第四十一話:フリーター、弩砲を撃つ
白磁の塔、持ち場のメモです。
屋上(見張り):火煙師で斥候のムイロ、六階(投石機):宿屋の亭主のミイロ
三階(弩砲):リューキ、二階と一階(弓):エル姫、フリーターのモイロ
一階(屋外):女騎士エリカ、地階(兵站):鉱夫のメイロ
「西の城壁の上! 投石機がこっち狙っでる! ミイロ、ぶっ潰すだあ!」
「ムイロ、わかっただ! おでに任せるだあ!」
屋上に陣取るムイロが警告を発する。
六階のミイロは投石機を操り、三投目の投擲で敵を沈黙させる。一撃必中とはいかないが、なかなかの精度。早朝から始まった戦闘は、既に四時間は経過する。ミイロの腕前もかなり上がったようだ。
「我が領主、東から兵が群れでやってくるだあ!」
「ムイロ、任せろ! ってか、もうすぐタマ切れだ! メイロ、弩砲用の石弾を持ってきてくれ!」
「我が領主、分かっただあ! すぐ三階に行くだあ!」
白磁の塔を囲むホブゴブリン兵は、退却する度に防御を強化してくる。戦端が開かれた当初は大盾で身を護るだけだったのが、今度は苔むした丸太の束を前面に押し出し、のしのしと近づいてきた。
こんなときに守護龍ヴァスケルがいたら、ドラゴンブレスの一撃で一気に片付けられるのに……あいつ、はやくこないかなあ。
頼もしき龍の到着を待ちわびながら、眼下に迫る敵に意識を集中し直す。狙いを定め、石弾を撃ち込む。一瞬、敵の動きは止まるが、すぐ何事もなかったかのように進軍が再開される。
なに!? 弩砲の攻撃が防がれただと! 畜生!!
突如訪れた危機的状況に俺は焦りを感じる。
「我が領主、新しいタマ持ってきただ! これを試してくで!」
兵站担当のメイロが補充のタマを手渡してくれる。やや小ぶりのタマはズシリと重く、ひんやりと冷たい金属製。本職が鉱夫なだけに、メイロが自分で加工したタマのようだ。ていうか、ピカピカと黄金色に輝いてるんですけど……
「なあ、メイロ。こんなときに聞くのもなんだが、これって金なのか?」
「我が領主、なにしでる! はやく撃つだあ!!」
「あ、は、はいっ!」
鉱夫のメイロに叱られてしまう。
俺、領主だって告白したのに扱いが雑な気がする。まあ、いいか。仲間だし、シモベーズだし……
俺は無言で金色のタマを弩砲に込める。タマが何でできているかは考えない。そう、無我の境地。
……いやいや、無理ですわ。考えまいとしても、貧乏性な俺は心の奥底でタマの値段を試算しちゃいますよ。野球のボールサイズの黄金弾は、四、五キロはありそう。俺が元いた世界で金の買取り価格はグラム五千円近かったから……おう、なんてこった! このタマひとつで二千万円の価値があるじゃないですか!? すっげー、なんでも買えちゃうぞ! 異世界では金は珍しくないのかな? そうなんですか? そうかもね。いやいやでもでも……
「我が領主! さっさと撃つだあーーー!!」
再度メイロにせっつかれ、俺は黄金弾を放つ。
しまった! 思わず撃っちまったあ!
さようなら二千万円。一瞬だけど楽しい夢を見させてもらったよ。
黄金弾が空気を切り裂く。丸太がバギッと真っぷたつに折れ、巨漢のホブゴブリン兵が崩れ落ちる。
「我が領主! どんどん撃つだあーーー!!」
「メイロ、新しいタマはまだあるのか?」
「いっばいある! 千でも万でも撃でるだあ!」
おう、なってこったい!
こんな状況でとんでもないお宝を見つけてしまったではないか。
もはや計算不能、むしろ思考停止。
俺はとりあえず敵を蹴散らすことに専念する。生き残ってナンボじゃ!
黄金弾をガシガシ撃ち込む。石弾よりもひとまわり小さく、なのにとんでもなく重たいタマは、丸太をへし折り、大盾をぶちぬき、黒鎧の敵兵を撃ち倒す。
ふおお……威力抜群、俺興奮。
次々と仲間の兵が倒れるのを目にし、敵はたまらず退却を始める。
「我が領主! 北と南からも敵がやってくるだあ!」
「ムイロ! 分かった! メイロ、タマをどんどん持って来てくれ!」
「任せるだあ!」
塔の北側から迫る黒鎧の集団に黄金弾を撃ち込む。
バギンッ! ズドン!
黄金弾一撃ごとに敵の隊列が乱れる。密集隊形が崩れたところに、エル姫と「ウサギ山のモーリッツ」ことモイロが矢を射まくる。さっさと逃げればよいものを、敵兵は粘る。だが結局、推定五億四千万円かけた俺たちの攻撃の前に撤収していった。
ふっ、黄金弾を何発撃ったか、つい数えちまったぜ。
北の敵兵を追い散らした俺は、急いで南側の窓に向かう。見下ろすと、黒鎧のホブゴブリン兵は白磁の塔に肉薄している。
迎えうつは、女騎士エリカ・ヤンセンただひとり。彼女は塔を背にし、大剣を振るっている。
「てめえら! 俺の女騎士になにしやがる!!」
まるで仕返しをするかのように俺は叫んでしまう。いや、別にエリカはケガをしたわけでも何でもないんだけどね。思わず口に出てしまっただけさ。
南の敵の相手は楽勝だった。剣を持つ女騎士エリカと対峙するため、黒鎧の兵は丸太の束を手放したからだ。
防備が手薄になったホブゴブリンは、黄金弾とエル姫、モイロの弓の前に瞬殺された。あとで女騎士エリカに「物足りなかった」と言われてしまうくらい、あっけないものだった。タマ代もたった一億円しかかからなかったしね。なあに、安いものだよ、はは……
「敵は逃げ出しただ! おでたちの勝利だあ!」
屋上に陣取るムイロが喜びを爆発させる。それに応えるように、塔の各階層からも歓喜の声が響いた。
ホブゴブリンが完全に撤退したのを確認したあと、エル姫が小妖精を召喚する。小妖精は、戦闘に参加しなければ魔力の消費が抑えられるので、一日くらいはこの世界に滞在できるらしい。
俺たちは小妖精に見張り番を頼み、塔の一階に集まってひと息つくことにした。
◇◇◇
「ムイロ、助かったよ。ムイロが的確に敵の動きを伝えてくれたおかげで、俺たちは勝てたようなものだ。心から感謝する」
「我が領主、やめてくで! おでは、やるべきことをやっだまでだあ」
全身煤まみれのムイロが照れる。
遮蔽物のない屋上で敵の動きを見張り続けたムイロは、何度も危ない目にあったはずだが、おくびにも出さない。
「ミイロ、投石機の操作は見事なもんじゃないか! ミイロが敵の攻城兵器を片っ端から潰してくれたおかげで、俺たちは塔の守りに専念できた。ありがとう」
「こっ恥ずかしいだあ、我が領主。おで、姫さんの書いだ説明書のとおりにやっだだけだあ」
ミイロも照れる。誇らしそうな顔をしながら、ボリボリと頭をかく。
「エル、モイロ。ふたりとも凄かった。ふたりの弓を怖れて、ダゴダネルの奴らは身動きが取れなかったからな。また次も頼むよ」
「わらわにかかれば、こんなもんじゃ!」
「おで、久しぶりに弓を使っただが、上手くできてよかっただあ!」
エル姫とモイロも鼻高々。
てか、ふたりは途中から弓の腕を競ってなかったか?
実はどっちも負けず嫌いと見た。
「エリカ。相変わらずの剣の腕前だな。ほれぼれしたよ。さすがは俺の女騎士だ」
「我が領主、お褒めにあずかり光栄です。ですが、まだ一度敵襲を退けたのみ。気は抜けません」
女騎士エリカ・ヤンセンが冷静に答える。
うん、マジメでカタブツなのは変わらないね。
まあ、そんなエリカを見ると安心しちゃうけどさ。
「メイロもよく機転を利かせて黄金弾を用意してくれた。正直、石弾が通用しなかったときは、どうなるかと思ったよ」
「地下にワグナー棒がいっばいあるの見つけたでな」
「ワーグナー棒? なんだそりゃ?」
「おんや? 我が領主は領主なのに、ワグナー棒を知らんのかあ?」
「メイロ殿。リューキ殿は領主になられて日が浅いのです。できれば実物をお見せしながら説明して頂きたいのですが」
「エリカさま、わかっただ。みんな、おでについてくるだ」
◇◇◇
薄暗い地階。メイロに案内されたのは、なんと隠し部屋。そう、白磁の塔の地下には巧妙に隠された部屋があったのだ。
「わらわは塔に半年余り住んでおるが、まったく気づかなんだわ」
メイロの発見にエル姫が驚きの声を上げる。彼女が隠し部屋の存在に気づかなかったのも無理はない。鉱夫のメイロだからこそ、石壁に偽装された扉の存在に気づいたのであろう。
「我が領主、これがワグナー棒だあ」
蝋燭のか細い灯りの下、メイロが差し出したのは棒状の金属の塊。ただし、単なる延べ棒ではない。テレビでしか見たことがない金の延べ棒ってやつだ。それが部屋いっぱいうず高く積まれている。まさに壮観としか言い様がない光景。
「我が領主。ワーグナー棒は、ワーグナー領の数少ない特産品です」
「特産品?」
「はい。金はローグ山で大量にとれる鉱物ですが、柔らかすぎて武具に適さず、重すぎて農耕具にも使えず、あまり使い道がありません。唯一、プロイゼン帝国の金貨を鋳造するのに、皇帝が買い取ってくれます。額は多くありませんが、ワーグナー棒の販売は我々にとって貴重な収入源なのです」
「そうなんだ。で、なんでここに大量にあるんだ?」
「ここ数年、帝都へ輸送中のワーグナー棒が強盗に奪われる事件が多発しています。ワーグナーが経済的に困窮する原因にもなっていたのですが、裏にダゴダネルが絡んでいたようですね」
「くそっ、奴らはなんてことしやがるんだ!!」
「リューキ、落ち着くのじゃ……」
憤る俺を、エル姫が平坦な声でなだめようとする。
ただ、どこか自分自身にも言い聞かせるような声にも聞こえた。
「……ダゴダネルの悪行に怒っているヒマなんぞない。わらわたちへの攻撃はますます激しくなるのじゃ、むしろ気を引き締めようぞ」
「エル、どういう意味だ?」
「帝都へ向かう輸送隊の襲撃は、いわば皇帝への反逆行為じゃ。リューキの放った大量の黄金弾を見れば、隠していたワーグナー棒が見つけられたと分かるであろう。当然、総力を挙げて口封じにくるぞよ」
小妖精が目の前に姿をあらわし、エル姫に向かって何かを訴える。
小妖精の言葉は俺には理解できない。
だが、必死な様子は見て取れた。
「言うてるそばからやって来たぞ! 今度はブブナの姿もあるそうじゃ!」
「畜生! 少しは休ませろってんだよ! エリカ、エル、みんな、行くぞ!」
「我が領主、地獄の底までおつきあい致します」「わらわも参るのじゃ!」「おでも行くだあ!」「おでも!」「おでもだあ!」「おではタマを運ぶだあ!」
俺たちは螺旋階段を駆け上る。塔の外から野太い雄たけびが聞こえる。ずいぶん人数が多そうだ。だが、俺は負ける気がしない。
なぜなら、頼もしい仲間がこんなにもいるのだから。
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