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第六話:フリーター、戦に巻き込まれる

「……オレらの戦いぶりを見てくか?」


「じゃあ、そうさせてもらうよ」

  

 俺はグスタフ隊長の挑発ちょうはつじみた言葉にまんまと乗ってしまう……



 元領主(ロード)で、いまは城代(じょうだい)のジーナ・ワーグナーに城の留守をたくし、女騎士ナイトエリカ・ヤンセンと共に城門を出る。

 城を振り返り、よくぞこんな場所に城を構えたものだと感心してしまう。


 ワーグナー城は山の斜面にへばりつくように築かれていた。傾斜のきつい山肌は鋭いナイフのように尖った岩ばかりで、ろくに緑はない。

 城の背後は絶壁。遥か頭上には山頂があるはずだが、霧のような雲がかかっていて見えない。

 荒涼とした風景とは、こういう景色を指すのかと他人事ひとごとのように考えてしまう。

 

 城門から少し離れて、ワーグナー城の全容を眺める。

 高さ十メートルほどある城壁が、城門から左右に百メートルほど延びている。なかなかに堅牢そうな造りだ。同時に、城の奥行きが数十メートル程度しかないのに気づく。どう考えても実際の奥行きと異なっているようにしか思えない。


 俺が城の構造を不思議に思っていると、女騎士ナイトエリカが「城の後ろ半分は山をくりぬいて造られた」と教えてくれた。


 なるほど、俺が手に入れたのは、城という名前の洞窟どうくつだったのか……


 いつの間にやら、俺はワケあり物件の底知れなさに驚きを感じなくなっていた。

 状況を受け入れたわけでも、ましてや環境に慣れたわけでもない。

 ただ、感覚がマヒしただけだ。

  


 グスタフ隊長が山道を駆け下る。女騎士ナイトエリカも遅れることなく駆けていく。革鎧かわよろいのグスタフ隊長はともかく、ゴツい甲冑(プレートメイル)に身を包み、いかにも重そうな大剣を腰に下げたエリカの身体能力の高さに感心する。

 対して、俺の持ち物は通勤用リュックとジーナにもらった収納袋しかない。服は安物のポロシャツとジーパンだ。

 そんな一番軽装な俺が、たちまちふたりに引き離されてしまう。


「グスタフ隊長、まって! リューキ殿が遅れてる」


「なに!? まだ城を出たばかりだぞ!」


 ふたりは立ち止まり、俺が追いつくのを待ってくれる。

 だが、グスタフ隊長は明らかにイラついていた。


「新領主(ロード)様の足にあわせてたら間にあわねえ。仕方ない、かつぐぜ」


「カツグ」とは? と尋ねる間もなく、グスタフ隊長は俺を背負い、転げ落ちるように坂道を駆け下る。


「ふ、ふおおおおー!!!」


我が領主(マイ・ロード)、口を閉じた方がよろしいかと。舌をんでしまいますよ」


 女騎士ナイトエリカの言葉に従い、俺は黙る。歯を喰いしばる。胃から込み上げてくる苦いモノを懸命に飲み下す。涙がにじみ、視界がぶれる。「近道するぜ!」とグスタフ隊長が叫ぶ。景色が変わる。崖のようだった道が、明らかな崖に変わる。状況がよく分からない。大きな岩が落ちてくる。女騎士ナイトエリカの大剣が岩を両断する。走馬灯そうまとうにしては見覚えのない情景ばかり……



「……ロード、我が領主(マイ・ロード)。おお、意識が戻られましたか!」


 目を開けると、長身銀髪の若い女性が俺の顔を心配そうにのぞきこんでいた。端麗たんれいだが、天使と呼ぶには勇ましい顔だち。数秒間見つめあったあと、女性が女騎士ナイトエリカだとようやく気づく。


「俺、気を失っちゃったんだね……それと、エリカが俺を落石から助けてくれたんだ。ありがとう」


「いえ。リューキ殿には、いささか刺激が強かったようですね。もう大丈夫です。オークたちの隠れ里に着きました」


 女騎士ナイトエリカ・ヤンセンに支えられながら立ち上がる。

 じっくり観察するまでもなく、オークたちの隠れ里が洞窟なのが分かった。蝋燭(ろうそく)(あか)りは五メートルほどの高さの天井を辛うじて照らしてくれるが、奥がどこまで広がってるかまでは教えてくれない


 洞窟の奥の暗闇からグスタフ隊長が姿をあらわす。ただし、ひとりきり。隠れ里のオークたちは、新しい領主(ロード)の俺を警戒しているのだろうか。周囲の岩陰からこちらの様子を(うかが)う気配を感じるが、誰も姿を見せない。


 俺は、領主ロードらしく振る舞おうと足を踏ん張る。まだ頭はくらくらするが、懸命に笑顔を浮かべる。


「この弱そうなのが、新しい領主ロードさまなの?」

 

 背後から、幼さの残る声に問われる。

 振りかえると、オークの少年が俺を見上げていた。


「きみは?」


「オイラはオルフェス。ねえ、父ちゃんがかついできたおじちゃんが、新しい領主ロードさまなのかい?」


 父ちゃん? すると少年はグスタフ隊長の息子か。

 なるほど、そう言われればよく似ているな。


「そうだよ。俺が新しい領主ロードだ」


「じゃあ、お金くれよ。父ちゃんがもらうはずだった『手当てあて』ってやつだよ。母ちゃんの薬を買いたいんだ。領主ロードのおじちゃん、頼むよ」


 オルフェスの声を皮切りに、周囲の岩陰に隠れて様子をうかがっていたオークたちが姿をあらわし、口々にお金を要求してくる。


「オルフェス! みっともねえ真似まねはやめろ! 他の奴らもだ!」


「でもよお、父ちゃん。早く母ちゃんに薬を飲ませたいんだよ!」


 オルフェスが泣き出しそうな声で訴える。

 父親のグスタフ隊長は言葉を詰まらせる。

 俺は金貨を収めた収納袋の口を開け、習いたての文句を唱える。


「オルフェス、早く母ちゃんに薬を買ってあげな。『金貨一万枚取り出し!』」


 途端に、目の前に黄金色こがねいろの山があらわれる。

 オルフェスをはじめ、オークたちが我先に金貨にむらがる。

 グスタフ隊長の静止する声もむなしく、金貨の山はたちまち消え失せてしまう。


「新領主(ロード)様よお、なんてことしてくれるんだ! オレの仲間に金をくすねるやつはいないが、金勘定(かねかんじょう)は苦手なやつばかりなんだぜ。絶対に計算が合わなくなる」


「金が足りなかったら言ってくれ。城に戻ったら渡す」


「なんだと!?」


「いまは緊急事態だ。時間がない。めるくらいなら多少多めでも払おう。それよりダゴダネルとの戦いだが……」


 いくさについて尋ねようとした俺を、グスタフ隊長が制する。


 まだ何か要求してくるのだろうか? 収納袋は空っぽ。もう金はない。背中のリュックには、ペットボトルのお茶と菓子パンくらいしか入ってない。領主ロードなんて偉そうな肩書(かたがき)だが、城を守ってくれるはずのグスタフ隊長は注文ばかりしてくる。なんだか悲しくなってきた。


「四番隊、来い!」


 唐突に、グスタフ隊長が大声をあげる。

 呼応して筋肉質な小鬼オークたちが洞窟の奥から続々と姿を見せる。


「おめえらはワーグナー城へ行け! 城に守備兵が山ほど詰めているふりをしろ! 音を鳴らせ! たけびをあげろ! ジーナ様にうるさいと叱られても、めげるな! むしろ、められたと思え! 何かあったら領主(ロード)リューキ殿の名前を出せ! 絶対に城を落とされるなよ!!」


「おお!」「おうっ!」「いくさだ!」「いくぞ!」

 

 百人ほどの小鬼オークが駆けていく。

 勇ましいが、たった百人? とも思った。


「リューキ殿、納得してない顔つきだな。安心してくれ。ダゴダネルの奴らは臆病者(おくびょうもの)ぞろいだ、大きな犠牲(ぎせい)を出してまで堅固(けんご)なワーグナー城を攻めない」


「そうか、ならいいけど」


「奴らは攻めてこない。だから、こちらから攻める……一番隊、二番隊、三番隊、集まれ! ダゴダネルの奴らをぶっ殺す! 領主(ロード)リューキ殿の初陣ういじんだ! おめえらの力を見せてやれ!!!」


 四番隊同様、気勢を上げながら小鬼オークたちが集まる。各部隊いずれも百名程度。いくさ慣れした男たち。なかでも一番隊と呼ばれた小鬼オークの群れは、グスタフ隊長に負けないくらい屈強な身体からだつきをしていた。


「二番隊、三番隊は奴らの糧食(りょうしょく)を奪え! 武器を壊せ! 夜襲(やしゅう)をかけろ! 但し無理は禁物。生命(いのち)粗末(そまつ)にするなよ」


 二番隊、三番隊の小鬼オークたちが駆けていく。

 数人、俺のもとで足を止め、食べ物や薬を家族に届けられそうだと感謝の言葉を述べていく。いかつい顔の小鬼オークだが、中味は家族思いの父ちゃんたちなのだろう。そう考えると、ちょっと心がなごんだ。


「さっさと行け! 領主(ロード)と話したければ、ダゴダネルの奴らを追い払ってからにしろ! 手柄を立てた奴にはリューキ殿に拝謁はいえつする機会を作ってやる! いくさはげめ! 敵を殺せ! そして生き残れ!!」


 物騒な言葉の最後に仲間を思いやる言葉が入る。(いくさ)に向かう兵を鼓舞(こぶ)する言葉としては必ずしも褒められないかもしれないが、俺の城ではそれでいい。


領主(ロード)リューキ殿、女騎士ナイトエリカ殿。では、我らも準備をはじめましょう」


「準備? なんの?」


「決まっておりましょう、ダゴダネル本隊への攻撃です。これからの数日間、二番隊、三番隊、四番隊が敵軍を翻弄ほんろうします。敵陣の混乱が頂点に達したところで、一番隊で急襲します」


 勇ましい話だ。一番隊の百人で三千の敵に当たるのか。

 ホントに? マジで? 俺も一緒に行くの?


 グスタフ隊長、女騎士ナイトエリカ・ヤンセン、一番隊の面々の意気が上がる。

 俺ひとり、顔が強張こわばっていた。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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[良い点] ここまでの感想ですが、タイトルと導入周りからコメディのみかと思いきや、決してそうでなくて物語としてもきちんと構築されているようで面白いだけでなくて普通に楽しめています。 一番格好良いのが…
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