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第三話:フリーター、城を買う

「こちらでーす」


 物件の売り主の金髪さんに連れられて十分ほど歩く。

 彼女が(ゆび)さすのは真新(まあたら)しい高層マンション。見たところ、三十階以上ありそう。


 つーか、こんな立派なマンション、月一万円で買えるレベルか? 大丈夫か俺? だまされてないか? よくあるドッキリじゃなかろうか? 俺は、ありがちな視聴者参加型のテレビ番組に出ている場合ではない。


「ほんとに、支払いは月一万なんですか?」


「そうよ。じゃあ、行きましょー」


 金髪のお姉さんは、さっさとマンションの中に入っていく。


 虹彩認証こうさいにんしょうのオートロック。

 一流ホテル並みのエントランスフロアには本物の薔薇ばらの香りがただよう。

 ハンサムなコンシェルジュがさわやかな笑顔で迎えてくれる。

 エレベーターはファミリータイプのワゴンすら乗りそうなゆったりサイズ。


 管理費だけでも月一万円では不足な感じの設備に不安が高まる。俺はなんとかポーカーフェイスを続ける。


 エレベーターは最上階の三十三階で停まる。

 人気(ひとけ)のない廊下を進み、金髪さんは「333号室」の前で足を止める。


「はーい、これが鍵」


 金髪のお姉さんが俺に部屋の鍵を渡してくる。カードキーでもシリンダータイプでもないさびの浮いた大きな青銅の鍵は、高級マンションよりも古いお城が似合いそうな代物。ただし333号室の扉に鍵穴は見当たらない。


「鍵を近づけるだけで扉は開くわ」


 言われた通りにすると、音もなく扉が開く。ゴツイ青銅の鍵は単なるイミテーションか? 金髪のお姉さんの趣味が理解できない。


 お姉さんに背中を押されるように、333号室の中に入る。部屋の中に入った瞬間、俺は驚いた。目の前に古色蒼然こしょくそうぜんたる景色が広がっていたからだ。


 長い年月を()たらしい、()り減って丸みを()びた石畳(いしだたみ)の床。

 空間をぐるりと囲むのは、高さが十メートルはありそうな大理石の円柱。

 白い円柱に掲げられた無数の蝋燭ろうそくが空間を照らす。

 それらはまるで、ギリシャの観光ガイドに出てくるような情景。


 柔らかい灯りの下、俺は途方に()れた。

 いや、だって、部屋の広さとか天井の高さとか、色々おかしいだろう!


「さてと、さっさと契約を終わらせてしまいましょー」


 コンサートホール並みに広い部屋の中央に、重厚な円卓(えんたく)鎮座(ちんざ)している。金髪のお姉さんは、その円卓の上に契約書を広げ、中世ヨーロッパを舞台とした映画に出てくるような豪奢ごうしゃな羽根ペンでサインしはじめる。『ジーナ・ワーグナー』が彼女の名前らしい。どことなく、ドイツっぽい(ひび)きだと思った。


「おめでとう! これでお城はリューキさまのものよ! 手続きがスムーズに進んで私も(うれ)しいわ。ローンの最初の支払いは半月後の月末よ、忘れないでねー」


「はあ? 城だって? なにを言ってるんだ。俺は普通のマンションの部屋を買ったんだぞ!」


 喜色満面(きしょくまんめん)だったジーナ・ワーグナーが、俺の言葉にきょとんとする。


「部屋って何のこと?」


「1LDKの部屋だよ。契約書にあるだろ? 月一万の十年ローンで買った俺の新居だ」


 俺は彼女がサインしたばかりの契約書を奪い返し、「1LDK」と「月一万(十年)」を指しながら同じ説明をする。

 ジーナは甘えん坊の子犬のような目で俺をちらりと見て、ぼそりと言った。


「あらら……、でも契約は成立しちゃったもんね」


 ジーナの言葉の意味を理解できない俺は、更なる説明を求めようとする。

 その時、甲冑(プレートメイル)で身を包んだ銀髪の女性があらわれ、(くや)しそうにつぶやいた。


「遅かったか。まさか本当に、城ごと我らを売り払ってしまうとは……」


 はて、俺はいったいどんな買い物をしてしまったのだろうか。

最後までお読みいただき、ありがとうこざいます

次回より新章突入です。物語が動きはじめます。

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