第二十九話:フリーター、シモベーズを結成する
今回のリューキは、最初から変装した下僕のマイロ視点です。
ところどころリューキの気持ちも入りますが、本人はマイロを演じているつもりです。
ちいさな子どもの演劇を見るような温かい目で読んで頂けると幸いです(笑)
「エリカ様、おはようございます! 昨夜はよく眠れましたか?」
「……知りません」
「いよいよ出発ですね。俺、ラバに乗って旅するのは初めてなんですよ!」
「……知りません」
ダゴダネル領に向かう日の朝。
出立準備に慌ただしいオーデル村で、俺は弱りきっていた。
理由は明白。
外交団の正使、女騎士エリカ・ヤンセンの機嫌がすこぶる悪く、下僕の俺の問いかけに「知りません」としか答えてくれないからだ。
うん、困った。
いや、マジで。
千を超える荒くれ者が武器を鳴らして騒ぐなか、俺ひとり途方に暮れる。
呆然自失状態の俺の姿が目に留まったのか、ゴブリン・ロードのジーグフリードが近づいてくる。
「マイロ。出立の準備で、なにか困ったことでも?」
「ジーグフリード殿。準備はほぼ整いました。整っていないのはエリカ様のお気持ちだけです」
「うーん、そればかりはお役に立てませんね」
「いえ、ちょっとグチをこぼしただけです。そうそう、ジーグフリード殿にお願いがありまして……」
俺は火蜥蜴の肉をキープしてくれるよう依頼する。俺の正体が領主リューキだと知ったミヒャエル少年の口止め料だ。
当然のように、ジーグフリードは俺の要求を快諾してくれた。もともと火蜥蜴は守護龍ヴァスケルが狩った獲物だ。拒否はされないだろうけどね。
ついでに、俺はジーグフリードにカップスープの素を渡すことにした。ダゴダネル領まで護衛してもらう謝礼のつもりだ。
「重症のビタ・ダゴダネルをあっという間に回復させた、ワーグナー家秘伝のスープですか?」
「実は、ワーグナー家秘伝のスープというのは事実ではありません。俺が個人的に研究して完成させた滋養食です」
「滋養食?」
「そうです。いまある分はすべてお渡ししましょう。俺にもしものことがあれば二度と手に入らなくなりますから、大事に使って下さいね」
ジーグフリードが狼狽える。
俺が渡した大量の滋養食、カップスープの素を頭上に掲げて平伏する。
おっと、やりすぎたか!?
いささかオーバーな言い方をしてしまったようだ。
「ジーグフリード殿、立って下さい。皆が見ていますよ!」
「し、しかし、そのような貴重なものを……」
ジーグフリードの手が震える。彼が宝物のように抱えるのは、カップスープの素のお徳用パック。一見するとマヌケな光景。
だが、俺からすれば食べ慣れたインスタントなスープも、ゴブリン族からすれば神薬に匹敵する優れもの。冷静に考えれば、彼が恐縮する態度もわからないでもない。
「マイロ……本当に良いのか?」
「構いません。無事にワーグナー城に帰還したら、また買い……調合します。もし報酬が過剰だと気にされるのであれば、そのぶんエリカ様の護衛をしっかりとお願いします」
「もちろんだ! 任せてくれ!!」
ジーグフリードが高らかに宣言する。こっちが申し訳なく思えるくらい、力んでいる。いやはや……滋養食が、実は格安の投げ売り品だなんて口にできないな。
ちなみに、ジーグフリードは滋養食をゴブリン族全体で平等に分けるという。自分の一族だけで独占すればイザコザの元凶になるからだとか。さすがゴブリン・ロード。目先の利益にとらわれない。ホント、たいした男だ。
◇◇◇
オーデル村を出立する。
先頭は白馬に乗った女騎士エリカ。従うは五頭のラバに乗った五人の下僕と、およそ千三百のゴブリン兵。
女騎士エリカ・ヤンセンが颯爽と白馬に跨る姿は、文字通り絵になる光景。
思わずポーッと見とれていると、「見ないでください」とあっさり拒否られる。取りつく島がないとは、まさにこういう状況。
くっ……エリカ様、俺はどうすればよいのですか?
五頭のラバに乗った五人は、俺と四人のゴブリン族の男。
下僕頭の俺と、ジーグフリードが選んだ四人の下僕仲間。
ジーグフリードの話では、彼らは俺の影武者となるべく、俺と姿かたちが似た者が選ばれたらしい。
確かに四人の男たちは俺と同じ服装をしている。ゴブリン族としては細身で小柄。顔つきもおとなしめだ。遠目には俺と似ているかもしれない。
けど、近くで見れば顔つきは俺に似ているとは思えない。いや、思いたくない! 俺は日本人としては濃い顔つきだ。眉は太く、目も大きい。だからと言って、ゴブリンに似てるなんて言わないでくれ!!
別にゴブリンが嫌いなわけじゃない。オーデル村で一緒に過ごし、彼らの厳つい顔にもそれなりに慣れた。だけど、俺の顔はゴブリンよりシュッとしてて男前だ!
頼む! 誰か、そう言ってくれ!
「……大丈夫、ぜんぜん似てませんから」
俺の心の叫びが聞こえたかのように、エリカが呟く。
えっ? 空耳じゃないよね?
いま、エリカ様は俺に向かってしゃべってくれたよね?
マイロの俺は、エリカに聞き返す。
けど、「……知りません」としか答えてくれない。むむむ、手強い。
でも絶対にエリカは、俺とゴブリンは似ていないと言ってくれたはずだ。
エリカ様! ありがとうございます。
お気遣いいただき、感謝いたします!
女騎士エリカが騎乗する白馬を追う。五頭のラバで並走しながら、俺たち同朋は自己紹介を交わす。特殊任務ということで、彼らにはジーグフリードから偽名を与えられたそうだ。なかなか手が込んでいる。
「おで、ミイロだ。でも、ほんどの名前はミリアンだ」
「おで、ムイロだ。でも、ほんどの名前はムタルだ」
「おで、メイロだ。でも、ほんどの名前はメッシーナだ」
「おで、モイロだ。でも、ほんどの名前はモーリッツだ」
「俺、マイロだ。でも、ほんとの名前は……」
おっと、あぶない!
あやうく、領主リューキを名乗るところだった。誘導尋問おそるべし。いや、別に誘導されてないか。俺が勝手に話の流れに乗りかけただけだ。
俺の正体はワーグナーの最高機密。もっと注意せねばなるまい。
「マイロさん。ちと、よいが?」
「なんだい? ムイロ、じゃなくてモイロ」
「おで、ミイロだ。んで、うちのガキがマイロさんに世話んなったそうで、お礼を言わねばと思っで」
「ミイロの息子?」
「ミヒャエルだあ。うちのガキは、マイロさんとエリカ様に遊んでもらったんだ」
なんと!
俺の下僕仲間兼影武者のミイロは、村を案内してくれたミヒャエル少年の父親だった。
特段、衝撃を受けるほどの真実が明かされたわけではないが、単純に世界は狭いなと思った。
「そうか。言われてみれば、ミイロとミヒャエルは似てる気がする。ていうか、お前たち四人は似すぎていてサッパリ見分けがつかないよ」
「マイロさん、なに言うだ? マイロさんも入れで、五人はそっくりだあ」
え? 俺も? いやいや、俺は違うでしょ。
「ミイロ、なに言っでんだ? マイロさんはこっちだ」
「ちがう。おで、ムイロだ。マイロさんはあっちだ」
「ちがう。おで、メイロだ。マイロさんはそっちだ」
「ちがう。おで……」
……まずい。無限ループに陥りそうだ。四人の顔を順に見てると目が回ってくる。むむむ、誰が誰だか分からない。お前がミイロか? え、違う? じゃあ、ムイロか? え? そうじゃない? だったら、メイロか? やっぱ違う? そんなら……ん? ちょっと待って! みんな動かないで! 順番が入れ替わったら誰が誰だか分からなくなっちゃうよ! あ、そうか、ラバが言うことを聞いてくれないんだ。みんな、ラバに乗るのに慣れてないんだね。俺も同じさ。顔かたちは似てないけど、ようやく共通項が見つかったね。うんうん、俺たちは下僕仲間。五人集まると戦隊ヒーローみたいだ。ゴブリン戦隊「シモベーズ」。ぷぷっ、すごく弱そう。てか、俺はゴブリンじゃなかったな。おっと、ちょっと待ってよ! みんなどこに行くんだよ! 違った、俺のラバが走り出しただけか。やあ、相棒。隊列に戻ろう! 迷子になるよ。ね、お願い、戻って! ほら、みんなからどんどん離れていくよ。頼む! そっちは崖だよ。危ないぞ! ラバの崖下りはちょっと難しいと思うんだよね。俺はおススメしないな。でも、どうしてもやりたいんだったら仕方ない。俺、ここで見ていてあげるから、チャレンジしてきなよ。だからお願い、俺を下ろしてー!……
ひらり。
白馬が俺の行く手を遮る。騎乗する女騎士エリカ・ヤンセンが俺の相棒をひと睨みする。ヤンチャなラバ君は即降参。崖下りを断念し、おとなしく隊列に戻っていく。
「エリカ様。ありがとうございます、マイロはエリカ様のおかげで、また命拾いしました!」
「おや? あなたはマイロだったのね。五人は似ているから分からなかったわ」
冷えきった声が答える。
いやいや、エリカ様、なにを仰います?
俺のことマイロだって分かってますよね?
俺の正体が領主リューキだって知ってて言ってますよね?
「あなたがマイロだと知っていれば、助けなかったものを……」
なにそのセリフ。超こえー。
ねえ、俺って、そんなにイケないことしたの?
うん、したんだよね、きっと……
「エリカ様! 俺の行動がエリカ様のご不興を買ってしまったことはお詫び申します。ですが、あれはわざとではなく……」
「マイロの行動? な、なんのことかしら!?」
「エリカさま? 忘れただか? キッスのことだあ!」
ミイロだかムイロだかメイロだかモイロだか分からないが、余計なことを言う。
途端、外交団の正使、女騎士エリカの顔が赤く染まる。両手を胸の前で合わせ、祈るような格好でイヤイヤする。うん、安定のかわいさ……おっと、いかんいかん、顔がニヤけてしまった。
「マイロ! なにを笑ってるの! またそうやって私のことを馬鹿にして!!」
ん? エリカはカン違いしてるのか? ていうか、俺が女騎士エリカ・ヤンセンをバカにするわけないじゃないか! むしろ、お慕い申し上げております。
まあ、そういうことを言うからマジメなエリカは怒っちゃうんだよね。いや、言ったことないか。でもまあ、雰囲気は醸し出してたかも。
うん、ここはひとつ、大真面目に答えよう。
「エリカ様、なにを仰います? エリカ様を称賛しこそすれ、馬鹿にすることなどありえません!」
「ほんとうかしら?」
「俺はいつでも大真面目です」
「じゃあ……あれも、そうなの?」
「あれ、とは?」
「マイロさんもなにをとぼけてるんだあ? キッスのことに決まってんだあ!」
ミイロだかムイロだかメイロだかモイロだか分からないが、いちいち口を挟む。
なるほど。ゴブリンがおしゃべり好きで噂話に目がないのは、よーくわかった。
わかったから、火に油を注ぐのはやめてくれ!
「マイロは、大真面目にあれを……ごめんなさい。私ったら、てっきり」
なぜかエリカがモジモジしはじめる。
花占いで花弁をむしるように、白馬のたてがみを一本ずつむしる。
ハンサムな白馬は毛を抜かれる痛みに耐え、ポーカーフェイスを決め込む。
白き馬よ……お前、偉いな。
「マイロ……あなたの真剣な気持ちは分かりました。嬉しく思います。私の返答は、ワーグナー城に帰還するまで待ってください」
女騎士エリカが明言する。
彼女はきびすを返し、そのまま隊列の先頭に戻る。
いやいや、ちょっと待ってくれ!
俺って、愛の告白をしたことになってるのか? そんな流れになってないか?
別に俺の気持ちは否定はしないけど、こんな展開で進んじゃうのか?
もっとムードとか、シチューエーションとか、大事にしなくて良いのか?
俺は思わず、あたりをきょときょと見回す。
新しい仲間「シモベーズ」のメンバーが一斉に親指を立てている。
おい、お前たち。面白いネタをゲットしたぜ! みたいな顔をしてないか? 俺の被害妄想か?
下僕仲間、四人の同朋が俺を温かい目で見ている。
拍手でもされそうな雰囲気。実際には軽く肩を叩かれただけだが、五人の距離は一気に縮まったようだ。
くうっ……
ゴブリンたちが親近感を抱いてくれたのは良いとして、エリカの返答がすごく気になる。
さてさて、俺とエリカの関係はどうなっちゃうのだろうか?
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
領主リューキは下僕マイロを演じるのが意外と楽しいようですね。
ほんとうは偉ぶらない自由な立場が好きなのでしょう。




