跡する。
沖に出ると波が大きくなり、小型の足こぎボートは翻弄される。
「リューキ! 海に落っこちないように気をつけな!」
ザブンザブンと白鳥号が揺れる。
俺は懸命にイスにしがみつく。全身ずぶぬれで、口のなかは塩っ辛い。
「ヴァスケル! あと少しで追いつく! がんば……れ……」
「ん!? どうしたんだい? 頭でもぶつけたのかい?」
急に黙り込んだ俺を怪訝に思ったのだろう。
全身びしょ濡れのヴァスケルが上半身をこちらに向ける。
だが、それはイケナイ行動だった。
……こんな状況で妄想ターイム! 生命の危機と煩悩さんと、どっちが大事なんだい? いやー、仕方ないっすよ! 妄想は時と場所を選びませんから。じゃあ仕方ないね。おっと、これじゃあなにがなんだか分からないな。では問題です。ナニが妄想スイッチをオンにしたのでしょうか? 答え:「濡れた白いTシャツ」です。オー・マイ・ゴッド! 俺としたことが、どうして気づかなかったのか。「海と白T女子」なんて、混ぜるな危険級の組み合わせではないか! 定番の水鉄砲なんか必要ない! ゆさゆさ揺れる透け乳。うおおーっ! くくくっ……えいえい! 煩悩退散! 『リューキは濡れた白Tから逃げだした。だが、まわりこまれてしまった』 てか、なんのナレーションだよ。だからいまはそんなときじゃあ……
「……爆透ける。いや、ヴァスケル。何度も言わせないでくれ。俺はお前の美しい肌をほかの男には見られたくないんだ」
「なに言ってんだい! ここには、あたいたちしかいないじゃないか!」
「うん、そうだね。けどさ、せめてジャケットのボタンを留めてくれないかな?」
「しょうがないねえ……ほら、これでいいだろ? じゃあ、さっさとゴンドーを捕まえに行くよ!」
濡れた白Tがジャケットで封印される。サヨウナラ、おっぱ……
名残惜しいというかモッタイナイというか、複雑な心境を押し殺す。
畜生! それもこれもすべて権藤が悪いんだ!!
小遣い稼ぎで金貨をコッソリ売った後ろめたい過去を棚に上げて、俺はすべての罪を権藤に押し付けた。
ガギンッ!
間近で炸裂音がする。
見ると、白鳥の首に穴が開いている。白鳥さんのすました顔が痛々しい。
クルーザーが方向転換し、こちらに向かってくる。デッキには銃を持った男が数人。周囲に船影がない沖合に出たからだろうか、権藤は本性をあらわしたようだ。
「あたいに歯向かおうってのかい! 上等だよ!!」
姐さんヴァスケルが啖呵を切る。
「リューキ! あたいが盾になってやるから、ジーナの衣装に着替えな!」
「いま着替えるのか? なんでだよ?」
「そのほうが安全だからだよ! さっさとおしよ!!」
姐さんヴァスケルに急かされる。
ヴァスケルは狭いボートのなかで立ち上がり、権藤のクルーザーに背を向ける。そのまま俺に覆いかぶさるようにして、銃撃から俺を守ってくれる。
ボスッ、ボスッと鈍い音がする。ヴァスケルの背中で銃弾が跳ねる音だ。
「ヴァスケル! 大丈夫か!?」
「くすぐったいくらいさ! そんなことはいいから早く着替えておくれよ!」
バギンッ!!
着弾音とともに白鳥号の屋根に大きな穴が開く。ボート内をプラスチック片が飛び散り、俺は額を切ってしまう。傷口は深くないが、血がポタポタと垂れる。
「畜生ーーーっ! よくもあたいのリューキを殺りやがったなあ!!」
姐さんヴァスケルが俺の決めゼリフで叫ぶ。
いやいや、俺、生きてるから……
「ヴァスケル。大丈夫、ただのカスリ傷だから」
「まったく、さっさと着替えないからケガするんだよ!! ……もう、リューキひとりの身体じゃないんだからね」
叱責ののち、ヴァスケルは諭すように優しく言う。
てか、俺ひとりの身体じゃないって言い方は、俺って完全に弱っちい存在だな。まあ、自分の身もろくに護れないような弱小勢力の領主だけどね。
ジーナに貰った衣装に着替え終わる。相変わらず、ちっとも強くなった気がしない。なのに、ヴァスケルは俺の盾役をやめてしまう。
途端に、銃弾がボスッと俺の腹に当たる。めちゃめちゃ痛い。
「ぐわー、俺、死んじゃうのかあ!!」と、心のなかで叫びながら腹を見るが、傷ひとつない。足もとに先っちょの潰れた銃弾が転がっている。
「俺って撃たれたよな? 痛いけど、血は出てないし、腹に穴もあいてない」
「はん!? 衣装を作ってくれたジーナに感謝するんだね!」
「マジか!? このシャツは防弾チョッキみたいなもんなのか?」
ジーナに貰ったベージュ色のシャツをしげしげと眺める。
襟がふわふわと波打つシャツは中世のヨーロッパ風。一見コスプレ扱いされそうな代物だが、俺の生命を救ってくれた優れモノ。
もしかしたら魔界でも俺の生命を護ってくれてたのか?
ぜんぜん気づかなかった……ジーナ、ありがとう! お土産は期待しててくれ!
ボスッ、ボスッと連続して着弾する。
やはりケガはないが、被弾した胸と太腿はとんでもなく痛い。痛む腿をさすってかがんだ瞬間、頭上ギリギリを銃弾が抜けていく。
「衣装に覆われていない頭や手もジーナの衣装が護ってくれるのか?」
「あん!? そんなわけないだろ? タマを避けるか、マントに包まるんだね!」
オー・マイ・ゴッド!
世の中そこまで甘くなかった。
銃弾を目視で避ける動体視力も反射神経もない俺は、ミノムシのように全身をマントで包むことにした。
はは。俺、戦闘意欲ゼロだな。
どうか笑ってくれ。
てか、領主になってから、俺は護られてばかりだ。なんだか情けない。
「いいかげんアッタマきた! ちょいと待ってな。やつらにお灸をすえてやる!」
ヴァスケルは身体をボワっと白光させ、堕天使モードに変化する。
俺が声をかける間もなく、そのまま白鳥号から飛び立っていく。
クルーザーに突撃するヴァスケルをマントの隙間から眺めながら、自分でも戦う術が欲しいと俺は強く思った。
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