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第三十六話:フリーター、神器の鎧と契約を結ぶ

「『俺のエリカ』だって? 主人の女騎士(ナイト)に向かっておかしなことを言う下僕(しもべ)だねえ……いや、もしかして! てめえら、そいつを絶対に逃がすな! とんだ獲物(エモノ)(まぎ)れ込んだかもしれないよ!!」


 ダゴダネルの侍女(じじょ)ナナブが命令を下す。

 どうやら俺の正体(実は領主(ロード))はバレてしまったようだ。


 ナナブの(めい)を受けた黒鎧の兵が、俺に魔の手を伸ばしてくる。女騎士(ナイト)エリカを相手するときとは異なる余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な態度が(にく)たらしい。手だてのない俺は、後ずさりするしかない。

 数歩後退したところで、白磁(はくじ)の塔からごうっと大きな音が聞こえてくる。直後、ナナブのすぐ(そば)に火球が落下する。地面で()ぜた火球は、あたり一面に火の粉をまき散らす。


(あち)いっ! てめえら、水を持ってこい! さっさと火を消すんだよ!!」

 

 服に火が燃え移ったナナブが(あわ)てふためく。ナナブに従うホブゴブリン兵が右往左往するなか、次々と火球が落下する。加えて、塔からの投石が再開されるに至り、混乱の度合いはさらに増していく。


「ワーグナーの方々(かたがた)! 早くこちらに来るのじゃ!!」


 白磁(はくじ)の塔から声をかけられる。見上げると、二階の窓から女性が半身を乗り出し、クロスボウらしき武器で矢を射まくっている。塔の住人は俺たちに味方してくれるようだ。ありがたい。俺はとりあえず白磁(はくじ)の塔に避難することに決めた。


「みんな、ついて来てくれ!!」


 俺はミイロたちに声をかけ、混乱のなか放置された女騎士(ナイト)エリカの元に向かう。


「エリカ、立て! 塔のなかに逃げこむぞ!」


我が領主(マイ・ロード)……私を置いて……お逃げください……」


「そんなことできるか!! ほらっ! 行くぞ!!」


 俺はエリカを起き上がらせようとする。

 女騎士(ナイト)身体(からだ)は一ミリたりとも持ち上がらない。


「ぐわっ! なんだこの重さは!?」


 エリカを見ると完全に意識を失っていた。ミイロたちと五人がかりで(かか)えあげようとするが無理だった。これもエリカの鎧『鉄の処女(イゼルネ・ユンフラウ)』の呪いか。時間がない。ナナブがいつまでも俺たちを放っておくはずはない。気持ちだけが焦る。エリカが目を覚ます様子はない。


「ワーグナーの方々(かたがた)! 急ぐのじゃ!!」


 白磁(はくじ)の塔から決断を迫るような声がする。

 俺にはエリカを残して逃げる選択肢は考えられない。


「ぐぐぐ! んががぁあーー!!」


 俺は何度もエリカを持ち上げようとする。やはりビクともしない。


契約者(フェトラクスパルタイ)エリカ・ヤンセンの主君よ。無駄なことはやめよ>


 頭のなかに無機質な声が聞こえる。


 なんてこった! 俺の妄想癖は(つい)にここまで来ちまったか!?

 こんな大変な時に、(ちく)しょ……


<聞いておるのか? わらわは、おぬしが呪器(じゅき)と呼ぶ存在じゃ……まあ、自分では神器(しんき)だと思っておるがのう>


<なに!? お前は俺の妄想じゃなくて、『鉄の処女(イゼルネ・ユンフラウ)』か? 意思を持つ鎧だったのか……だったら話は早い。エリカを動かせないんだ。何とかしてくれ!>


<無理じゃ。契約者(フェトラクスパルタイ)エリカ・ヤンセンは、ここにとどまると決めた。主君の重荷になるくらいならば、死を選ぶ。それが契約者(フェトラクスパルタイ)エリカ・ヤンセンの明確な意志。わらわはその決断に従うことしかできぬ>


<そんな! 俺はエリカに助けてもらってばかりで何も恩返しできてない。頼む、俺の女騎士(エリカ)を助けてくれ!>


<『俺のエリカ』じゃと? 面白いことを言うのう、おぬしたちはどういう関係なのじゃ?>


<そんなことはどうだっていいだろう! なあ、頼むよ……>


<大事な話じゃ。おぬしたちは、単なる主君と臣下の間柄(あいだがら)ではないようじゃな……ひとつ尋ねる。おぬしは、この女騎士(ナイト)のために生命(いのち)()けることができるか?>


<できる! 俺はエリカのためなら、地獄の底にだってつきあってやるさ!>


<そうか……ならば、わらわたちの契約におぬしの名前を加えてやっても良いぞ。さすれば、おぬしの望みもかなえてやれる>


<契約を結べばエリカを救い出せるんだな? さっさとやってくれ!>


<ずいぶんと急ぐのう……契約内容をなにも説明しておらぬが、良いのか?>


<構わない! 早くしてくれ!>


<わかった。して、おぬしの名はなんというのじゃ?>


<俺はリューキ・タツミだ>


<承知した。リューキ・タツミよ、契約の代償はおぬしの女騎士(ナイト)に尋ねるがよい……>


 意識が戻る。ゴブリン族のミイロたち四人が、俺の記憶にあるのと同じ格好で立っていた。心配する表情までそのまま。俺が『鉄の処女(イゼルネ・ユンフラウ)』と契約を交わしたのは、一瞬の出来事だったようだ。神器(しんき)とやらの邂逅(かいこう)が、いつもの白日夢でなく現実に起きた話であればだが。


「エリカを連れて逃げるぞ!」


「マイロさん? だども、エリカ様は重くで……」


 俺は、意識のないエリカの背中と(もも)に手をまわす。甲冑越しにも彼女の体温を感じる。気合を入れる。軽々(かるがる)ってわけにはいかないが、なんとかエリカを抱え上げることができた。笑顔でお姫様抱っこするには、もっと筋トレが必要だと思った。


「マ、マ、マ、マイロさーん! どしただ!? 急に力持ちになっただ!」


「教えてやるよ、これは『火事場(かじば)馬鹿力(ばかぢから)』っていうんだ! よし行くぞ!」


 女騎士(ナイト)エリカ・ヤンセンを抱えて俺は駆ける。ミイロ、ムイロ、メイロ、モイロのゴブリン四人もあとに続く。間一髪、俺たちは白磁(はくじ)の塔のなかに逃げ込む。黒鎧のホブゴブリン兵の追撃は、塔の住人が足止めしてくれた。


 聞くに堪えない罵詈雑言(ばりぞうごん)が塔の外から聞こえてくる。

 ダゴダネルの侍女(じじょ)ナナブが怒り狂っているようだ。

 

 見た目や最初の印象とまったく異なるナナブの本性を見て、女って(こわ)いとつくづく思った。

最後までお読み頂き、ありがとうございます。


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