第三十五話:フリーター、また戦いに巻き込まれる
今回もまた、領主リューキは偽名を使っています。
下僕マイロ視点です。
「クソッタレ! よくもやりやがったな! ぜってえ、ぶっ殺してやるからな!!」
ダゴダネルの侍女ナナブが罵詈雑言を吐く。
それが合図であったかのように、黒鎧の群れが四方の闇からわき出てくる。
同時に、白磁の塔を遠巻きに囲む城壁から石弓、投石機の攻撃がはじまる。
俺の身を護るべく、女騎士エリカ・ヤンセンが仁王立ちする。彼女は散発的に降る流れ矢や投石を大剣で弾いてくれる。
うむ、相変わらず頼もしいね。
対して俺は、あたふたするばかり。
うん、我ながら情けないな。
突如はじまった戦いに困惑する俺に、状況を説明してくれる者はいない。
黒鎧のホブゴブリン兵は俺たちの存在を気にも留めない。
さっきまで親しげに話していたナナブも同様。「殺せ!」だの「やっちまえ!」だの物騒な言葉を叫ぶばかり。俺のことなどすっかり忘れてしまったかのようだ。
ねえ、なにがどーなってるの? 誰か教せーて?
白磁の塔の上から、ごうっと大きな音が聞こえる。
見上げると、最上階の六階から火球が放たれたところだった。次々と発射される火球に照らされ、塔の全容が明らかになる。
白磁の塔は高さ二十メートル弱、直径十メートルほどの円形の塔。いかにも軍事拠点といった感じの頑強そうな建物だった。
塔から放たれた火球がダゴダネル城の城壁に命中し、耳障りな爆発音が響く。城壁では、あちこちで火災が発生し、崩落も起きていた。
「ひるむな! かかれ!!」
指揮官らしき黒鎧の兵が号令する。
ダゴダネルのホブゴブリン兵が白磁の塔に押し寄せる。塔の破壊が主目的なのか、大半の兵の手には大槌が握られていた。
白磁の塔からも反撃がはじまる。
上層階から鋭角に撃ち込まれるソフトボール大の石は、押し寄せるホブゴブリン兵を次々に昏倒させる。鎧の上からでも大ケガを負わせる威力を目の当たりにして、指揮官らしきホブゴブリンが退却を命ずる。
「てめえら! 逃げるんじゃねえ!! 行け! 行くんだよ!!」
ダゴダネルの侍女ナナブが叫ぶ。なかなかの無茶ぶり。にもかかわらず、黒鎧の兵たちは本当に後退を止める。
マジか!? ナナブさん、あんたいったい何者だよ? てか、さっきから言葉が汚すぎるし、怖えーよ。
ホブゴブリン兵は密集隊形をとり、大盾を頭上に隙間なく並べる。大盾を割らんばかりの勢いの投石に耐えながら、黒い軍団は進撃を再開する。
黒鎧の包囲網が徐々に狭まる。ホブゴブリン兵が塔の外壁の目前に迫ったとき、低層階の銃眼から機関銃のような勢いで矢が射出された。
「なっ! ぐおっ!」「うぐっ……」「ダメだ! 引けーーー!」
間断なく撃ち出される矢の多くは鎧に弾かれたが、防具の隙間をすり抜けた矢はホブゴブリン兵の生身の身体に突き刺さる。至近距離からの矢を避けるべく大盾を前面に向けると、強烈な石の弾丸が頭上から襲いかかる。
水平方向からは矢、頭上からは投石。二方向からの同時攻撃を防ぐ手立ては、ダゴダネルのホブゴブリン兵にはない。
援護射撃を期待しようにも、城壁に据えられた石弓や投石機は、白磁の塔から放たれた火球にやられて早々に沈黙してしまっている。
「クソっ! てめえら、ワーグナーの奴を捕まえて肉の盾にしな! マイロっていう貧弱そうなヒト族の男がいい。腕や足の二、三本折ったって構わねえが、殺すんじゃないよ!」
ナナブの命を受け、黒鎧のホブゴブリン兵が一斉にこちらを見る。
いまのいままで無視してたくせに……それはともかく、白磁の塔をめぐる攻防戦を傍観していた俺は、強制的に当事者の仲間に入れられてしまった。しかもなぜか、エルメンルート・ホラント姫のいる塔側の方に。
黒鎧の兵は一瞬だけ戸惑った様子を見せたあと、俺だけでなくゴブリンの下僕仲間にも同時に襲い掛かってくる。
うん、黒鎧のホブゴブリン兵は、俺たち五人を識別できなかったようだね。
まあ、想定内の展開だけどさ。はあ……
「ちがう。おで、ミイロだ。マイロさんはあっち行っただ」
「ちがう。おで、ムイロだ。マイロさんはそっち行っただ」
「ちがう。おで、メイロだ。マイロさんはこっち行っただ」
「ちがう。おで、モイロだ。マイロさんはどっち行っただ?」
打ち合わせ通りの攪乱作戦で、黒鎧の兵は混乱する。ホブゴブリンはゴブリンより知性が高いはずが、意外と単純で良かった。
「ええい! マイロはどいつだ?」
「私がマイロよ。さあ、かかって来なさい!」
指揮官らしき黒鎧の問いに、女騎士エリカ・ヤンセンがマイロを詐称する。マジメな彼女にしては、なかなかユニークな冗談だ。
対して、ホブゴブリン兵は本当にエリカに襲いかかってきた。
おいおい、マジかよ?
おまいら、本気でエリカを俺だと思ったのか?
まさか! これってもしかして! 俺たち、入れ替わってるー!?
……って、んなわけあるかー!
エリカは黒鎧のホブゴブリン兵をあっさり返り討ちにする。キレイなお姉さん騎士は相変わらずとても強かった。
「てめえら、なにやってやがる! ヒト族とゴブリンならともかく、男と女の区別もできねえのか? 見た目で区別するのが苦手なら、てめえらの得意な鼻を使え! 男と女は匂いが違うだろ匂いが!」
「ですが、この女の身体からも男の匂いが漂ってきまして……」
「はあ!? ……ワーグナーの外交団とやら、てめえらウチの馬車のなかでナニしてくれたんだ?」
それは誤解だ! 俺たちは何もしていない!
俺はエリカに頭突きを喰らい、膝枕してもらい、一子相伝のフーフーをしてもらっただけだ! そう、話せばわかる!
いや、膝枕の極楽タイムはふたりだけの秘密にしたいね。
けど、説明しないと理解できないか。
いやいや、そんな話したらエリカが恥ずかしがってイヤイヤを始めちゃうな。
いやいや、イヤイヤ。んー、ややこしい。
まあその、なんというか……
「マイロさん、おめーってやつは……」
本職は宿屋の亭主のミイロが口を開く。
が、言葉が続かない。
「マイロさん、なんもこっただときまで……」
火煙師のムイロも同様。
途切れた言葉の代わりに、ため息が漏れる。
「おで、マイロさんのこと信じてだのに……」
鉱夫のメイロがポツリと言う。
やはり口は閉じられたままになる。
「マイロさんはいつでも女子のこと考えでる! 肝が太いだ。さっすが、おでたちの頭だあ!!」
ゴブリン族のフリーター、モイロが歓喜の声を上げる。
そればかりか、「キッス、キッス」と囃したてる。
おいこら、モイロは何を言ってる?
すごーく誤解してるぞ!
いやいや、誤解どころか曲解してるし、話を膨らませすぎてる。
「「「まあ、それも良いがあ」」」
ミイロとムイロとメイロが、軽いノリでモイロに賛同する。
待て待て、皆、簡単に納得するんじゃない!
よく考えてくれ! 俺がそんなハレンチな男に見えるか!?
状況をわきまえない野放図な男に見えるのか!?
え、見えるって? ああ、そうですか。じゃあ、仕方ないね。
いやいや、ホントに違うんだってば……
だって、俺たちはまだ手すら握ったことないんだよ!!
ゴブリンの下僕四人の頬が一様に紅潮する。
俺を見つめる彼らの目はキラキラしている。
四人の表情が輝くのは、宙を飛ぶ火球が明るいせいばかりではないだろう。
くっ……俺はまたひとつ噂話のネタを提供してしまったようだ。
畜生。
そんな不謹慎なやりとりの間も、噂の女騎士エリカは黒鎧の兵と対峙していた。
女騎士エリカは黒鎧の兵の苛烈な攻撃を上手くいなす。マッチョなホブゴブリン兵の大槌のひと振りをバックステップでかわす。相手の体勢が崩れたところに大剣を鋭く一閃する。ホブゴブリン兵の身体を包む黒鎧はエリカの剣技の前にはぺらぺらの紙同然。エリカが大剣を振るう度に、ひとり、またひとりと黒鎧の兵が倒れていく。
「てめえら! たかが女騎士一匹に何を手こずってる! さっさと仕留めろ!」
ダゴダネルの侍女ナナブに叱咤され、黒鎧のホブゴブリン兵が奮起する。敵兵は大槌や剣を捨て、大盾を前面に押し出して女騎士エリカを囲む。包囲網が十重二十重に分厚くなり、エリカが身動きできる範囲が狭くなる。
エリカの足さばきが僅かに鈍った瞬間、黒鎧のホブゴブリン兵は一斉に巨体を投げ出してくる。
想定外に挑まれた決死の肉弾戦に、さすがの女騎士エリカも慌てる。そんな混戦状態のなかでも、女騎士エリカは獅子奮迅の動きを見せる。ホブゴブリンの体当たりを右に左にかわし、すれ違いざま大剣を振るう。
だが両者の間では、背丈は倍ほどの、体重に至ってはさらに数倍の開きがある。残念ながら原始的な格闘戦でものをいうのは肉体そのもの。黒鎧のホブゴブリン兵は、倒れた仲間を踏み越え乗り越え、四方八方からエリカに飛びかかる。
背後から腕をつかまれたエリカは、そのまま黒い巨体の下敷きになる。難敵の女騎士を逃がすものかと、黒鎧の兵は味方ごと圧死させる勢いで次々と覆いかぶさっていく。
「やめろ! 俺の女騎士から離れろ!!」
思わず俺は叫ぶ。
拳大の石を拾い、エリカにのしかかっている黒鎧の山に投げつける。渾身の投擲は黒鎧に跳ね返され、コツンと情けない音を鳴らしただけだった。
「『俺のエリカ』だって? 主人の女騎士に向かっておかしなことを言う下僕だねえ……いや、もしかして! てめえら、そいつを絶対に逃がすな! とんだ獲物が紛れ込んだかもしれないよ!!」
ショートカットの小柄な侍女ナナブは、この戦場の支配者。そのナナブの命を受け、女騎士エリカ・ヤンセンを制圧したダゴダネルの黒鎧が俺にも魔の手を伸ばしてくる。
絶体絶命の危機。
巨漢揃いの黒鎧の群れのなか、後ろ手に縛られた細身のエリカの姿が見える。彼女は意識が朦朧としながらも、自らの足で立ち上がろうともがいている。
俺は、エリカが生きているのを見て安堵した。
同時に、痛々しい彼女の姿を見て、己の無力さを痛烈に感じた。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。




