表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/108

第五十話:フリーター、白磁の塔を脱出する

 白磁(はくじ)の塔は崩壊寸前。

 屋上にいる俺たちは、脱出する算段を練っていた。


「あたいはリューキと姫さんを連れてく。天馬(ペガサス)には、エリカと残りを任せる」


「ヒッ? ヒヒヒーンッ!?」


 主人との再会を喜ぶ天馬(ペガサス)シルヴァーナに、守護龍(ドラゴン)ヴァスケルが宣言する。さすがのムチャぶりに天馬(ペガサス)もおずおずと異議をとなえた、ように見えた。

 だって俺は馬の言葉が分かんないからね。

 けど、俺でも天馬(シルヴァーナ)にエリカとゴブリン四人を乗せるのは無理だと思うな。


「ヴァスケル様。お言葉を返すようですが、それではシルヴァーナが潰れてしまいます。シルヴァーナには私と姫様が乗りますので、ゴブリン族のミイロ殿たちはヴァスケル様にお願いできませんか?」


「おや? しばらく会わないうちに、エリカは偉くなったもんだねえ? あたいに意見するなんて」


「そうではありません。私が言いたいのは、天馬(ペガサス)にはふたりが精々(せいぜい)だと……」


 守護龍(ドラゴン)ヴァスケルと女騎士(ナイト)エリカ・ヤンセンの話し合いが続く。てか、俺たちが(こも)白磁(はくじ)の塔は倒壊しつつある状態。言い争っている場合ではないのだが……


 突如出現した(ドラゴン)に恐怖を感じたのか、塔を囲む黒鎧の兵は固まったまま。とはいえ、いつまでもおとなしくしているとも思えない。


「てめえら! なに、ボーっとしてやがる! さっさと動きやがれ!」


 いち早く正気を取り戻した淫魔(サキュバス)ブブナが叫ぶ。敵ながら肝の座った奴。たいしたもんだ。とことん信用できない奴だけどさ。


「おで、置いでかれるんがな? 我が領主(マイロどん)とお別れかあ!」

大丈夫(でーじょうぶ)だあ、おでも一緒だあ!」

「いんや、おでもいるだあ!」

「うんにゃ、おでもだあ。四人いれば、寂しくなんがないさあ!」


 ミイロたちが肩を組んで励ましあう。

 横で見ていて、俺はとてもせつない気持ちになった。


「ヴァスケル。俺も女騎士(ナイト)エリカと同意見だ。天馬(ペガサス)にエリカとゴブリン全員が一緒に乗るのは無理がある。ここはひとつ、ヴァスケルにお願いしたい?」


「あたいがかい? 古龍の末裔(まつえい)の、このあたいがゴブリンを乗せるだって? いくらリューキの頼みだからって、そんなことはごめんだね!!」


 守護龍(ドラゴン)ヴァスケルが拒絶する。とりつく島のない言い方に、ミイロたちはさらに落ち込んでしまう。


 

……ヴァスケルよ。お前が誇り高き古龍の末裔なのは、よーく理解した。だがな、ミイロたちは苦楽を共にした仲間なんだ。彼らがいなければ、俺は死んじゃってたかもしれないんだ。そんな彼らに向かって「さいならー。あの世でもお達者で!」なんて言えるわけないだろ? お前には力がある。俺やエリカだけじゃなくて、ミイロたちも助けられる能力があるんだ。だったらその力を使ってくれよ! わかるか? わかってくれるよな! なに? 「相手は、しょせんゴブリンだよ」だって? それがどうした? 確かに奴らは食い意地がはってるし、少し抜けたとこがあるかもしれない。だがな、付き合ってみると案外良い奴らなんだ。それなのに、お前ときたら……



「リューキ! ごめんよー! あたいが悪かったよ! もうやめておくれよ!!」


 気づくと、ヴァスケルが塔の屋上に頭をこすりつけながら謝っている。まるで主人に叱られた飼いイヌのように長い尻尾を垂らし、這いつくばっている。


 なんというか……(ドラゴン)の土下座って、そう見られるものではない気がするな。


「ヴァスケル、わかってくれたか!」


「ああ! わかったからさ、もうやめておくれよ!!」


 やめる? なにを?


 問い返そうとした俺は、両手が真っ赤に染まっているのに気づく。結構痛い。


「なんじゃ、こりゃあ!?」


 俺は昭和の刑事ドラマの殉職シーンのように叫んだ。

 

「リューキ殿は()()()()()()()深い瞑想状態に陥っただけでなく、急にヴァスケル様を素手で叩きはじめました。私がどれほど声をかけても意識が戻らなかったばかりか、ヴァスケル様の(うろこ)で手を切られてしまいました」


 女騎士(ナイト)エリカ・ヤンセンの説明を聞き、情景をぼんやりと思い出す。


 そうか、俺は暴れちまったのか……


「ヴァスケル、すまない。俺は正気を失っていたようだ。怪我はないか? 痛くなかったか?」


「あたいは(ドラゴン)だ。ヒト族のあんたに素手で傷つけられるほどヤワじゃないよ!」


「そりゃそうか」


「まったく……どんだけ優しい男なんだい、あんたは」


 優しい? 俺が?


「なにを言うんだ。俺はヴァスケルを一方的に殴っちまったじゃないか……」


「あたいは頑丈な(ドラゴン)だから、なんともないって言ってるだろ!」


(ドラゴン)とはいえ女性じゃないか。それに、身体(からだ)はなんともなくても、嫌な気持ちにさせちまった。俺は自分が恥ずかしい……」


 じっと手を見る。ヤスリで(こす)ったような感じの傷は、そんなに深くなさそう。まだヒリヒリするが、血はほとんど止まっている。ていうか、俺の怪我はどうでもいい。本当に痛んだのはヴァスケルの心だ。

 

 ヴァスケルが手を伸ばしてくる。壊れやすい宝物を扱うように、俺を抱え上げてくれる。守護龍(ドラゴン)の腕は相変わらず(たくま)しく、ガッチリ包み込まれると何とも言えない安心感が生まれる。


「あんたはおかしな男だねえ。自分の方こそ弱っちいのに、あたいのことをか弱い女扱いしてさ」


「古臭い考え方だと自分でも思う。けど、俺にはお前がそれほど強いとは思えないんだ」


「あん!? あたいが弱いとでも言うのかい?」


「強気な態度を見せたかと思えば、すぐしょんぼりするしさ。ヴァスケルって、結構繊細で傷つきやすいとこあるからな」


「むぐ……あんたくらいだよ。あたいに向かって、そんなこと言うのは」


 ヴァスケルが天を仰ぐ。視線の先、(そら)に浮かぶ真昼間(まっぴるま)の月は、ふたつとも白い。


 ん? 月がふたつ? 意識してなかったけど、この世界には大小ふたつの月があるんだね。


 エル姫はこの世界を「魔界」って呼んでたけど、ホント、俺がいた「人間界」とは同じように見えるものも微妙に異なるな。いや、月がひとつとふたつじゃ、大きく違うか。まあ、なにも困ることないし、別にいいけどさ。


「ゴブリンども! ここから逃げたきゃ、あたいの足か尻尾につかまりな! 落っこちても拾いに行ってやんないよ! グズグズしないで、さっさと動きな!!」


 守護龍(ドラゴン)ヴァスケルが()えるように号令をかける。

 ミイロとモイロは尻尾、ムイロは右足、メイロは左足にそれぞれしがみつく。

 ヴァスケルが塔の屋上を蹴飛ばし、大空に飛び立つ。

 同時に、女騎士(ナイト)エリカと気を失ったままのエル姫を乗せた天馬(ペガサス)も宙を舞った。

 

 ズ、ズズ、ズズズゥウーーン……


 ヴァスケルの蹴りがトドメになったのか、白磁(はくじ)の塔が倒れはじめる。塔を囲む黒鎧の兵を巻き込みながら、スローモーションのようにゆっくりと横倒しになる。すさまじい量の土ぼこりに視界を遮られて、淫魔(サキュバス)ブブナの姿は見えなくなる。


 けど、そう簡単にはくたばらないだろうな。あいつ、しぶとそうだし。


「うう、まとわりつくゴブリンどもが妙に生温かくて気持ち悪い」


「ヴァスケル! 文句ばかり言うな! ジーグフリードのとこに連れてってくれ」


「わかったよ! ……まったく、守護龍(ドラゴン)使いの荒い領主(ロード)様だねえ! あたい、ここ最近忙しすぎて肩が凝っちまったよ」


「悪いな。事が落ち着いたら、肩でも腰でも揉みほぐしてやるよ。俺はこれでもマッサージ屋に半年ほど勤めたことがあって……」


「ホントかい!? よし、ゴブリンども、死ぬ気でつかまんな! 落っこちたらぶっ殺すぞ!!」


「「「「わかっただあ!」」」」


 守護龍(ドラゴン)ヴァスケルが急加速する。

 天馬(ペガサス)シルヴァーナは懸命に追いかける。

 ダゴダネルの城は遥か後方に置き去りにされる。

 眼下には畑や草原が広がっている。

 ゴブリン・ロードのジーグフリード率いる軍勢の姿が徐々に大きくなる。


 どうやら俺たちは、窮地を脱することができたようだ。

最後までお読み頂き、ありがとうございます。

連休の渋滞にはまり、昨日は疲れました……

今日の昼はちょっとノンビリして、夜に書き進めようと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ