第三十九話:フリーター、エルメンルート姫と親しくなる
「わらわがエルメンルート・ホラントじゃ。女騎士エリカ・ヤンセンとやら、これからよろしくなのじゃ!」
「なるほど……我が領主は、姫様に手を焼かれているのですね」
にこやかに自己紹介するエル姫に対し、女騎士エリカはため息をつく。
俺が何も説明しなくても、エリカは状況を正確に把握したようだ。
なんという冷静かつ有能な女騎士だ!
ええもう、まったくもって頭が下がります。
女騎士エリカは無言で大剣を抜き、剣先をエル姫に突きつけ、殺気を放つ。
「な、な、な、なにをするのじゃ! わらわがなにをしたというのじゃ!?」
「姫様のワガママで我が領主リューキ殿は大変苦労をしておられます。どうか、リューキ殿をあまり困らせないで下さい」
「だから! なんのことを言っておるのか聞いておるのじゃ!」
エリカが俺の顔をチラっと見る。
うむ、ここはビシッと対処すべきだろうな。
俺は領主だ。言うべきときは言わねば!
「エル。ワーグナーには金がないんだ……」
ビシッどころか、寂しい懐事情をコソッと打ち明けるように言ってしまう。
別に俺のせいでワーグナー家が没落したわけではないが、貧乏を公言するのってちょっとためらっちゃうよね。あははは……はあ。
「ワーグナー家は公爵であろう? 十万G程度の金で困ることもなかろう?」
「姫様。ワーグナー家が栄えていたのは過去のことです。姫様が優雅な生活を想像されているなら、いまのワーグナー城の寂れた様子を見ると幻滅しますよ」
女騎士エリカがハッキリと言う。俺が付け加える言葉はない。だって彼女が説明した通りだからね!
エリカの言葉にエル姫の表情が固まる。
微女の顔面はピクピクとひきつる。
うむ、エル姫なりに現実が理解できたようだ。とてもわかりやすくショックを受けているね。
「……ワーグナーに金がないのは分かった。じゃが、わらわは生命を狙われておる。頼む、わらわを匿ってくりゃれ!」
「そりゃまあ、もともとエルを迎えに来たんだからいいけど。てか、俺たちはエルがダゴダネル家の養女になった経緯すら知らない。頼みごとをするなら、少しは事情を説明してくれよ」
「話せば、わらわの身柄を引き受けてくれるのか?」
「エルが話す内容次第だ」
エル姫が逡巡する。
うーむ、うーむと唸ったあと、意を決したように一枚の手紙を差し出してくる。
「それはなんだ?」
「わらわの祖父様が祖母様に送った手紙じゃ。読めばわらわの境遇が分かるであろう……ブブナ・ダゴダネルがわらわの生命を狙うようになった理由もな」
俺はエル姫から受け取った手紙を読む。すり切れてボロボロになった古い手紙には想定外の内容が書かれていた。
「我が領主! これは!?」
「驚きだな! エルがワーグナー家の血を引いているなんて……エリカは手紙の差出人、ランベルト・ワーグナー卿を知ってるか?」
「話には聞いたことがあります。先々代のワーグナーの領主で、『放浪卿』の異名を持つ領主になります。ですが、この手紙は信ぴょう性に欠けると思います」
「なんじゃと!? エリカは、わらわが嘘をついているとでも申すのか?」
「姫様を疑っているのではありません。書いてある内容が疑わしいのです」
「なにを根拠にそんなことをいうのじゃ!」
女騎士エリカが口をつぐむ。言うべきか言わざるべきか悩んでいるようだ。
俺はエリカに説明するよう促した。
「ランベルト・ワーグナー卿は『放浪卿』の異名の通り、世界中を旅された方です。そのため、いままでにも多くの者がランベルト・ワーグナー卿のご落胤だの子孫だのと名乗り出てきました。とはいえ、本物はひとりもいませんでしたが」
「だからといって、なにを根拠にわらわをニセモノだと決めつけるのじゃ!」
俺もエル姫と同じ疑問を持った。この世界でDNA検査ができるとは思えない。
「ワーグナーの一族の容姿には血の影響があらわれます。特に女性はその傾向が強いのです」
「エリカ。それってつまり、外見が似かようってことか?」
「我が領主。その通りです」
俺はエル姫の顔をじっと見る。彼女の背丈やスタイルはジーナ・ワーグナーとほぼ同じだ。ただし、容貌の方は……
「エル。ハッキリ言って、お前の顔はジーナに似てない。お前の言いたいことは分からないでもないが……」
「待つのじゃ! この顔は偽装じゃ! 亡くなられた母様から教えられた身を隠すための手段ぞ! すぐに化粧を落とすゆえ、待っておれ!」
エル姫はどこからともなく取り出した盥の水で、ざっぱんざっぱんと顔を洗う。やはりどこからか取り出したタオルで顔をごしごしこすり、スッピンの顔をずいっと突き出す。
「わらわはジーナとやらの顔を知らぬが、似ておるはずじゃぞ!」
どうだ! と言わんばかりの口調に反して、エル姫の目は少し泳いだ。彼女も百パーセントの確信は持てず、ワーグナー家の血筋ではないと否定される不安があったのだろう。
だが、エル姫の素顔は、驚くほどジーナに似ていた。そう。化粧を落としたエル姫は、のっぺりとした能面のような顔ではなく、海外のモデルさんのようなド派手な顔だちだった。甘えんぼうの仔犬を思い起こさせる少し垂れた眼も一緒だ。
とはいえ、ジーナとは異なる点もないではなく……
「……『黒ジーナ』って感じだな」
「そうですね。姫様の瞳と髪が黒いのは最初から分かってましたが、陽に焼けたような褐色の肌は化粧に隠されてましたね」
「に、似ておらぬのか? では、わらわの祖母様はワーグナーの名を騙った輩に騙されて……」
誤解したエル姫が落ちこみそうになるので、俺は急いで声をかけてやる。
絶対なんて保証はできないが、エル姫はワーグナーの一族で間違いないだろう。
「エルをワーグナー城に連れていったら、ジーナは驚くだろうな」
「ジーナ様は近しい身内がいませんので、従妹がいると知れば喜ばれるはずです」
女騎士エリカ・ヤンセンが微笑む。そういうエリカこそジーナにとって姉のような存在だと思う。ともあれ、ジーナみたいに騒がしいのがまたひとり増えるのか……
まあ、ワーグナー城が賑やかになっていいかな。うん、前向きに考えよう。
「我が領主。こうなると、手紙の後半部分。ランベルト・ワーグナー卿の御遺言が現実味を帯びてきますね」
「『我が血を引くホラント家の子孫にダゴダネル城を譲る』か。てか、なんでランベルト卿は、そんな遺言を残したんだろうな?」
「ひとつには当時のワーグナー家が隆盛だったことがあるでしょう。ランベルト卿の時代、ワーグナー家はいまのダゴダネル領を含めてプロイゼン帝国の三分の一を支配下においていました。大貴族が妾腹に城や領土を与えるのはよくある話。ランベルト卿も同様に考えたのではないでしょうか?」
「だけど、いまのダゴダネル家はワーグナーから独立してるぞ? そんな遺言に有効性はないんじゃないのか?」
「私の推測ですが、姫様が国内の下級貴族であれば遺言は無効との裁断が下されたことでしょう。ですが、姫様はルシアナ皇国の高貴な身分。自ずと対応は変わってきましょう」
女騎士エリカ・ヤンセンの話を聞き、当事者のエル姫が感心する。
「エリカは賢いのう。おぬしのような者がそばにおれば、わらわもこのように苦労せずとも済んだものを……」
「さすがは俺の女騎士だろう? で、エルはどんな目に遭ったんだ?」
「プロイゼン帝国の大臣からは『まずはダゴダネル家の養女とする。ゆくゆくは城と領地を継承させる』と言われたのじゃが、いざダゴダネル城に来てみると肩身が狭いうえに、ブブナに生命を狙われるようになったのじゃ」
「それで白磁の塔に立て籠もったのか?」
「そうじゃ。正直申せば、わらわは城などいらぬ。祖父様が遺してくれたというので興味はあったが、領地の運営など面倒くさくてかなわぬ」
エル姫があっさりと言う。
そういえばジーナも似たようなことを言っていたのを思い出す。
だから、それがエル姫の本心だろうと俺は思った。
「ダゴダネルを弁護するつもりは毛頭ないけど、奴らの立場からすれば、国家間の紛争の種を押し付けられた挙句、領地を取られちゃうんだよな。しかも根本の原因は先々代のワーグナーの領主にある。たまったもんじゃない。エルがダゴダネル領の継承権を放棄するって宣言すれば、問題は解決しないのかな?」
「我が領主。ダゴダネルがそんな交渉に応じると思いますか? そもそもダゴダネルは、今回の件とは関係なくワーグナーに戦を仕掛けてきたではないですか。いまは一時的な休戦状態にすぎません。私はともかく、リューキ殿もブブナ・ダゴダネルに殺されかけました。キレイごとばかり言っていては生命がいくつあっても足りません!」
「エリカ……ごめん」
平和に慣れきった日本人の感覚で話してしまった俺は、女騎士エリカ・ヤンセンに叱られてしまう。
つくづく甘ちゃんだなと思い、俺は深く反省する。
ふと横を見ると、ミイロたちゴブリン族の四人は完全に寝入っていた。思わぬ戦いに巻き込まれて彼らも疲れだのだろう。
時をおかずして、白磁の塔を巡る攻防戦が始まる。
俺も休めるうちに休んでおかねば。
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