第五話:フリーター、失言する
「女騎士エリカよ、オレが話をする相手はこの貧弱な身体つきの男か?」
守備隊の隊長、オーク・キングのグスタフが嘲るように言う。
そのグスタフ隊長は、思わず目をそらしたくなるような厳つい容貌。俺、ハッキリ言ってビビってます。けど、この男にはどうしても職場に復帰してもらわねばならない。ここはひとつ、頑張って説得しよう。
「グスタフ隊長! 新しい領主として頼みがある。ワーグナー城に戻ってほしい」
「断る!!」
「即答かよ。なんでだ? 交渉すらさせてくれないのか?」
「はあ!? なんでオレがお前のために生命を張らねばならない? ジーナ様が交渉相手と思えばこそ、オレは城まで来たのだ。お前が相手だと知ってたら来ない」
生粋の武人の雰囲気を漂わせるグスタフは、容易には意見を曲げそうにない。だが、彼が考えを曲げないのなら、俺が柔軟に対応すれば良いだけだ。過程はともかく、結果が得られれば俺は満足だからね。
「ジーナが相手なら話をしてくれるのか?」
「当たり前だ。オレはジーナ様が幼少のころより見守ってきた。どのような苦境に陥ろうとも、ジーナ様だけは粗略に扱うつもりはない」
グスタフ隊長の返事を聞き、話の方向性が分かってくる。領主は俺でも、グスタフとの交渉はジーナを前面に出すのが良さそうだ。
「ジーナ・ワーグナー。お前をワーグナー城の城代に任ずる。城の守備に戻るよう、グスタフ隊長を説得してくれ!」
「はーい、分かりました! ということで、グスタフは城に戻ってくれるかな?」
「ジーナ様。それはできません」
おう! なんてこった! 交渉もへったくれもない。手当の未払いが原因だというのに、ジーナはまったく触れない。彼女は統治者としての能力が皆無か?
前言撤回。やはり俺がグスタフ隊長の交渉相手をしよう。
「城代ジーナ・ワーグナー。俺と交渉するよう、グスタフ隊長に伝えてくれ」
「はーい。ということで、グスタフはリューキさまとお話ししてくれるかな?」
「くっ、ジーナ様のご命令とあらば」
うん、ややこしい。領主と交渉するよう、領主が元の領主を介して伝達する。世代交代って、どの世界でもスムーズにいかないものなんだね……
まあいいや。時間がないので、グスタフ隊長の説得を再開しよう。
「手当の未払いがあるそうだが、払えば城に戻ってくれるか?」
「ああ。城に戻るどころか、ダゴダネルの奴らを十日もかからず追い払ってやる」
「たいした自信だな。根拠はあるのか?」
「これを見ろ。新しい領主の頭が悪くなければ理解できる」
グスタフ隊長が、大広間の中央にある円卓の上に羊皮紙の地図を広げる。手書きの俯瞰図は芸術作品かと思われるくらい緻密に描かれている。地図の中央付近には「ローグ山」と記された険峻な山。ローグ山の北斜面、頂上付近にある城の名前が「ワーグナー城」。俺が手に入れた城の名前だ。
なんとまあ、俺はずいぶんと山奥の城を買ったものだな。
「城から東西に伸びる二本の道はいずれも細く険しい山道。西から攻めてきたダゴダネルの奴らは途中の町や村を占拠したが被害は軽微。住民は避難済みで、備蓄の食糧や物資は奪われる前にすべて運び出してある」
「手際がいいな」
「当然だ。密偵の話では、敵の糧食はせいぜい十日分を残すのみ。敵兵の士気は高くなく、練度も低い。奴らには不慣れな山道も、我らにとっては庭同然。負けるはずがない」
俺はジーナの方をふり返る。
ジーナは欠伸をしてやがる。
お前なあ……
いや、たしなめるのはグスタフ隊長がいないときにしよう。いまはそれどころではない。
「ジーナ。グスタフ隊長に未払い分の手当を払ってくれ」
「リューキさま、よろしいのですか? 金庫には一万二千Gほどしかありません。未払い分の手当一万G払うと二千Gしか残りませんよ?」
「構わない。どっちみち城を落とされたら全部奪われるだけだ」
「むー、それはそうなんですが。ホントによろしいのですね?」
「くどいなあ。いいから払ってくれよ」
「はーい。わっかりましたー!」
ジーナが俺の手を引き、「金庫室はこっち」と教えてくれる。案内してくれるのはいいが、手を繋ぐ必要はあるのだろうか? グスタフ隊長の視線が痛い。
ジーナの案内で大広間の奥に移動する。立派だが座り心地の良くなさそうな玉座の後ろに小さな扉がある。この扉が金庫室への入り口だという。ジーナに促されるまま、青銅の鍵を近づけると扉は音もなく開いた。微妙にオートマチックだ。
金庫室のなかは想像以上に広かった。小学校の体育館くらいはありそう。閑散とした空間の片隅にキラキラ輝く金貨の小山があった。
「これがこの世界の通貨か」
金貨を一枚ひろい上げる。高貴そうな女性の横顔が描かれたコインは見た目よりも重かった。さすがは金。
「はあぁ……父上が生きておられた頃は、金庫室に入りきらないくらい財宝が溢れかえっていたというのに。ずいぶん寂しくなってしまった」
ジーナ・ワーグナーが溜息をつく。
金庫が空になった原因はジーナが領主だったせいではないか? と思ったが、言わないでおく。たぶん俺の推測は外れていない。
金庫室の奥の壁際、巨大な物体が転がっているのに気付く。
俺の視線に気づいたのか、ジーナが説明してくれる。
「あそこで眠っているのがヴァスケルさま。ワーグナー城の守護龍で金庫の門番。ていうか、金庫室を寝床にしてるの」
ジーナに促されるままヴァスケルに近づく。
守護龍は十メートルはある巨体を丸めて、ぴくりとも動かない。ざらつく鱗に覆われた背中を触れてみると硬くて冷たい。カサついた皮膚は黒くくすみ、生気が感じられない。
「ブシュウゥゥーッ、グホーー」
いびきのような深呼吸が聞こえた。確かに守護龍は生きてはいるようだ。但し、それ以上の反応はない。
いずれにしろ、いまはダゴダネルの軍勢に対処するのが最優先。守護龍ヴァスケルのことは後で考えよう。
「リューキさま、金庫室には結界が張ってあって、LDKしか入れません。城代の私は領主の代理だから入れますけど」
「じゃあ、一万Gをどうやって運び出すんだ? 俺たちだけで重い金貨を一万枚も持てないだろ?」
「忘れてたー」と言いながら、ジーナが小袋を取り出す。彼女の手元には、紐付きのがま口の財布。ジーナは当たり前のようにそれを俺の首にかけてくる。
「なにこれ?」
「領主専用の収納袋です。一トンくらいまでなら持ち運べます。収納袋の口を開けて『金貨一万枚収納』と言ってください」
ジーナに言われた通りにやってみる。
目の前の金貨の山が瞬時に消えた。慌てて収納袋のなかを覗きこむが、そこには何もなかった。
「なかを見ても何もないわ。今度は『金貨一万枚取り出し』と言ってください」
ふたたびジーナの言う通りにする。
直後、金貨の山があらわれた。便利なものだ。
俺たちは未払いの手当一万Gを持って金庫室から出る。
そのまま金貨をグスタフ隊長に渡そうとすると、「オレだって金貨一万枚も持ち運べねえよ」と、あっさり拒否される。
「どうすりゃいいのさ?」
「新領主様には申し訳ないが、金貨一万枚をオレらの隠れ里まで運んでくれねえか。金が無くて、食い物や薬なんかを買えない仲間が待ってる」
「そしたら、ダゴダネルの軍勢を追い払ってくれるのか?」
「なんだよ。信用できないってんなら、オレらの戦いぶりを見てくか?」
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
売り言葉に買い言葉。
俺は思わず、口走ってしまう。
オーク・キングのグスタフ隊長がニヤリと笑う。真顔よりも凄味が増した。
女騎士のエリカ・ヤンセンが頭を抱える。
どうやら俺は余計なことを言ってしまったようだ。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
今日は夏日で暑かったです。アイスを食べたくなりました。