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第四十七話:フリーター、不意を突かれる

 籠城(ろうじょう)後、二度目の朝。


 白磁(はくじ)の塔の屋上で俺は目覚めた。正直、寝不足だ。

 昨夜、敵の動きを察知した風の精霊(シルフ)デボネアに何度も起こされた。夜襲を警戒した俺は、軍で斥候を務めるムイロとともに屋上で夜を明かした。結局、ダゴダネルの奴らは塔を攻撃しないで、城外へ出ていっただけだったが。


 夜中に出撃した黒鎧の部隊がどこへ向かったかは分からない。どうやら、俺たちの知らないところで何かが起きているようだ。


「ムイロ。奴らは何してるんだろうな」


我が領主(マイロどん)、おでも分がんねえだあ。だけんど、ジーグフリード様の軍勢を迎え撃つにしでも、ばらばらに動きすぎだあ」


 ムイロの考えに俺も賛同する。軍事に(うと)い俺でも、ダゴダネルの動きは不可思議に思える。

 敵の軍勢はジーグフリードがいるはずの東のみならず、四方八方に進軍していった。まるで、ダゴダネル城が遠巻きに包囲されているかのような印象すら受けた。


「リューキよ。ご苦労じゃのう。ほれ、朝メシを持って来てやったぞよ」


 階下からエル姫が姿を見せる。差し出してきたのは、黒パンとサバ味噌煮缶。俺のためにわざわざ持ってきてくれたようだ。


 てか、朝からサバの味噌煮か……

 ちょっと重いけど、せっかく持って来てくれたんだし、食べるか。


 俺は黙ってサバ缶を開ける。エル姫はオイルサーディンの缶詰を開ける。どうやら姫様は、オイルサーディンの味が気に入ったようだ。


 てか、朝メシは別にいいんだが……


「エル。なぜ俺の膝の上に座る?」


「やはりおぬしは異世界人じゃな。右膝の上といえば、第三夫人の指定席ぞ」


「いやいや、たとえそういう習慣だとしても、俺たちはまだ……」


「姫様! リューキ殿をからかわないで下さい! 本気で信じてしまいますわ!」


第二夫人(エリカ)がやって来たのう。ほれ、リューキの左膝なら空いて……おらぬな」


 エル姫の軽口(ジョーク)に思わず反応する。

 見ると、俺の左膝で風の精霊(シルフ)のデボネアが、ちんまりと胡坐(あぐら)をかいている。


 おや、いつの間に?


「デボネアよ。おぬし、そこで何をしておるのじゃ? ……ほう? ふむふむ。して……なるほど、そうか! わかった、約束じゃ」


 エル姫が、うんうんと(うなず)く。俺には風の精霊(シルフ)の言葉はさっぱり分からないが、エル姫は満足気(まんぞくげ)

 姫様と会話を終えた風の精霊(シルフ)デボネアは羽根を広げる。ふわりと舞ったかと思うと、おもむろに俺の左肩に乗る。

 デボネアは両手で俺の頭を抱え、ほっぺたにキスしてきた。

 

「おっ! 嬉しいことしてくれるじゃないか! かわいい奴だなあ」


 手を伸ばし、小妖精(フェアリー)の頭をなでてやる。デボネアは、甘えるように俺の腕に絡まってくる。ご機嫌な子猫のようだ。


我が領主(マイ・ロード)風の精霊(シルフ)(たわむ)れるのも、ほどほどにして下さい……」


 女騎士(ナイト)エリカ・ヤンセンが硬い声で言う。

 


……おやおや、エリカさんたら。まさか、ヤキモチですか? やだなあ、こんな()っちゃな子に。ホント、気にすることないよ。それに、第二夫人ていうのも、カ・タ・チだけです! 序列なんかありません。え、まだ奥さんじゃないって? うん、そうだね。けどさ、俺にも目標ができたんですよ。俺たちの明るい未来に向けて、頑張ることさ! ハッキリいって、戦争は嫌いです。ホントはやりたくはありません。だから、できるだけ話し合いで解決しようと思います。時間はかかるかもしれないけど、立派な領主(ロード)になって、エリカを神器(しんき)の鎧の束縛から解放してあげるよ。待っていてくれるよね?


『そんなん()や、よう待てんわあ!』


 いやいや、そんなこと言わないでさ。


『あかん、まだるっこしいわあ。ちゃっちゃと話を進めてえなあ!』


 いやいや、まだるっこしいとかじゃなくて。てか、お前、誰だ? 俺の妄想(もうそう)さんじゃないな?……



 意識が戻る。

 顔を上げる。


 俺に向って手を伸ばす女騎士(ナイト)エリカと目が合う

 エリカは、俺を正気に戻そうとしていたようだ。


「エリカ。いま、俺に話しかけたか?」


「まだ何も言っておりませんが?」


 視線を下ろす。

 エル姫は相変わらず俺の右膝に腰かけている。


 メガネ微女(びじょ)(くちびる)艶々(つやつや)している。オイルサーディンの脂か。指をちゅぱちゅぱするエル姫が、俺に話しかけたのでもなさそうだ。


 てことは……


「デボネア。まさか、お前か?」


「%*+=&!」


 うん、やっぱり何を言っているのか分からないね。分からないけど、デボネアはイタズラが見つかった子どものような表情をする。

 もう一度、俺が話しかけようとすると、デボネアはボワッと白光し、姿を消してしまう。


 俺の膝の上に残ったのは糸くずのように(こま)かい紙片。

 愛らしい小妖精(フェアリー)に去られた寂しさ以上に、まんまと逃げられた気持ちになる。


「リューキよ。その様子では、デボネアと同調(シンクロ)できたようじゃな」


「エル。どういうことだ?」


風の精霊(シルフ)デボネアが申すには、リューキの『()()()』は相当たくましいそうじゃ。鍛錬(たんれん)を積めば精霊界で魂を具象化できる資質じゃともな。さすれば、元の『人間界』と、この『魔界』のみならず、『精霊界』にも行けるようになるぞ」


「ホントに? てか、それって喜んでいいことなのか?」


「以前に教えたであろう。神器(しんき)とは、精霊の魂を宿らせたものじゃと。わらわのように精霊の魂を召喚できずとも、リューキ自身が精霊たちと仲良うなれば彼らの助力を期待できようぞ!」


 どうやら俺の妄想(もうそう)、いや、『()()()』はたいしたものらしい。まさか精霊との交流(コンタクト)に使えるとはね。世の中、何が役に立つか分からないものだ。


 ひとりのんびりと朝メシを食べていたムイロが、急に立ち上がる。東の方角を凝視(ぎょうし)し、おもむろに声を上げた。


我が領主(マイロどん)! ダゴダネルの兵が戻ってくる。いんや、こっちに逃げでくるだ。追っかけでるのは、ジーグフリード様の軍勢に間違いねえだあ!!」


「おお! ついに来たか!」


我が領主(マイ・ロード)、援軍が到着するまで持ちこたえましょう!」


「リューキにエリカよ。水を差すようで悪いがのう、塔が揺れておらぬか?」


 屋上にいる全員が動きを止め、黙り込む。

 エル姫の言う通り、(かす)かな揺れを感じる。

 ズズ、ズズズと地鳴りのような音が徐々に大きくなる。


 ズンッ!


 ひときわ大きな音がする。ぐらりと身体(からだ)が傾く。そう。白磁(はくじ)の塔が傾いているではないか! ようやく援軍が来たというのに、なにか問題が発生したようだ。畜生(ちくしょう)!!


我が領主(マイロどん)! 地下だあ! 奴ら、穴を掘っで、地下から攻めで来ただあ!」


「なんだって!? メイロ! 逃げろ! 上にあがってこい!」


我が領主(マイ・ロード)、私が敵を防ぎます!」


 塔の地下倉庫にいた鉱夫(こうふ)のメイロが逃げてくる。

 宿屋の亭主(ていしゅ)のミイロ、弓の名手モイロも同じく屋上にあがる。


 敵兵が地下から塔に侵入してこようとは、まったく予想外の展開。

 塔のなかの敵には、投石機(カタパルト)弩砲(バリスタ)も役に立たない。


 完全に不意をつかれて、俺たちは屋上にひと(かたまり)となる。


 狭い螺旋(らせん)階段の途中、女騎士(ナイト)エリカ・ヤンセンが黒鎧と対峙する。


 塔の屋上から東の彼方を眺める。

 ジーグフリードの軍勢は、まだ何キロも離れている。

 

 あとは時間との勝負。


 俺たちには、女騎士(ナイト)エリカ・ヤンセンに命運を託すしか手立てはなかった。

最後までお読み頂き、ありがとうございます。

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