第四十八話:フリーター、賭けに出る
白磁の塔のなか、屋上に至る螺旋階段。
ホブゴブリンには窮屈な階段も、細身な女騎士には行動に支障のない広さだ。
高所に位置する女騎士エリカ・ヤンセンが、大剣を一閃させる。黒鎧の敵兵は階段を転げ落ち、自らの巨体で仲間の前進を妨げてしまう。敵兵と対峙するのは、エリカただひとり。いつものことながら、彼女ひとりに苦難を負わせてしまい、俺の心は痛んだ。
「エル。神紙はあと何枚残っている?」
「六枚じゃ。精霊はあと六回召喚できるのじゃ」
「よし、いつでも精霊を呼べるように準備しておいてくれ」
俺はエル姫に指示を出す。大きなメガネの小さな微女が、懸命に笑みを浮かべる。間近に迫る敵兵を怖がってはいるが、彼女の目には、まだ生気がある。俺の第三夫人を自称するなら、それくらい根性がなくてはいけない。
「モイロ、弓矢はあるか?」
「あるけんど、矢は十本しか持ってこられなかっただ。すまねえ」
「それだけあれば上等だ。エリカの背後に付いて、万が一に備えてくれ!」
「我が領主、私は不覚を取りません!」
「はは、頼もしいな! では、残った矢の数だけ抹茶スイーツを進呈しよう!」
「リューキ殿! 約束ですよ!!」
エリカはまだ軽口につきあう余裕がある。とはいえ、一瞬のミスが命取りになる。弓の名手モイロが後ろにひかえていれば、俺も安心できる。
「ミイロ、なにか武器になりそうなものはないか?」
「投石機はあるだが、弾がねえだあ」
「ん? 投石機はガレキに埋まったんだろ? ホントに撃てるのか?」
「大丈夫だあ。だども、足場がガタガタだで、狙いはよくないだあ」
「撃てればいい。目標をダゴダネルの本城に定めてくれ」
「分かっただあ」
宿屋の亭主のミイロが大きな投石機を動かしはじめる。
「メイロ。これで黄金弾を作れるか?」
「我が領主、ワグナー棒を持ってただか。おで、作れるだあ!」
「よし、頼む」
俺は収納袋からワーグナー棒を取り出す。興味半分に持ち出したものだ。
メイロは黄金色に輝くワーグナー棒を使って、投石機用の弾を作り始める。
「我が領主、おでは?」
「ムイロ。狼煙玉は残ってるか?」
「あるだあ」
「ジーグフリードに合図を送ってくれ。俺たちが無事なのを教えてやろう」
「わかっただあ! ド派手にやるだあ!」
ムイロが懐から導火線の付いた黒い玉を取り出す。手早く火を着けて、ぶんっと空に向かって投げる。なかなかの強肩。
「ムイロ? 狼煙は塔の上からそっと焚くんじゃないのか?」
「まあ、見ててくれだあ!」
バッゴォーーーン!!
投げた狼煙玉は、結構な高さまで上がって破裂した。そう。ムイロの言う通り、カラフルな大輪は確かに「ド派手」だった。てか、これって打ち上げ花火なんじゃないのか? うむ。無事帰還したら、夜にみんなで花火鑑賞しようかね。
「我が領主、この狼煙の意味は総攻撃だあ! ジーグフリード様も、おでたちが無事なのを分かってくれるだあ!」
「そうか。せっかくだから、ありったけぶっ放してくれ!」
火煙師ムイロが嬉々として花火、もとい狼煙をあげる。昔のひとなら「たまや」とか言いそうなくらいの出来栄えだと思った。
「我が領主、投石機の向きを変えただ」
「我が領主、黄金弾を作っただ」
「ミイロ、メイロ、ご苦労さん。エル、炎の精霊三兄弟を召喚してくれ」
「リューキ、いきなり神紙を三枚も使うのか?」
「ああ。ダゴダネル本城に火球を撃ち込む。ジーグフリードが到着するまで、まだ時間がかかりそうだ。ダゴダネルの奴らを混乱させてやる」
「分かったのじゃ!」
エル姫が懐から神紙を取り出す。ゴニョゴニョ唱えながら、丸まった紙を宙に放り投げる。
「炎の精霊三兄弟! 再び出でよ!!」
宙を舞う神紙が膨らみ、めらめらと燃える。姿を見せた炎の小人たちは、今度はケンカすることなく仲良く並んでいる。てか、なぜか俺を見上げて直立不動の姿勢となる。
「エル? ヤンチャな三兄弟が妙におとなしいようだが?」
「おおかた風の精霊のデボネアから話をきいたのであろう。リューキよ、三兄弟はいつでも良いそうじゃぞ!」
デボネアの話とはなんだろう? と思った。
けど、とりあえずは目先の問題を片付けることにした。
「ミイロ! 目標はダゴダネル本城。偽ブブナのいた宮殿の大広間付近!」
「我が領主! そこまで狙いは絞れねえだあ!」
「あくまで目標だ! 狙いはだいたいで良い! なせば成る!」
「当てたいのか当てたくないのが、どっちだあ?」
「細かいことは気にするな! よし、撃て!」
ボスンッ!!
鈍い音を残して、黄金弾が飛んでいく。炎の精霊の三兄弟がしがみついた弾は、青白い炎の尾をひく。気のせいか、前に見たときと炎の色が違うようだ。
赤じゃなくて青白い?
より高温なのか?
三兄弟の気合が違うのか?
まあいいや、悪いことではない。
黄金弾の軌道がブレる。青白い尾を引いた弾は、宮殿の手前、やや左側に着弾したようだ。
ボゴォオオオオーーーン!!!
火柱が上がる。まるで油田の火事のよう。
てか、油田火災の現物なんか見たことないけどさ。
まあ、イメージとして、そんな感じの大きな火柱だ。
爆発の衝撃に、俺はよろける。
エル姫はあっさり転んでいる。
ミイロたちは堪えている。四人とも小柄とはいえ、さすがはゴブリン族だな。
螺旋階段で戦っているエリカ・ヤンセンは平然と立っている。うん、それでこそ俺の女騎士だ。
「我が領主、いまのは?」
「悪さばかりするブブナにお仕置きした音だ。エリカ、気を付けてくれ。お前にとばっちりがくるかもしれない!」
「リューキ殿。もう慣れました!」
女騎士エリカに反論される。俺は苦笑するしかない。
起き上がったエル姫が、生暖かい目で俺とエリカを交互に見る。「だてに第二夫人ではないのう」と妙な感心をする。うむ、エル姫にもなにも言い返せない。
「キサマら! よくもやりやがったなあ!!」
塔の前庭に、ブブナ・ダゴダネルが姿を見せる。誠に残念ながら、ブブナは黒鎧を着ている。ブブナの豊満な肉体は、完全に隠されてしまっている。
そう。あのスバらしい、たゆんたゆんとした躍動は、もう見られないのだ。
畜生!
ブブナめ! お前さんなあ、それじゃあ単に口が悪いだけの性悪女じゃないか! 顔はまあまあ好みだけどさ。
「ブブナ! さっさと降参しろ!」
「うるさい! 黙れ!!」
「降参するのは嫌か? じゃあ、逃げな! どこへなりと行くがいい」
「リューキ。本気で言ってるのか?」
「ああ、今回だけは見逃してやる。でないと、あたり一面火の海にするぞ!」
俺は火球の攻撃を暗示する。もちろんブラフだ。エル姫の神紙は三枚しか残ってない。黄金弾は、もうない。問題はそれだけじゃない。最大のネックは、俺はギャンブルが苦手だってことだ。俺は、ブブナがハッタリに乗ってくれるよう祈った。
「ちっ……」
「ブブナ! これに懲りたら……」
「はあっ!? ここで退いたら、アタシに未来はないのさ! ……そうだな、最後に教えてやろう。アタシがなんの後ろ盾もなく、帝都に輸送するワーグナー棒を強奪したり、エルメンルート・ホラントの生命を狙ったりしたと思うか?」
ブブナが笑う。小ばかにするどころか、見下し、蔑む笑い。
「どういう意味だ?」
「キサマは阿呆か? ワーグナーごとき攻め滅ぼすのに、わざわざ皇帝の怒りを買うようなリスクを冒すはずはなかろうが!」
「なに!? じゃあ、お前がワーグナーを攻めたのは……」
「理由を知りたきゃ、自分で皇帝に聞きな! 生きてここから出られたらな!」
ブブナ・ダゴダネルが総攻撃を号令する。
黒鎧の兵が白磁の塔の周りに満ちる。
どうやら俺の賭けは失敗に終わったようだ。
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