第三十三話:女騎士エリカ、過去を語る
ダゴダネル領内。
ワーグナーの外交団を乗せた二台の馬車が平原を進む。
馬車の周囲にはホブゴブリンの騎兵が二十騎ほど並走する。護衛というより監視のようだ。
馬車の乗客は、外交団の正使エリカ、俺と四人のゴブリンたち。
小型の豪奢な馬車には俺とエリカ。大型の簡素な馬車にはミイロ、ムイロ、メイロ、モイロの四人のゴブリン。分乗する組分けは相談するまでもなかった。
ダゴダネル城に到着する直前、脚を痛めた馬が出たので、急遽小休止となる。
馬車を降りた俺たちは、ホブゴブリン兵の視線を遠巻きに感じながら集まる。俺とエリカを目の前にして、四人の下僕仲間が互いの脇腹を小突き合う。おめえだ、おめえだと互いを前に押し出そうとする。
なんだろう?
いまさら言葉を選ばなくちゃいけないような間柄でもない気がするが?
「おい、ムイロ。エリカさまだぞ? 言いたいことがあるんでねが?」
「おでじゃねえ、メイロだあ。メイロ、エリカさまに話があるんでねが?」
「おでじゃねえ、モイロだあ。モイロ、エリカさまに話があるんでねが?」
「いんや、マイロさんだあ。マイロさん、エリカさまに話があるんでねが?」
「俺? 俺がエリカ様になにを聞くって言うんだよ?」
「「「「決まってるだ! キッスのことだあ」」」」
俺以外の下僕四人がハモる。
途端に、俺の横でボンヤリと景色を眺めていた女騎士エリカ・ヤンセンが顔を真っ赤にしてイヤイヤをはじめる。
うおっ! こんな間近でエリカのイヤイヤを見られるとは!?
ゼロ距離イヤイヤは破壊力抜群だ! 俺、もう思い残すことないよ。五人そろって成敗されても本望だね!
「あなたたち! 私をからかうのは止めなさい!」
女騎士エリカが俺たちを叱る。
とばっちりもいいところな感じの俺は、パブロフのイヌ的反応でうつむく。
だが、下を向いたのは俺ひとりだった。
「エリカさま。あんま、怒んないでくで。ダゴダネルのホブゴブリンどもはおっかねえだあ。大事な話は生きているうちにせねばのお」
本職は宿屋の亭主のミイロが、ネジりタオルで冷や汗を拭きながら言う。
なんというか、ものすごくストレートに俺の背中を押してくれている気がする。
「大事な話って言われても……」
エリカ・ヤンセンがもじもじする。
てか、俺も一緒になってもじもじしてしまう。
「そっだあ。こん先、なにがあるか分かんねえがらな」
火煙師のムイロがあとに続く。
下僕仲間で、唯一の現役兵士でもあるムイロは、少人数で敵地のダゴダネル領を訪れている現状の危険性を一番強く認識しているのかもしれない。
「マイロさん。あんだはいいひとだあ。エリカさまも、分かってくださるだあ」
鉱夫のメイロが言う。
いかにも口下手なメイロは、それ以上言葉が出てこないのか、俺の目を見ながらうんうんと頷き続ける。左肩にくらべて不自然に盛り上がる右肩も、メイロの頭にあわせて揺れた。
「そっだあ。マイロさんは、おでを励ましてくれただあ。そんなやつ、めったにいねえだあ。マイロさんを逃がしだら、バチが当だるさあ」
ゴブリン族のフリーター、モイロが言う。
ほかの皆も同じようなものだが、もはや遠回しな援護射撃でも何でもない。
皆が応援してくれる気持ちは嬉しい。ただ、なにもこんなタイミングで話さなくても良いのではないかとも思った。
「マイロ……彼らは良い仲間ですね」
「まだ出会って日は浅いですが、とても気のあう仲間ができたと喜んでいます」
動揺を克服できたのか、女騎士エリカ・ヤンセンが草原を歩きはじめる。スラリとした長身から流れる銀髪は、夕陽を浴びて赤く染まる。
風を受けてさらさらと波打つ草原に、美貌の女騎士がひとり佇む。絵心があれば一枚描きたくなるような情景が目の前にあった。タイトルは……そう、『紅のワルキューレ』とでもしようか?
うーむ、イマイチ。
俺は絵心だけでなく語彙力も不足しているようだ。なんだか自分の芸術的センスの無さが急に恥ずかしくなってきた。
「先日、私はワーグナー城に帰還したら私の気持ちを答えると伝えました……覚えていますか?」
「ええ、もちろんです」
女騎士エリカが囁くように言う。俺はエリカの言葉をひとつも聞き漏らすまいとして、彼女のそばに寄る。
視界の端で、下僕仲間の四人がぶらぶらと歩き去るのが見えた。
なんだ。粗野なやつらだが、ちゃんと気が回るじゃないか。うん、感謝!
「マイロ……いえ、我が領主と呼ばせて下さい。実は、私のなかで答えは決まっています……ただ、いつお話するかだけでした」
胸の鼓動が早くなる。
心臓がバクバクいう音が聞こえてきそう。
やばい、喉がカラカラだ。
落ち着け、俺。
もうエリカの答えは決まっている。
俺はただ、それを受け止めるだけだ。
「先代のワーグナー卿が討たれ、ジーナ様の御生命も危うくなったとき、私は神に祈りました。私はどうなってもいい、ジーナ様をお救い下さいと……」
うん? ジーナの生命? 神? エリカはなんの話をしてるんだ?
「神は我々を助けて下さいませんでした……私は、悪魔にも同じ願いをしました。ですがやはり救いの主はあらわれませんでした」
今度は悪魔だと? いやいや待ってくれ。俺が聞きたかったのは、単純にイエスかノーの返事。なんでこんなに複雑な話になるんだ?
「最後に私は、神器の力を借りることにしました。いえ、神器と呼ぶには失うものが大きすぎました。先代ワーグナー卿が呼称したように、呪器とでも申しましょうか。でも、そのおかげで私はジーナ様をお救いすることができました」
「神器とか呪器とか、なんのことだ?」
「我が領主、私の甲冑のことです。この『鉄の処女』を着用した者は飛躍的に戦闘能力が向上します」
「エリカの甲冑は、そんなにスゴイ代物だったんだ」
「はい……ですが、代償もあります。私が知る限り、この甲冑を脱ぐことができた生者はいません。この甲冑を着用した者は、ヒトとしての温もりを知ることなく、戦闘兵器として生涯を終えています。なので、残念ながらリューキ殿のお気持ちに応えることができません……」
俺は言葉を失った。
確かに、俺はエリカが甲冑を脱いだ姿を見たことがない。俺は単純に、戦場では寝るときも鎧を着たままという武士のようなイメージで考えていた。でも、そうじゃなかった。
エリカは、自らの意志ではなく、神器の、いや、禍々しい呪器せいで、ヒトとしての幸せを得られない悲しい境遇なのだ。
「私をかわいそうだとお思いになりましたか? 先代ワーグナー卿が亡くなり、大戦で傷ついた守護龍ヴァスケル様が眠っておられた百年余。この『鉄の処女』のおかげで、私はジーナ様の危機を何度もお救いすることができました。私はワーグナー家に代々仕えるヤンセン家の女騎士。その使命を全うし続けていることを誇りに思っています……だから、大丈夫です。私は不幸せではありません」
女騎士エリカ・ヤンセンが顔を上げる。強い意志の力で無理やり拵えたような笑顔が痛々しい。
エリカのせつなすぎる笑顔を見て、俺は涙がこぼれそうになった。
彼女は百年以上もジーナを護り続けてきたんだ……
その誇りを支えにして生きてきたと。女騎士の鏡といえば鏡だけどさ……
え? ちょっと待って!
さっき、百年って言ったよね?
「なあ、エリカ。こんなときに尋ねるのもなんだけど、エリカっていくつだ?」
「マ、マ、マ、我が領主! 女性に年齢を聞いちゃいます? それってとっても失礼ですわ!!」
女騎士エリカ・ヤンセンがイヤイヤをする。
なんだか最近、イヤイヤの大盤振舞な気がする。
え? ダメじゃないよ。大歓迎さ! だけどね、大事なのはそこじゃない。そう、そこじゃないんだ!
イヤイヤを終えたエリカがふくれっ面をする。
イヤイヤをたっぷり堪能した俺は、途方に暮れる。
俺はこの異世界の常識はそれなりに理解したつもりだった。
けど、まだまだ学習が足りないようだ。
ひとつは女性の扱い方。
またまたエリカを怒らせちゃったからね。
生命の危機にも直結する大切なスキルは、全力で学ばないといけない。
もっと大事なのは神器やら呪器やらの秘密。
『鉄の処女』の束縛から脱する方法を見つけないといけない。
だって、エリカは俺が嫌いじゃないんだろ?
『鉄の処女』のせいで、俺の思いに応えられないだけなんだろ?
そう受け取っていいんだよな!
くそぅ……、やってやる!
女心も呪器も、どちらも俺が謎を解いてみせるさ!
畜生!!!
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