第三十七話:フリーター、白磁の塔に逃げ込む
白磁の塔の一階。
分厚い石の壁に囲まれた円形の部屋に俺たちはいた。
壁の銃眼は既に木板で塞がれており、外の様子は分からない。
蝋燭一本だけの薄暗い室内で目に留まるのは、二階と地下に繋がる螺旋階段、簡素な収納棚、意識のない女騎士エリカ・ヤンセンが横たわる長椅子くらい。
床に散らばるクロスボウや短弓、矢などの武具、金属くず、木片、紙くずなどを脇にやり、俺とゴブリン族のミイロたちは石畳の床にあぐらをかいて座る。
腕を組み、興味深げに俺たちを眺めていた塔の住人が、ようやく口を開く。
「ワーグナーの方々、ダゴダネルの兵は撤収したようじゃ。しばらくは休めるであろう……それにしても賑やかな登場の仕方であったな。わらわとしては、もう少し穏やかに会いたかったのじゃがな」
「もしかして、あなたがエルメンルート・ホラント姫、いえ、姫様ですか?」
「言葉をあらためる必要は無い。わらわはワーグナー家に預けられる身じゃからのう……もっとも、ここから生きて脱出できればの話じゃがな」
大きなメガネの小さなお姫様がクスリと笑う。
そう。ようやく会えたエルメンルート・ホラント姫は、やたらとズリ落ちる大きなメガネをかけたチビッ娘だった。
背丈は元領主のジーナ・ワーグナーと似たり寄ったりで、百五十センチを僅かに超える程度。薄暗い室内では分かりにくいが、髪は俺と同じ黒髪のよう。
戦いの最中だから仕方ないかもしれないが、飾り気のない格好は皇位に近い高貴なお姫様にはとても見えない。
姫様の容貌はどう表現すれば良いだろうか?
ブサイクではないが、噂に聞く「亡国の微女」の異名も分からないでもない。
背丈同様、顔の全体的な印象もジーナに似てるが、ド派手な美人のジーナに比べて、姫様の顔のパーツひとつひとつは自己主張に欠けている。ハッキリいって地味。印象に残りにくいとでも言おうか? むしろ、目立たないような化粧をしているんじゃないかとすら思った。
まあ、俺の考え過ぎだろうけどね。
「して、おぬしらは何者じゃ? ワーグナーの使者なのは間違いなさそうじゃが、ヒト族とゴブリン族と、その意識を失っておるのは魔族の女騎士じゃな。おかしな組み合わせじゃのう」
へ!? 魔族の女騎士?
エリカのこと言ってるんだよな?
魔族って、悪魔とかそういう分類だよね?
……エルメンルート姫が放ったひと言に、俺は衝撃を受けた。
エリカは百歳を超えていると聞いていたが、単純に異世界のヒト族は長命なのだと思っていた。ファンタジーな世界なだけに長寿なエルフの血でも混ざっているのかとも想像した。エリカは二十歳そこそこにしか見えないし、エルフっぽいイメージのキレイなお姉さんだしね。まさか、魔族とは思いもしなかった。いや、それがどうした。リューキよ、そんな些細なことでショックを受けてどうする! 別にいいじゃないか魔族でも。俺みたいに弱っちくて短命な人間を救うために、エリカは自らの生命を投げ出そうとしたんだぞ。なのに俺ってば……くっ、小っちぇえ男だな。おい、リューキさんよ。お前さん、魔族って聞いて、急にブルっちまったんじゃないのかい? え、そうじゃない? 最初からビビってたって? うん、そうだね。すっごく怖かったもんね。出会って早々、いきなり斬られそうになったからね。いまとなっては懐かしい思い出です。そういえばエリカの尋常でない殺気を感じても、怖いと思わなくなったなあ。なぜだろう? やっぱ、エリカのイヤイヤを見てからかなあ? きっとそうだな。ギャップがなんとも言えないんだよな。それに、なんといっても膝枕とフーフーの絶妙なコンビネーション。おう、思い出しただけでも心がとろけそうだ。膝枕とフーフーの極楽タイムを堪能できるなら、頭突きの百や二百喰らっても……
「このヒト族の男はどうしたのじゃ? 急に固まってしまったが、何かショッキングなことでもあったのか?」
「エルメンナントカ・ホラナントカ姫さんや。大丈夫だあ。マイロさんは、ときどきこうなるだあ」
「そうか、なら良いのじゃが」
「んでは、いまのうぢに、おでだちの自己紹介でもするが」
「ああ、ぜひとも頼む」
「おで、ミイロだ。でも、ほんどの名前はミリアンだあ。宿屋の亭主しでるだあ」
「おで、ムイロだ。でも、ほんどの名前はムタルだあ。火煙師と兵隊しでるだあ」
「おで、メイロだ。でも、ほんどの名前はメッシーナだあ。鉱夫しでるだあ」
「おで、モイロだ。でも、ほんどの名前はモーリッツだあ。いま仕事は無えが、やりがいのある仕事を探しでるだあ」
「ミイロとムイロとメイロとモイロじゃな、よろしく頼む。わらわの名前は長いから『エル姫』で構わぬぞ。して、そちらの女騎士はなんという名前じゃ?」
「こっちの女子はエリカさまだあ。んで、そっちのマイロさんと良い仲で……」
白日夢が解ける。俺は長椅子の端に座り、女騎士エリカ・ヤンセンを膝枕していた。しかも自分でも気づかないうちにエリカの頭をなでている。なんでこんな状況になったのかサッパリわからない。
まあ、いいか。
ふと顔を上げると、ミイロとムイロとメイロとモイロが、競い合うように俺のことをエルメンルート姫に説明している。
こりゃマズい!
このままでは面白おかしく膨らませた噂話を吹聴されてしまう!
危険を察知した俺は、自己紹介がてら急いで会話に割り込むことにした。
「俺、マイロだ。でも、本当の名前はリューキだ。ワーグナーの領主だ」
エルメンルート・ホラント姫がぽかんと口を開けたまま固まる。はずみで、彼女の大きすぎるメガネが床に落ちてしまう。
おう! 俺、やっちまったなぁ! つい、本当の自己紹介をしちまった。
こうして「エリカ様と下僕のマイロ」の寸劇は幕を閉じましたとさ。
~おしまい~
いやいや、そういう話ではない!
そういう話ではないけど、あえて偽名を続ける必要がなくなったのは事実。ダゴダネルにも俺の素性がバレちゃったみたいだしね。まあ、これもひとつのタイミングだ。これからは領主リューキを堂々と名乗ろうか。
領主として、エルメンルート・ホラント姫と積もる話もしなきゃいけないしね。
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