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第六十一話:フリーター、決断する

 太平洋上空。

 たぶん沖縄の南あたり。

 晴れ、ときどき飛行機とニアミス。

 

 俺は、背徳的な格好のヴァスケルにお姫様抱っこされて、空を飛んでいる。ついでに(ほお)ずりもされている。(つや)っぽい(あね)さんにスリスリされるのは嫌ではない。むしろ気持ち良い。脇腹に当たるぷりんぷりんした(ちち)の感触も最高だ。


 たまらん。もっとカモーン!

 いやいや、いかーん! いまは、そういうのはナシだ!


 俺はプチ賢者モードを発動中なんじゃないのか?


 身体(からだ)の奥底から湧きおこるピンク色の発情(はつじょう)は「ジーナがくれたマント」が抑えてくれるんじゃないのか?


 いったいどういうことだ?

 俺は魔道具の(たぐい)では手に負えないほどの助平(すけべえ)(やから)なのか? 畜生(ちくしょう)


 なーんて複雑な心境をオブラードに包んでヴァスケルに打ち明けると、逆に喜ばれてしまった。


「リューキ! ほんとうかい? あたい嬉しいよ!」


 なぜかヴァスケルは喜ぶ。本性が無敵の(ドラゴン)のヴァスケルは、俺の身体(からだ)を人形のようにぶんぶん振り回す。おかげで俺の頭はくらんくらんする。首がムチ打ちにでもなりそう。


 俺はヴァスケルの黒髪を優しくなでて、彼女の興奮を(しず)めてやる。


「ヴァスケル。うれしいって、どういう意味だよ?」


「そのマントは淫魔(サキュバス)魅了(チャーム)すら跳ねかえす代物(しろもの)じゃないか! あんたはそれを着てるんだよ!」


「だから?」


「分かんないのかい? あんたはマントを着たまま、あたいに欲情したんだよ。あたいを本気で欲しがってるんだよ!」

 


……なんだって!? 俺の欲情がモノホンだって? おっと、いまどきモノホンなんて言わないか。まあそれは置いといて欲情にホンモノとニセモノがあるのか? 確かにマントのおかげで淫魔(サキュバス)ブブナの魅了(チャーム)は俺に通用しなかった。なるほどなるほど。ブブナの色気はニセモノで、ヴァスケルの方はホンモノってことか。そうかそうか。ていうか、ヴァスケルさん。「欲情」って言葉は生々しくないっすか? いえ、欲情したのを否定はしません、事実ですから。けどさ、もうちょっと言葉のチョイスを考えませんか? じゃあ、なんと表現すれば良いんだろうね? 「肉欲」? いやいや、生々(なまなま)しさグレードアップですよ。「愛欲」? そこはかとなく淫靡(いんび)な響きだね。くっ、いったいどうすりゃいいのさ! ん? ちょっと待ってくれ! 妄想する方向性がズレてます。てへへ。もっとしっかり妄想せねば。『はあ!? 妄想にうっかりもしっかりもあるわけないだろ!』 おおっと、妄想世界のヴァスケルに叱られちゃいました。でも仕方ないじゃないか。俺も男だ。お色気ムンムンな(あね)さんが目の前にいればそりゃーねえ……



 意識が戻る。ヴァスケルと視線が(まじ)わる。(うる)んだ(ひとみ)に見つめられて、ちょっと照れる。俺はヴァスケルのまぶたをそっと閉じさせ……ちがう、そういう展開じゃない。てか、俺はどれくらいの時間、あっちの(妄想)世界に旅立っていたのだろうか。

 

 心の動揺をごまかすように、眼下に視線を移す。大海原(おおうなばら)が広がっている。景色はまったく変わらない。ひたすら海だ。陸地は見えない。タナカ商会で貰ってきた安物の腕時計をチラリと見る。おお、午後一時ぴったりだ! だからなに? うむ、話題を変えるネタが見つからない。


 俺は観念してヴァスケルに声をかける。


「ごめん。俺、ボーっとしてたね」


「もう慣れたよ」


 突き放すようなセリフだが、ヴァスケルの声の調子(トーン)には愛情がこもっていた。

 黒目がちな大きな瞳は小動物を見守るように優しかった。


「とにかく、がんばっておくれよ!」


「なにを?」


「ナニ言ってんだい!? あたいを愛人にしてくれるんだろ? ジーナたちを嫁さんにするんだろ? ヤルことは決まってるじゃないか! 魔界に戻ったら、がんばって『魔人化(まじんか)』するんだよ!!」


「……はい?」


 満面笑みのヴァスケルが俺を(はげ)ます。

 が、肝心の俺は、なんのことやらサッパリ分からない。


「ヴァスケル。魔人化ってなんだ?」


「はあ!? ヒトが魔人になるのが魔人化じゃないか! 他にどんな意味があるってんだい!」


 ヴァスケルが(あき)れたように言う。

 彼女の説明はなんとなく理解できたが、魔人化を自分の未来図として受け入れるのは容易ではない。


「リューキ! あんた、魔人になるのが嫌だってんじゃないだろうね?」


「嫌とかどうとか以前の問題だよ。だって、ヒトじゃなくなるんだろ? 簡単には決められないよ」


「はあっ!? いまさらなに言うんだい! あたいだけならともかく、ジーナたちを悲しませるつもりかい? みそこなったよ!」


「どうしてそうなるんだよ!」


 俺の返答にヴァスケルはため息をつく。硬い表情でしばらく黙ったあと、話しはじめる。俺が知らなかった情報。魔界の常識だ。

 

 魔人の生命力は強い。寿命はヒトの十倍以上で、千年を超える。

 魔人が生きるには魔素が必要。魔素が希薄(きはく)な人間界では長く生きられない。

 魔人は、異種族のヒトの子どもは宿せない。

 

「リューキ。分かったかい?」


「魔人が長寿なのは分かってたけど、そこまで長生きとは知らなかったよ。ヒトとの間で子どもができないってのも……」


 人間界にいたとき、俺には彼女がいなかった。結婚とか子どもとかを考えることもなかった。だからといって、家庭ってものが嫌なわけじゃない。それなりに憧れてもいた。愛人ひとりに妻三人がまともな家庭かはさておき、俺がヒトのままだと、早々に寿命が尽きてしまう。子どもも作れない。四人には寂しい思いをさせてしまう。それは……嫌だな。


「まったく、なんでリューキは大事な話をキチンと聞かないのさ! それなのにジーナたちを嫁さんにするのを決めちゃうなんて、無責任すぎるよ!!」


 堕天使(だてんし)モードのヴァスケルは、おかんむりだ。まことに申しわけございません。


 けど……


「誤解がないよう説明するけど、俺は人間界に未練はないし、魔界で一生を終えてもいいと思ってる。ヴァスケルの話を聞いて、魔界で生きるならヒトより魔人になった方が良いのも分かった」


「はん!? ちっとは覚悟ができたのかい!」


 ヴァスケルの表情が(わず)かに(やわ)らぐ。


「ああ、覚悟を決めたよ。ところで、ヒトが魔人になるのはよくあるのか?」


「めったに聞かないね。最近聞いたのは千年以上前の話さ!」


「千年!? 魔人化は成功率が低いのか? そもそも何すりゃいいんだよ?」


「簡単さ! ヒトの身体(からだ)龍の魂(ドラゴン・ソウル)と精霊の祝福(ブレス)を加えればいいのさ」


「いや、説明が簡単すぎて意味がサッパリわからない。もう少し具体的に頼む」


 ヴァスケルが話を続ける。

 俺をお姫様抱っこする(あね)さんの表情は、一層(やわ)らいでいる。


「最初に、あたいの(ソウル)のカケラを取り込んで、(あたい)眷属(けんぞく)になるのさ。それから精霊に祝福(ブレス)をうけるんだよ。あんたは姫さんが召喚した精霊たちに気に入られているようだから、間違いなく祝福(ブレス)を受けられるさ!」


「それだけ聞くと簡単そうけど、なんで魔人化するヒトは少ないんだ? なにか裏があるんじゃないのか?」


「おや、リューキは物分かりの良い子だねえ。大事な話をキチンと聞くじゃないのさ。偉いよ。で、あんたの質問だけど、ヒトが魔人になるには、(ドラゴン)にも精霊にも認められなきゃならないからね。そんなやつはめったにあらわれないよ」


 なんとなく納得がいった。もしかして、おれはツイてる男なのだろうか。なにしろ千年にひとりの男だからね。いや、そもそも魔界にやってくるような人間はめったにいないか。


 視線を眼下に向ける。見渡す限り広がるのは海ばかり。陸は見えない。フィリピンに着くまではまだまだ時間がかかりそう。


 視線をヴァスケルに戻す。(あね)さんの機嫌はすっかり直っている。ヴァスケルはすぐカッとなるけど、さっぱりした性格だから助かる。

 

「あん? まだ知りたいことがあるのかい?」


「ああ。魔界は分からないことだらけだ。これからもよろしく頼む、ヴァスケル」


「な、なんだい!? あらたまってそんなこと言われると照れるじゃないか!」

 

 (あね)さんヴァスケルが顔を赤らめる。かわいい。うん、ヴァスケルって、ホントかわいいよな。

 

 俺はヴァスケルの(つや)やかな黒髪をなでながら、自分の決断が間違っていないことを確信した。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

引き続き頑張って書き進めます!

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