第三十八話:フリーター、泣きそうになる
俺は、ワーグナーの領主だと(うっかり)告白してしまった……
対して、エルメンルート姫は茫然とする。が、すぐに「ひゃっはー! 待ってました!!」と小躍りして喜ぶ。
ずいぶんノリの軽いお姫様だな。
でもまあ、根は素直そうだし、悪い姫ではなさそう。
なんでここまではしゃぐのかは分からんけど。
「エルメンルート姫。大層お喜びのようですが、どうしてでしょうか?」
「当り前じゃ! 領主リューキ自ら、わらわを助けに来てくれたのじゃからのう! わらわのことは気軽にエルと呼んでくれてよいぞ。言葉づかいも気にせずともよい。これから仲良くしてくれなのじゃ!」
なんというか……つい最近、同じような経験をした気がする。
そうだ、ゴブリンロードのジーグフリードと出会ったときか。
はじめて顔をあわせたジーグフリードも、俺たちの訪問を歓迎してくれたな。最後は大変な目にあったけどさ……
「つかぬことをお伺いしますが、エル姫はワーグナーの使者とお会いになったことはございますか?」
「リューキ、かたくるしい! 『姫』はいらぬし、ざっくばらんに参ろうぞ!」
「では……エル、ワーグナーの使者と会ったことはあるか?」
「その調子じゃ! それでのう、ワーグナーの使者とはブブナと揉める前に会うたわ! 早う迎えを寄越せと何度も催促してしもうたが、悪かったのう!」
「いや、俺はそのような話は聞いてない。それどころか、エルがダゴダネル城から離れるのを嫌がっていると報告を受けたくらいだ」
「なんじゃと!? まるっきり逆ではないか! またもブブナの奸計かのう」
あんのじょう、ここでもブブナ・ダゴダネルの名前が出て来る。
まったく……あの女が関わると碌なことがない。
「かえすがえすも残念なのは、先ほどブブナを仕留め損ねたことじゃ。千載一遇のチャンスであったがのう……」
「エル。さっきの戦場にブブナがいたのか?」
「リューキはなにを言っておるのじゃ? そなたはブブナと話をしていたではないか。わらわは塔の二階から見ていたぞ」
えと、それって、つまり……
「ナナブって侍女は、実はブブナ・ダゴダネルだったのか?」
「今度はナナブと名乗っておったか。相変わらず嘘で塗り固めた女子じゃのう」
ナナブは単なる侍女じゃないと薄々感づいてたけど、まさかブブナ・ダゴダネル本人だったとは……
名前を偽ったとはいえ、よくもまあひとりで俺たちに近づいてきたものだ。
偽名を名乗って敵地に潜入した俺も、たいがいだけどね。
「マイロさん。ちと、良いがな? 聞きだいごとがあるでな」
会話が途切れるのを待っていたのか、ミイロが声をかけてくる。
気のいいゴブリン族の男は、いままで見たことがないほど真剣な顔をしていた。
そうだよな……ミイロたちは、複雑な心境だろうな。
俺、自分がワーグナーの領主だってこと、いままで隠してたもんな。
「ミイロ、ムイロ、メイロ、モイロ。さっきも言ったけど、俺、実はワーグナーの領主で……」
「そっただことはどうでもいいだ。大事なのは、これからマイロさんのこと、なんど呼ぶかだあ?」
「はあ!? 俺がワーグナーの領主だと知っても気にならないのか?」
「んだ。おでだちは仲間だしなあ」「おでも同じ考えだあ」「おでもだあ」
宿屋の亭主のミイロ、火煙師と兵隊を兼任するムイロ、鉱夫のメイロがあっけらかんと言う。
なんだ……そんなもんか。
みんな、ぜんぜん気にしないんだ。
てか、領主って高い身分じゃないのか?
印籠を出した後の水戸黄〇様みたいに、みんなが「ははーっ」と恐れ入るほどではないにしても、少しは驚くかと思ってたよ。
さすがにここまで平然とされると、ちょっと寂しいところもあるけどね。
「おで、驚いただ……」
ゴブリン族のフリーター、モイロが小さな声で言う。
下僕仲間でただひとり、ショックを受けた顔をしている。
「モイロ、黙っててごめん。ダゴダネルの奴らに身分を知られるわけにはいかなくて……」
「おで、驚いただ! 仕事してなくでも、領主になれるんだ!! 決めだ! おでもいづか、マイロさんみたいに領主になるだ!!」
おいおい、そっちかよ!
モイロよ、ずいぶんと前向きな性格になったな……
けど、領主になるのに、どんだけハードルが低いと思ってるんだ?
ひょんなことから領主になっちまった俺が言うのもなんだけどさ。
「んで、おでたちは、これからマイロさんをなんと呼べばいいだ?」
「好きに呼べばいいよ。いままで通りのマイロでもリューキでも」
「他にも呼び方あるだか?」
「そうだなあ、エリカは俺を我が領主って呼ぶかな」
「格好ええだ! ほんなら、おでもそう呼ぶだあ!」
「そうか。ミイロたちに我が領主って呼ばれると照れくさいな」
「「「「んじゃあ、我が領主! これからもよろしぐたのむだあ」」」」
訛りのせいか、「マイ・ロード」が「マイロどん」にしか聞こえない。
なんというか、我が領主と違って、一気にしまりがなくなった。
まあ、別にいいけど……親しみやすそうだしさ。
「して、領主リューキよ。わらわたちは、いつワーグナー城に行くのじゃ? 迎えの軍勢は来るのであろう?」
今度はエル姫が勢い込んで尋ねてくる。
ダゴダネルの城はもとより、ブブナ・ダゴダネルのそばから一刻も早く離れたいという感じに聞こえた。
「エル。俺の配下の軍勢は国境付近に待機してる。頼もしい守護龍ヴァスケルもそろそろ合流するはず。俺たちの帰還が遅くなれば、きっと行動を起こすだろう。数日我慢してくれ」
「すぐには来られぬのか?」
「残念ながら無理だな。救援部隊が来るまで、この白磁の塔で籠城するしかない。エル、塔にいる者たちを紹介してくれ?」
「紹介するもなにも、塔にはわらわしかおらぬ」
「はあ!? でも、ブブナたちダゴダネルの攻撃を見事に退けたじゃないか。エルが二階から矢を射ていたときも、他の階から矢や投石攻撃があったのを見たぞ?」
「リューキは知らぬのか? わらわの故国、ルシアナ皇国が誇る神器の御業を?」
エル姫が懐から丸まった紙を取り出す。
彼女はゴニョゴニョ唱えながら、取り出した紙を宙に投げる。
瞬時に、背丈が三十センチにも満たない小妖精があらわれ、俺のまわりを舞う。白い羽根の生えた小妖精は、クスクス笑いながら俺の髪を引っ張ったり肩に乗ったりする。イタズラのつもりだろうか、かわいいものだ。
小妖精は、俺に膝枕されて眠り続ける女騎士エリカ・ヤンセンの脇に降りたち、心配そうな顔をする。
おう、かわいいだけじゃなくて、いいヤツそうじゃないか。
「ルシアナ皇国では神器の研究が盛んでの。わらわが得意とするのは、神紙に精霊の魂を宿らせることじゃ。小妖精たちは良い奴らじゃぞ。暇なときの遊び相手から戦のときの兵隊まで、どんな頼みも聞いてくれるのじゃ」
「へえ! いいな。俺も小妖精を召喚できるかな?」
エル姫が大きすぎるメガネをかけ直す。
そこそこ美人のメガネ微女が、ちらりと俺を見て「無理じゃ」とひと言漏らす。
「無理? なんでだよ?」
「適性がないからじゃ。このメガネも神器での。これを使えば、おぬしの適性が分かるのじゃ」
エル姫が断言する。
そりゃもう、とりつく島のないくらい、ハッキリと。
「別に良いではないか。リューキの代わりに、わらわが小妖精を呼んでやるぞよ」
エル姫がにっこり笑う。微女の微笑み。
彼女は右の手のひらを上に向け、俺に突き出してくる。
「エル、その手は何だ?」
「小妖精ひとりにつき、二Gでよいぞ。リューキには特別割引してやるのじゃ!」
「金を取るのか?」
「当たり前じゃ。わらわは人質の身。小銭でも稼がないと服や化粧道具も買えぬ」
エル姫が、さも当然のように言う。
いやいや、ちょっと待ってくれ。
お前さん、結構な額の請求書を廻してこなかったか?
ブブナの魔の手から助けてもらっちゃったし、異国とはいえ皇位に近いお姫様相手なので、どうやって話を切り出そうかと思ってたけど、エル姫の方からお金の話を持ち出してくるなら、俺からも聞いちゃうぞ。
俺は収納袋から請求書の束を取り出す。すべて『エルメンルート・ホラント』の署名入りの請求書だ。
総額:二万五千G。
ちなみに、ワーグナー城のローン支払いは月額一万G。
城の守備隊、オーク族四百名への手当は、年額一万G。
それらと比べても、エル姫はなかなかの使いっぷりだと思う。
俺は請求書の束を差し出す。
エル姫は不思議そうな顔をして、書類の山を眺める。すぐに状況が飲みこめたのか、彼女は微女なりに表情をキリっとさせながら、俺に請求書の束を突き返す。
「リューキ! ブブナ・ダゴダネルの仕業じゃ! あの女は、また大変なことをしてくれたぞ!」
「なに!? すると無駄遣いしたのはエルじゃなくてブブナなのか! 畜生! あの女、碌でもないことばかりしやがる!」
俺は憤る。
同時に、エル姫を疑ってしまったことを謝ろうとする。
「そうではない。買い物をしたのは間違いなくわらわじゃ。人質とは退屈でのう。出入りの商人から買い物するくらいしか楽しみがないのじゃ。わらわが怒ったのは金額が違うことじゃ。かれこれ十万Gは買い物をしたはずだからのう。七万五千Gもずれておる。まったく、ブブナという女は書類の管理もズサンなのか、困ったものじゃ」
エル姫が深い溜息をつく。
逆に、俺は呼吸が止まってしまった。
……おいこら。いま、なんて言った?
十万Gも払っちまったら、金庫の金はどれだけ残ると思ってるんだ? ワカリマセン。だよねー、けどねー、たぶんだけどねー、今月のローン一万Gを支払ったら、残金は二万Gちょっとだと思うんだよね。ねえ、知ってる? ローンが払えなくなったら、俺、死んじゃうんだよ。そうさ、俺ってあと三ヶ月しか生きられないんだ。思えば短い人生だったな。領主リューキ、ここに死す。がっくし。いやいや、やめてくれ。なんで俺が、のっぺり顔の微女の散財で生命を失わなきゃならないんだ! 畜生! だれかー、なんとかしてくれー! 同情するならGをくれー! くっそー。なんでだ! なんで俺ばっかり……
「我が領主……泣いておられるのですか?」
か細い声が聞こえる。
戦いで傷つき、自分の方が辛いはずなのに、俺の身を案じてくれる優しい声。
俺の女騎士が目覚めた声だ。
「泣いてなんかない!」
「そうですか……なら、良かったです」
女騎士エリカ・ヤンセンがゆっくり起き上がる。
膝の上からエリカの頭の重みがなくなり、俺は少しだけ残念に思う。
けど、エリカは目覚めてくれた。
俺の女騎士は意識を取り戻してくれたんだ!
俺は本気で涙を堪えなければならなくなった。
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