第三十一話:フリーター、恋路の邪魔をされる?
今回は前回の続きで領主リューキ視点からスタートします。
「女騎士エリカ・ヤンセン。捕虜のビタを解放してやってくれ」
「我が領主。承知しました」
エリカが大剣を抜く。簀巻き状態で横たわるビタ・ダゴダネルに近づき、ぶんと大剣を振るう。身を束縛していた縄が解かれ、捕虜のビタは自由となる。でっぷりとした巨体には傷ひとつない。
女騎士エリカの剣技をあらためて目の当たりにし、ビタ本人ばかりか、脇で見ていたゴブリン・ロードのジーグフリードも息をのむ。
「……礼は言わねえぜ」
「そんなもん、端から期待してない。だが、もしお前がまたゴブリン族に悪さをしたら……」
「ワーグナーの領主よ、そっちは俺様を信用してもらうしかない……じゃあな」
くるりと向きをかえ、ビタ・ダゴダネルが駆け出す。身長が三メートル近い巨漢の大鬼は草原を抜け、森の中に消えていく。
これからどこへ向かうかを、俺はあえて尋ねなかった。
「我が領主。本当にこれで良かったのでしょうか?」
「女騎士エリカ。なにが正解かなんて、あとにならないと分からないよ……ていうか、エリカに我が領主って呼ばれるのは久しぶりだな。なんだかくすぐったいよ」
「え? そうですか?」
「エリカ様と下僕のマイロの関係が板についてきたせいかな? でも、そろそろ元の関係にもどりましょうかね! エリカ様!」
「違います! こっちの方が仮の姿です……マイロ」
ワーグナーの外交団の正使、エリカ・ヤンセンが反論する。おさない子どもがするように膨らませた頬がピンク色に染まる。実に愛らしい。クールな女騎士の面影はどこへ行ったのやら。
最近のエリカは程良くくだけた感じだ。顔をあわせる度に笑顔を見せてくれる。とっても良い傾向です。
エリカ様と下僕のマイロの身分違いの恋は、順調に進展していますね!
俺はそんなことを軽く妄想した。
「そういえばエリカ様の乗馬は天馬なんですね! 俺も一度乗せてください」
「あの子の……シルヴァーナの気分次第です」
「シルヴァーナ? それが天馬の名前ですか。ところで、天馬はどこで見つけたんですか?」
「守護龍ヴァスケル様が捕えた獲物のなかに紛れてたんです。幸い怪我もなく失神してただけなので、すぐ元気になりました。というより、私が偶然通りかからなければ、危うくゴブリンたちに食べられるとこでしたが」
おう、なんてったい! ゴブリンは天馬も食べようとしたのか? 食欲旺盛にしても限度があるだろう。天馬は食用にしてはいけない生き物だと思うな。
ジーグフリードと別れ、俺はエリカのあとをついて歩く。五分もたたないうちに、天馬シルヴァーナの姿が草原の中に見えてくる。俺の下僕仲間、本職は宿屋の亭主のミイロが天馬の世話をしている。白く美しい毛並みをブラッシングされ、シルヴァーナは気持ち良さそう。
「マイロさん。もう、話は終わっただか?」
「終わったよ。なあ、ミイロ。俺も天馬に触らせてくれよ」
「マイロさんは馬の世話をしたことあるが? 蹴飛ばされんよう気いつけなよ」
ミイロが俺に注意を促す。もっともな忠告だ。
実は俺も昔、乗馬クラブでバイトをしたことがある。気性の荒いサラブレットに蹴飛ばされかけたこともある。ただ、ヤンチャな馬は誰に対しても乱暴だった。その点、シルヴァーナはエリカに従順だし、世話をするミイロにもちょっかいを出さない。たぶん大丈夫だろう。
「よーし、よしよし……」
TVで見たム〇ゴロウさんのように声をかけながら、俺はシルヴァーナに近づく。
俺のなかのイメージと異なり、天馬に翼は生えていない。どうやって空を飛ぶかなんて理屈は考えない。翼がないほうが乗りやすそうなのでむしろ好都合。こう見えても俺は乗り物酔いしやすい性質なのだ。
「おお、お前はなんと美しい天馬なんだ! 俺を背中に乗せてくれないか?」
俺はシルヴァーナに熱く語りかける。
赤兎馬と出会った呂布のごとく、松風を見つけた前田慶次郎のように、俺は大興奮した。
怒るかな? いいよな? 乗って良いよな?
心のなかで呟く。
俺はシルヴァーナの背中に手をかけ、思い切って飛び乗ろうとした。
ガブリっ!
うん、ダメでした。てか、痛えよ。
俺の右腕は肘までシルヴァーナに噛みつかれた。
天馬は草食なのか、腕をごっくんされなかったのがせめてもの救いだ。それでも、メチャメチャ痛い。
「こらこら、シルヴァーナちゃん。イタズラしたらダメですよっ」
エリカが天馬を叱る。
ただし、幼児を形ばかりにたしなめるような、ダメダメな叱り方だった。
あのー、エリカさん?
領主を守護する女騎士の役目はどうなりましたか?
「リュー……マイロ。残念ですが、この子は私しか乗せたくないみたいです!」
エリカがシルヴァーナの背中を優しくなでながら言う。
シルヴァーナは目を細め、主人であるエリカの顔に鼻面を寄せて、スリスリと擦り付ける。エリカは嫌がるそぶりを見せない。むしろ喜んでいる。
愛馬と戯れる女騎士の姿に、俺の心はざわつく。
……なんだろう、このせつない気持ち。すごく胸が苦しい。いや待て、どこに問題がある? キレイな女の子が動物をかわいがっているだけじゃないか。ほのぼのした気持ちになりこそすれ、嫉妬を感じるなどおかしな話。俺はどんだけ小っちぇえ男なんだ。くっ、俺ってやつは……違う!? そうじゃない! 俺の直感は正しい。あれを見ろ! 天馬シルヴァーナの勝ち誇るような目を! 俺を見下し蔑む眼差しを! 「ふん、キサマはそこで指でもくわえて見てな」的な態度を! いや、そう受け取るのは被害妄想すぎるか? いやいや、そんなことはない。シルヴァーナはエリカ様の美しい顔を舐めはじめたではないか。エリカ様は「きゃっきゃっ、もう、くすぐったいわね」なんて言いながら燥ぐが、シルヴァーナの目は笑ってない。天馬の真黒い目は俺を凝視している。「どうだ、羨ましいか? 俺たちはこんなにも仲良しなんだぜ」と、その目が語っている。畜生! おっと、久々に出たな。しかもこんな状況かよ。余計に腹が立つ。くそっ! 俺だってまだ舐めたことないのに。違う! それでは変態だ。そうとも、いい年した大人は人前で女の子の顔を舐めません。ふっ、天馬なんていっても、しょせんケダモノだな。俺はちっとも羨ましくない! ほ、本当だよ。まったく、天馬はどこまで調子に乗るのやら……
「もうっ、シルヴァーナちゃんたら! 甘えん坊なんだから!」
女騎士エリカが天馬から身体を離す。満面笑みのまま、大剣を抜く。続いて、シュッと空気を裂く音が聞こえた。俺には太刀筋がまったく見えなかった。
シルヴァーナに視線を戻す。一瞬、違う白馬がいるのかと思った。適度に乱れてワイルド系だった鬣は短く刈り揃えられ、野球少年の頭のようになっていた。
「やっぱり! ますます格好良くなったわ」
大剣を鞘に収めながら、エリカが胸を張る。俺にはエリカの美的センスが分からない。主人の剣技に驚いたのか、シルヴァーナは硬直していた。まあ、無理もないだろう。
「エリカさま! 鬣は切っちゃなんねえです! 天馬ちゅう生き物は鬣の見事さを競うんだでな」
「そうなの!? ごめんなさい。私、実は馬を飼ったことなくて、何も知らないの……」
「ま、いいだあ。天馬は怒ってねえ。次から気いつければいいだ」
天馬の世話係のミイロがエリカに意見する。
エリカは素直に反省する。
なるほど。エリカは女騎士だけど、馬を持つのははじめてだったんだ。じゃあ、仕方ないね。いずれにしても、涙目の天馬シルヴァーナはこれでエリカに絶対服従さ。うんうん、なんだか急に親近感がわいてきた。
まあ、そういうことで、ここはひとつ俺を背中に乗せてくれないかな……
ガブリっ!
うん、ダメでした。てか、すっげえ痛えよ。
俺の左腕は肘までシルヴァーナに噛みつかれた。さっきは右腕だったから、左右バランス良いね。いや、だからといって嬉しくもなんともないけどさ。
「シルヴァーナちゃん? さっきも注意しましたけど、ひとを噛んだらダメです」
エリカが天馬を叱る。最初に叱ったときより少しだけ強い口調。シルヴァーナは慌てて俺を解放する。野生のカンか。主人が天使から戦士に変貌しつつあることに気づいたようだ。
「マイロ。ごめんなさい、私の天馬はまだヒトに慣れてなくて」
「エリカ様。気にしないでください。なんとなく、シルヴァーナの気持ちがわかりましたから」
俺の言葉に、エリカはきょとんとする。彼女の気持ちを置き去りにしたまま、俺は天馬に目を向ける。天馬も俺を見返してくる。エリカが俺に優しいのが気に入らないようだ。漫画やアニメなら、俺とシルヴァーナの間でバチバチっと火花が飛んだだろう。
そう。こいつは俺の恋路のお邪魔虫になりそうだ。まったく想定外の伏兵があらわれたものだ。
天馬シルヴァーナにしてみれば、女騎士エリカ・ヤンセンは生命の恩人。ゴブリンに食われかけたところを救ってくれた救世主。しかも、エリカはなかなかの美人さんだ。だからシルヴァーナも惚れちまったんだろうな。
うんうん、その気持ち、わかるよ。俺の勝手なイメージだけど、天馬ってキレイなお姉さんに弱そうだしね。
なんだ、俺と一緒じゃん。
助けてくれたのがオッサンだったら、ここまで懐かなかっただろうな。
なんだ、やっぱ俺と同じじゃん。
さてさて、ここにきてヤキモチ焼きの天馬が登場した。
まったく。頼りになりそうだが、面倒くさそうな相手がやってきたものだ。
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