第四十四話:フリーター、火球を放つ
「これ! 諍いはやめぬか! おぬしたちの出番じゃぞ! これ! やめろと言ったらやめるのじゃ!!」
召喚した炎の精霊三兄弟のケンカを、エル姫は懸命に止めようとする。
対して、炎を纏った小人たちは争いをやめない。むしろヒートアップ。室内はサウナのように暑くなり、汗がしたたり落ちる。
仕方ないので、俺は兄弟ケンカに割って入ることにした。
「エル。炎の精霊は、なにを揉めているんだ?」
「単純なことじゃ。三兄弟で誰が一番強いかを争っておるのじゃ」
「そんなことかよ!? まあいい。で、どうやって勝ち負けを決めるんだ?」
「『火球』の破壊力じゃ。火球の正体は、炎の精霊が弩砲や投石機のタマにしがみついて、敵に体当たりしたものじゃ。三兄弟は、どれだけ敵をやっつけたかを競っておるのじゃ」
「ずいぶんと乱暴な方法だな。けど、攻撃目標なんて毎回違うし、簡単には比較できないだろ?」
「その通りじゃ。だからこそ、今回の目標が敵の新兵器だとわかった途端、誰が最初に行くかで揉めておるのじゃ……これ、やめぬか! バグラ! 長男なら弟たちに譲ったらどうじゃ! ドグラとディアグラもわがままを言うでない!」
「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」的な言い方でエル姫がたしなめるが、三兄弟は聞く耳を持たない。
暑さで頭がクラクラしてきた俺は、手っ取り早く解決策を提示することにした。
「兄弟そろって、同じタマにしがみつけばいいじゃないか。一緒に当たれば、誰が一番強いかわかるだろ?」
「お……おお、おおおお! リューキよ、あまりにも単純すぎて思いつかなんだわ! さすがはワーグナーの領主じゃな!」
なんというか、ちっとも褒められた気がしない。でもまあ、エル姫だけじゃなく炎の精霊三兄弟も納得したから、よしとしよう。
「準備はいいか? 巨大投石機は丸太の束や大盾を抱えた黒鎧の兵が大人数で守っている。生半可な攻撃は通じないガチな守りだ。投石機を一番派手に燃やした奴が勝ちってことでいいな?」
「リューキ。三兄弟は待ちきれない様子じゃ。『早くしろ』と催促しておるぞよ」
「そうか、じゃあ撃つぞ! バグラ! ドグラ! ディアグラ! 炎の精霊の兄弟よ! 己が一番強いと思うなら、俺たちに証明してみせろ!」
黄金弾を放つ。
瞬時に、炎の精霊の三兄弟が弾に飛びつく。
三兄弟をのせた弾は、彗星の如く炎の尾をひきながら目標に向かう。
黄金弾が着弾する。
炎の精霊の放つ高熱で、巨大投石機を覆う丸太の山が発火する。
苔むした生木が、油を染み込ませた枯れ木のように勢いよく燃えさかる。
黄金弾は浸透する。
灼熱の弾丸は、厚い甲羅のような大盾の重層構造をずぶずぶと抉っていく。
あまりの熱量に大盾の金属部分は溶解し、いびつに歪んでしまう。
黄金弾に恐怖する。
鉄壁の防御に黒鎧の兵は油断していた。
密集隊形の兵たちは、突如目の前にあらわれた黄金色の弾を避けられず、なす術もなく撃ち倒されてしまう。
黄金弾の使命が果たされる。
矢や石弾ばかりか、通常の黄金弾も通用しない防御を突破し、炎の精霊たちは巨大投石機に到達する。
役目を終えた黄金弾はどろりと溶け落ち、地面に黄金色のちいさな池を作る。
そして炎の精霊三兄弟は競い合うように巨大投石機に取り付き、最大限の熱量を以って己の強さを主張した。
ドォオオーーーンッ!!
爆音とともに火柱が立つ。俺がいる三階どころか、塔の屋上よりも遥かに高く火炎が昇る。目を凝らすまでもなく、新兵器の脅威が消え去ったと理解できた。
戦況の変化を悟ったのか、白磁の塔を囲んでいた敵兵が撤退し始める。再度、俺たちはダゴダネルの襲撃を跳ね返すのに成功した。
てか、正直言って、ギリギリの生命拾いだけどね……
「リューキ。見事に巨大投石機を攻略したのう。三兄弟の競争心がうまい具合に作用したようじゃ」
「ああ、すさまじい威力だったな……それより、みんな無事かな!?」
「女騎士エリカは無事じゃぞ。ほれ、噂をすればなんとやらじゃ!」
俺が「みんな」と言ったにもかかわらず、エル姫は具体的に答える。
見ると、女騎士エリカ・ヤンセンが螺旋階段を上ってきたところだった。
……まったく、姫様には敵いませんな。
「我が領主、先ほどの火災はなにが起きたのですか?」
「後で説明してやる。それより、ケガはないか? ホブゴブリンの集団に押し潰されなかったか?」
「大丈夫です。塔を背にして、常に一対一で戦いました。私は領主を護る女騎士。敵の同じ手には乗りません」
女騎士エリカ・ヤンセンの頼もしい返答に、俺はようやく安堵する。
てか、エリカのことを一番に心配してしまうのは、しょうがないよね。ホレちまった弱みってやつさ。
「我が領主、ムイロが……」
ミイロとメイロが、屋上で見張りをしていたムイロを抱えて階段を下りてくる。火煙師ムイロは辛うじて意識はあるものの、虚ろな表情。全身を何か所も骨折しているようだ。
「なっ!? ヒドいケガじゃないか!」
「我が領主、早く治療をしなくては! ゴブリン族は食事が治療。なにか食べやすいものはありませんか?」
「カップスープは全部ジーグフリードに渡したしな……あ、これがあった!」
俺は収納袋からフリーズドライのカレーを取り出す。「タナカ商会」で手に入れたものの、米がないので手つかずだった非常食。これならムイロの口に入れられる。そうとも、偉大な食の達人が言っていたじゃないか。「カレーは飲み物」だと。うむ、実に名言だと思う。
俺はカセットコンロ、金属製の小型ケトル、ミネラルウォーターを取り出し、チャチャっと準備する。フリーズドライとはいえ、いちおうビーフカレーなので、肉好きのゴブリン族にも丁度いいだろう。
「リューキよ。何ともいえぬ良い香りがするぞよ。それに、その面妖な焚き火はなんじゃ?」
「エル。これは『カレー』という食べ物だ。焚き火は『カセットコンロ』。ついでに説明しておくが、俺は異世界から来た人間だ。この戦いが終わったら、知りたがりのお前にもいろいろと教えてやるから、質問は後にしてくれ!」
「異世界とな!? わ、わかったのじゃ! リューキの話を楽しみにしてるのじゃ!」
俺はカレーをスプーンですくい、ムイロの口に入れてやる。ムイロは即座に、ピクン、ピクンと反応する。青かった頬は赤く染まり、途切れがちだった呼吸はハッキリしたものに変わる。
「我が領主、うまそうだな……いんや、ダメだあ! いまはムイロを助けねばなんねえだあ!」
「ミイロたちにも後でメシを出してやるから、ちょっと待ってな」
「おで、おとなしく待つだあ!」「おでも!」「おでもだあ」
よだれを滝のように流しながら、ミイロたち三人はおとなしく座る。聞き分けが良くていいね。口には出さないが、女騎士エリカとエル姫の目もカレーに釘付けさ。うむ、カレーは日本だけじゃなく、全宇宙最強の食べ物だな。
ムイロの額に汗が流れる。呼吸は明らかに荒くなる。頬だけでなく、目も赤みが差してきた。そう、充血ってやつだ。
「我が領主。ムイロ殿の容態は良くなってきていますが、いささか苦しんでいませんか?」
「エリカ、お前もそう思うか? 実は俺もそんな気がして……」
フリーズドライカレーの包装紙を見直す。値札に隠れて見えなかった字を読んでみる。
「超激辛」。
おっと、俺は大事な情報を見落としていたようだね。
「ムイロ、いちおう尋ねる。お前、辛い食べ物は苦手か?」
ムイロが首を縦に振る。そりゃーもう、汗をダラダラと流しながら、懸命に。
「そうか……けどな。ムイロが食べられそうなメシは、これしかない。頑張ってハラに収めるんだ!」
ムイロの目に絶望の色が浮かぶ。俺は彼の目をできるだけ見ないようにして、淡々とカレーを食べさせてやる。スプーンをひとすくいする度、ムイロの熱い息が俺の手にかかる。でもまあ、仕方ないよね。生命がかかってるんだし、背に腹は代えられないからね。
「我が領主……もう『カレー』は勘弁しでくで……」
ムイロがしゃべった。そう。ムイロは真っ赤に膨れたタラコ唇で明確に意思を伝えてきた。カレーのおかげでムイロの生命はなんとか繋ぐことができた。
ありがとう、カレー様!
でも俺の好みは中辛さ!
「みんな、お待たせ。ハラ減ったよな。けど、みんなに出せるのは缶詰しかない。これでよければ食べてくれ」
俺は缶詰を山ほど並べる。
定番のコンビーフ、ウインナー、焼き鳥などの肉系。
サバ味噌煮、サンマ蒲焼、ブリ照焼、オイルサーディンなどの魚系。
みかん、桃、パイナップルといったフルーツ系。
だし巻き卵、たこ焼きといった「こんなのあるんだ!?」と面白がって買ったものまで様々。
みんな遠慮なく食べる。もりもり食す。早朝からぶっ続けで戦っていたから、ハラが減ってたんだね。さあ、ドンドン食べてくれ! ぜんぶ、タナカ商会で買った特売品だけどさ。
「我が領主! このオイルサーディンは、とても美味しいですね!」
「だろ! 火を通して、スライスしたニンニクと鷹の爪をのせたら、もっとウマいんだけどな」
「リューキよ。お酒に合いそうな味じゃのう」
「なんだ、エルは酒を飲むんだ。てか、エルの言うとおり、オイルサーディンは酒のツマミにもぴったりだぞ」
「我が領主、おでは魚より肉が気に入っただ!」
「ムイロ……もう手づかみでコンビーフを食べられるんだ。ホントに、ゴブリン族の再生力はたいしたもんだな」
「いんや、我が領主の出しでくれたメシがすごいんだあ」
「我が領主、おではパイナッポーの酸っぱい味が気に入っただあ」
「ミイロ、何気にネイティブっぽい発音だな」
「我が領主、だし巻き卵もすっごく美味しいです!」
「エリカは意外と食いしん坊じゃのう」
「い、いやー! 姫様、それを言わないでー」
エリカがイヤイヤを始める。俺にとって、最高のご馳走だ! ナイスだ、エル! たまにはイイこと言うじゃないか。
領主、お姫様、女騎士、ゴブリン族。
身分の分け隔てなく食事をする。
そんなこんなで、俺たちは束の間の休息を楽しんだ。
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