第三十話:フリーター、戦略を定める
前回から引き続き、領主リューキは下僕のマイロを演じています。
なので、スタートはマイロ視点です。
小休止のため、隊列が止まる。
ワーグナー外交団の正使、女騎士エリカ・ヤンセンの騎乗する白馬が、ぶるんと首を振る。
ゴブリン族の下僕のひとり――相変わらず、ミイロだかムイロだかメイロだかモイロだか区別がつかない――が白馬の手綱を取り、草原に生えた低木に繋ぐ。慣れた様子で手際が良い。休憩用の椅子やテーブルを組み立て、お茶の用意までする。
エリカのお世話をそつなくこなした下僕は、お褒めの言葉を頂戴する。
ああ、エリカ様。
俺にも仕事を与えてください。
そして、「よくやった」と褒めてください。
俺は嫉妬の炎で身が焼けそうです。
ひと仕事終えたゴブリン族の男が戻ってくる。下僕仲間五人で車座に座り、水袋の温い水を飲みながら談笑する。
「おめ、ひとさまの世話すんのうまいな。仕事はなにやっでんだ?」
「おで、宿屋をやっでんだあ。そういうマイロさんは、なにしでんだ?」
「ちがう。おで、ムイロだ。マイロさんはあっちだ」
「ちがう。おで、メイロだ。マイロさんはそっちだ」
「ちがう。おで……」
またもや無限ループに陥りそうになる。いちいち面倒くさい。
「マイロは俺だよ。なあ、俺たちの間だけでもお互いを見分けできるようにしないか? 顔をあわせる度に自己紹介をやり直すのは時間の無駄だ」
「んじゃあ、目印でもつけようがね。んで、宿屋の亭主は、いったい誰だあ?」
「おでだ、ミイロだあ。目印は……そっだあ! 宿屋で働くときど同じように、タオルを首に巻ぐが」
宿屋の亭主ミイロが使い古したタオルを取り出す。軽くネジり、首に巻く。
ふむ、首にネジ巻きタオルが宿屋の亭主「ミイロ」か。ちなみにミイロは、俺とエリカがオーデル村で知り合いになったミヒャエル少年の父親でもある。
「おで、ムイロだあ。おでは火煙師しでる。腰に火縄を下げでる。目印はこの火縄でどうだあ?」
「いいけど、そもそも火煙師ってなんだ?」
「狼煙を焚いで、遠ぐの仲間に合図を送るんだあ。狩りや戦場で働くのさあ」
ムイロは懐から短い導火線の付いた黒い玉を取り出す。「狼煙玉」というらしい。狼煙玉は火がつくと、もくもくと狼煙が上がるそうだ。
「面白い仕掛けだな。ところで狼煙で送る合図って、どんなのがあるんだ?」
「赤色の狼煙は『敵接近』、黄色は『増援求む』、紫色は『緊急事態』だあ」
「そんなにカラフルな煙が出せるんだ」
腰に黒色の火縄を吊るしている火煙師の「ムイロ」は、下僕仲間で唯一の現役兵士でもある。
身体つきは俺並みで平均的なゴブリンと比べて非力だが、敏捷なうえ、目も良いので、軍務に服する際は斥候の役回りらしい。
「おではメイロ、鉱夫だあ」
「鉱夫ってことは山で鉱物を掘ってるのか?」
「そっだあ。おでのおっ母は、おでをウスノロっていうけんど、ちからはあるでよ。おでは右腕が左腕より太いがら、身体を見ればわがるさあ」
「メイロ」は鉱夫。ごく一般的な職業。
言われてみれば、右肩が左肩より大きく膨らんでいる。ふつうに座っていても身体が傾いているように見える。いままで気づかなかったのが不思議なくらいだ。
「おでは、モイロだあ。仕事は……いまは無え。なにすっか考えてるとこだあ。わがりやすい目印は耳たぶだあ」
「耳たぶ? ああ、なるほど」
「わがっだが? おでの耳たぶは大きいだげでなぐ、垂れでる。みっどもねえだ」
モイロが恥ずかしそうに言う。
そういえば、下僕仲間で引っ込み思案なのがひとりいた。顔は俯き加減で、発言はいつも最後。それがモイロだったようだ。
モイロは、無職の境遇や外見を必要以上に恥じているようだ。
「モイロの耳は恥ずかしくないよ。そういう耳は福耳といって、縁起が良い吉相だと、俺の婆ちゃんが言ってた」
「本当が? ワグナーじゃあ、いいこというんだな」
「はは……それに、俺だって職を転々としてるよ。モイロもやりがいのある仕事が見つかるといいな」
「マイロさんも同じだかあ!? んじゃあ、おでもがんばるだ!」
俺がかけた言葉に、ゴブリン族のフリーター、モイロが目を輝かせる。
宿屋の亭主ミイロ、火煙師のムイロ、鉱夫のメイロも口々に励ます。うむ。なんというか、思いのほか良いチームになりそうな雰囲気だ。
……「エリカ様と下僕のマイロ」の寸劇は新たな局面を迎えた気がする。うむ、寸劇の第二幕の始まりだね。タイトルは「エリカ様と五人の愉快な下僕たち」ってとこかな。え? 第一幕はまだ終わってないって? そんなの知らん。俺の目は前しか向いていない。第一幕のエリカ様の最後のセリフ、「……私の返答は、ワーグナー城に帰還するまで待ってください」は胸の奥底に大事にしまっておく。そもそも、どうしてそんな展開になったんだ? わからん。俺はむしろ、ゆっくりと愛を育むつもりだったのに。まあいい。とにかく、第二幕はエリカ様の寵愛を争う五人の男たちの物語だ。え? 俺以外は誰も競ってないって? うん、そうかもね。けど、俺は負けない(誰に?) 俺が一方的に認定した四人の恋敵たちに勝って、“真実の愛”を手に入れるんだ! どこかで聞いたようなワードだな。なに? そもそも下僕は愛を争う役回りじゃないって? そうか。俺はまたもや設定ミスをしていたようだ。脚本家失格だね。てへへ。いや、そんなことはない。愛は障害を乗り越えてこそ強固になるのだ。恋敵の存在。身分違いの恋。メラメラと燃える以外ない! ロマンス爆発! 領主と女騎士。それとも、外交団の正使と下僕。身分の違いを上から見るか下から見るか。いや、そもそも俺とエリカは異世界人同士だし……
「マイロさん! 危ねえ!」
ミイロたち下僕仲間に突き飛ばされて、俺は転倒する。起き上がると、周囲は喧騒に包まれていた。見ると、大暴れするホブゴブリンにゴブリン兵たちが群がっている。
脱走した捕虜の捕り物騒ぎのようだ。
おう、なんてこったい!
俺が白日夢にふけっている間に、事件が起きたみたいだね。
てへっ、またやっちまったな。深く反省。
ビタ・ダゴダネルが丸太のような腕をぶんぶん振り回す。ボコっ、バコっ、と鈍い音を立てながら、ゴブリン兵たちが吹き飛ばされる。
ビタの奴、やっぱ強ええな。
ぼーっとしてる間に、俺も巻き込まれなくて良かった。
シモベーズのみんな、助けてくれてありがとう!
女騎士エリカ・ヤンセンが大剣を抜き、ビタ・ダゴダネルに迫る。
俺たちのエリカ様には敵わないと判断したのか、ビタはきびすを返し、反対方向に逃げようとする。
逃げる途中、ビタはエリカの白馬に駆け寄り、飛び乗ろうとする。
しかし白馬はビタの手を軽くかわし、天を駆け、お返しとばかりに強烈な後ろ蹴りをビタに浴びせた。
なに!? 馬が飛んだだと! エリカの白馬は天馬だったのか!
それにしてもお見事。ビタを一撃でノックアウトだ!
もんどりうって倒れたビタ・ダゴダネルをゴブリン兵が取り押さえる。ビタは頑丈な荒縄で何重にも縛られ、簀巻き状態になる。
「申し訳ございません。小用を足したいと言うので縄を解いた途端、ビタが逃走を図りまして……」
ジーグフリードが頭を下げる。責任の所在が部下にはなく、自らにあるとする彼の態度は潔い。だが、エリカの本分は領主を守護する女騎士。簡単にはジーグフリードの謝罪を受け入れない。
「ジーグフリード殿。捕虜の扱いをまた誤りましたね? 私は同じ失態は許さないと伝えたはずです!」
「も、申し訳ございません」
「エリカ様。幸い大したケガ人は出ませんでした。ここはひとつ穏便に」
「まあ、マイロがそう言うなら」
女騎士エリカ・ヤンセンの怒りを、俺はなんとか鎮める。ただ、俺たちはそれ以上何も話さない。いや、話せない。なにしろ、俺とエリカはキッスの間柄。大衆の面前で会話するのにも気を使う。これ以上、妙な噂をたてられても困る。
まあ、俺はまだいいけど、エリカは恥ずかしがりやさんだからね。
ひとの噂も七十五日というが、ゴブリンの噂はどれくらいで消えるのだろうか。
「マイロ、感謝します。あなたには助けられてばかりですね」
「ジーグフリード殿。気にしないでください。いつか、どーんとお返ししてもらいますから!」
「はは……借りが大きくなりすぎて、とても返せる自信がありませんよ」
ジーグフリードが苦笑する。いやいや、俺は冗談のつもりなのに。ジーグフリードは本気で困ったみたいだ。実にマジメな男だ。
一件落着した俺たちの脇で、騒動の元のビタ・ダゴダネルがモゾモゾし始める。
「うう……痛え、なんだあの馬は。ん? ワーグナーの!? お前、なんで五人もいるんだ?」
ビタ・ダゴダネルが俺と四人の下僕仲間を見て驚きの声を上げる。ホブゴブリンのビタも、俺たち五人は見分けられないようだ。予期した反応だが、あらためてビタに言われると、やはり複雑な心境になる。
俺ひとり落ち込むのをよそに、ジーグフリードはミイロたち四人の下僕に仕事を割り当て、俺たちから引き離す。同時に護衛のゴブリン兵も遠ざける。
結果、声の届く範囲には俺、エリカ様、ジーグフリード、捕虜のビタ・ダゴダネルの四人だけになる。
なんだろう? ジーグフリードは内緒話でもしたいのか?
「マイロ……いえ、領主リューキ殿とお呼びするのをお許しください。私はリューキ殿に感謝しています。オーデル村を私に任せて頂き、離散していた一族の者たちが一緒に暮らせるようになりました。彼らに腹いっぱいメシを食べさせることもできました。皆があれほど幸せそうな顔をするのを、私は初めて見ました」
ジーグフリードが俺に頭を下げてくる。あらためて礼を言われると、なんだか照れ臭い。
「リューキ殿には大恩があります。私だけでなくゴブリン族すべてが同じ気持ちです。ですが、ひとつだけ意見を言わせて下さい……我々ゴブリン族は、やはりホブゴブリンとは共存できません」
ジーグフリードが断言する。簀巻き状態で横たわるビタ・ダゴダネルを一瞥し、言葉を続ける。
「ホブゴブリンは我々を見下し、奴隷扱いします。彼らの都合で戦場に駆り出し、危険な最前線に送ります。確かにホブゴブリンは、ゴブリンよりも身体が大きく、力も知性も上です。我々の上位種族であることは認めざるを得ません。ですが、彼らに隷属するのはもう勘弁です」
「そうか……俺はジーグフリードの意見に完全に賛成する。ビタはどうだ? お前はダゴダネル家の次期当主になりたいらしいが、ゴブリン族との関係はどう考える? 現状のままか? それとも再考するのか?」
ビタ・ダゴダネルは、束縛されて横たわったまま天を仰ぐ。
しばらく考えたのち、ようやく口を開く。
「……俺様もジーグフリードと同じ考えだ。両種族の関係は変えていきたい」
「本当ですか? この場限りの嘘をついても、すぐにばれますよ」
ビタの答えを聞き、ジーグフリードが吐き捨てるように言う。紳士的な彼にしては感情的な言い方だ。
対して、ビタは上半身を起こしながら懸命に反論する。
「嘘じゃねえ! このままじゃあ、俺たちホブゴブリンはダメになっちまう。特に、若い奴らはゴブリンの使用人になんでも任せて、自分は楽をすることしか考えてねえ。戦だってそうさ。俺様は、本当はそんな状況が嫌なんだ」
「ゴブリン・ロードの私がそれを信じるとでも? ゴブリンの同族争いを煽り、オーデル村を攻めさせたあなたの言葉を信じろと?」
「……城に残るホブゴブリンの兵は、ブブナの手下ばかりだ。俺様の子飼いの兵は、皆、辺境に追いやられちまった。ゴブリン族を使うしか、俺には戦う手段がなかったのさ」
ビタ・ダゴダネルが苦しそうに告白する。俺にはビタが嘘をついているようには思えなかった。
一方、ジーグフリードの顔には複雑そうな表情が浮かんでいた。
「ジーグフリード。俺はゴブリン族すべてをお前に任せると言ったが、そのためにふたつ提案させてほしい」
「リューキ殿。なんでしょうか?」
「ひとつは、捕虜のビタ・ダゴダネルを解放したい。せっかく苦労して捕まえてくれたが、手元に置いておいても役に立つとは思えない。精々頑張って、ダゴダネル家の当主になってもらい、ゴブリンとホブゴブリンの両種族間の関係改善に尽力してもらおう」
「彼の言葉を信じるのですか? それに、そう簡単にビタがダゴダネル家を継げるとは思えませんが」
「それはそうだが、ダゴダネル家の実権を握るブブナっていう女より、ビタの方がマシだと思う。で、ふたつめの提案は、いまのダゴダネル家の打倒だ。いろいろと画策してくるブブナ・ダゴダネルには、表舞台から退場してもらいたい。そこでゴブリン・ロードのジーグフリードの出番だ。停戦協定はそう長続きしないだろうから、新たな戦に備えてくれ」
「わかりました。ダゴダネル家を打倒し、ホブゴブリン族と決別します!」
ジーグフリードが俺の提案に賛同する。
黙って話を聞いていた女騎士エリカ・ヤンセンも賛意を示す。
捕虜のビタ・ダゴダネルは何も文句を言わない。否、黙っていれば囚われの身から解放されるのだ。わざわざ意見を言うはずもないだろう。
さて、次の戦の方針が決まった。
まずはエルメンルート・ホラント姫の身柄の受取りからだ。
いずれにしろ、ダゴダネル家とはまだまだ縁が切れそうにないなと思った。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
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