第二十七話:フリーター、説得を試みる
俺はダゴダネルの一族を名乗るホブゴブリンに捕えられてしまう。
ワーグナーの領主であることもばれてしまい、絶体絶命のピンチ。
「我が領主、申し訳ございません。つい……」
俺の正体を明かしてしまった女騎士エリカ・ヤンセンが恐縮する。「ふっ、気にするな」とキザな大人の対応をしたいところだが、そうもいかない。俺の生命が尽きちゃうかもしれないからね!
それでも俺は、気にしない素振りをする。いわゆる虚勢を張るというやつだ。
「女騎士エリカ・ヤンセン、お前に命ずる……足をどけてやれ」
「はいっ!? リューキ殿、なにを言われます?」
「いいから、足元を見ろ。ケガ人を踏んでるぞ」
「え? ああっ! これは失礼」
大剣を振りかざしたまま、エリカ・ヤンセンが一歩脇に避ける。
彼女に踏みつけられていたゴブリン兵の戦傷者は涙目。悲鳴をあげようにも、エリカの放つ殺気で声を出せないでいたようだ。
うん、エリカは頭に血が上ると周囲の状況が目に入らなくなっちゃうね。彼女のクールさは後天的なもの、自己鍛錬によるものか。いずれにしろ、ケガ人がひしめき合う救護施設のなかでエリカに争わせるわけにはいかない。ここはひとつ、ビタの方を説得してみよう。
「ビタ・ダゴダネル。後継者ってことは、お前がダゴダネル家の次期当主か?」
「そうだ! 俺様がダゴダネル家を継ぐ!」
「じゃあ、評判を大事にしないといけないな」
「お前に言われなくても分かってる! 当主の悪名が立てば領民の心は離れ、領地も治まらなくなる」
「周りを見ろ。身動きできないケガ人でいっぱいだ。こんなところで暴れたら、死人がたくさん出るぞ。俺はそれを望まないし、お前だって身動きできない相手に大立ち回りを演じた男なんて評判を広められたくないだろう?」
「くっ、なかなか小癪なことを言ってくれる!」
「はんっ! 状況を理解できたってことでいいな。ジーグフリード! 兵の包囲を解け! 俺とビタ・ダゴダネルは救護施設の外に出る。それとエリカ……まだ手を出すなよ!!」
俺は強引に話を進める。
同時に、血気にはやる女騎士エリカ・ヤンセンに自重を促す。
「我が領主、分かっています。ですが、その者がおかしな動きを見せたら即座に斬り捨てます」
「エリカ。それでこそ俺の女騎士だ!」
俺は懸命にエリカに微笑みかける。
対して、エリカ・ヤンセンは笑みを返さない。キリリとした戦闘モードのまま、表情を崩さない。
「俺の女騎士はイイ女だろ? お前の周りにエリカみたいな女はいるか?」
「いないな。単に怖ろしいだけの女はいるが、俺のために生命を張ってくれるような女はいない」
「ひとりも?」
「うるせえな、いねえっつったらいねえんだよ!」
ビタ・ダゴダネルが吐き捨てるように言う。
「寂しい話だな。そうだ! メシでも食いながら、その怖ろしい女の話を聞かせてくれよ。俺の周りにいるのはエリカみたいなイイ女ばかりだから、時々、ありがたみを忘れそうになるんだ」
「はあ!? ワーグナーの領主よ。ふざけてるのか? 人質の分際で俺様にケンカを売ってるのか?」
「はは、悪い悪い。お前がダゴダネル家の後継者だなんて、俺には冗談としか思えない話だから、ついからかっちまったぜ」
「な!? なんだと!!!」
挑発に乗ったビタは激高し、引きちぎらんばかりの勢いで俺を持ち上げる。
瞬時に、その動きが静止する。
ビタ・ダゴダネルの喉元にはエリカの大剣が突きつけられていた。数ミリ、剣先が柔らかい肉に食い込み、真っ赤な血がぽたりと垂れた。
エリカは太刀筋を誤ったのではない。ホブゴブリンの首を切り落としたいのを、辛うじて堪えているのだ。
投降を促すまでもなく、ビタ・ダゴダネルは俺を解放し、両手を高く掲げた。降参の意思表示は、俺がいた人間の世界と同じだった。
◇◇◇
救護施設の前庭。
武装したゴブリン兵に囲まれ、縄を打たれたビタ・ダゴダネルが地べたに座る。降将のはずが、戦場に赴く将軍のような面構えで周囲を見すえている。
ふむ、ビタはなかなかの強心臓。その点は評価してやろう。
「領主リューキ殿。申し訳ございません。私の監督不行き届きでこのような騒ぎを起こしてしまいました」
「ジーグフリード、気にするな。終わったことだ」
「しかし……」
終わりよければすべて良し。
俺は騒動の顛末を穏便にまとめようとした。
が、殺気を帯びたままの女騎士エリカ・ヤンセンは、俺ほど甘くはなかった。
「ジーグフリード殿。我が領主は貴公を罪に問わないと申しています。それで良いではないですか。ただ、リューキ殿にもしものことがあったなら、私は貴公を斬っていました。守護龍ヴァスケル様に至っては、貴公の一族を根絶やしにしたことでしょう。二度とこのような失態は許されませんよ」
「は……い、もちろん……です」
超こえー。
えーと……「怖ろしい女」は俺の近くにもいました。
……ビタ・ダゴダネルのいう「怖ろしい女」がどんな女か知らんが、ウチの女性陣も結構怖ろしいようです。「危機が広がったのは、エリカが口を滑らしたのも原因だよね?」なんて、とても言えません。はい、忘れます。記憶から消去……はて? なんの話だっけ? そうそう、ジーグフリードが悪いんです。「まったくもー、困った奴だ」です。それですべて丸く収まります。でも彼のことは許しちゃいます。だってエリカがそう言うんだから。但し、二度目はないからね! おっと、それもエリカが言いました。えー、まあ、みんな無事で良かったね……
「ジーグフリード!」
「あ、はい! 領主リューキ殿!! なんなりとお申し付けください!!!」
弾かれたようにジーグフリードが反応する。いやいや、俺はそんなに怒ってないから。普通に対応してくれればいいのに。
ん? ちょっと違うか。
ジーグフリードは俺よりもエリカの視線を気にしている。領主の俺ではなく、女騎士エリカ・ヤンセンに仕事ぶりをアピールしている。やれやれ、俺とエリカのどちらが上位にいるのやら。
まあ、それはともかく……
「ジーグフリード。ビタ・ダゴダネルの縄を解いてやれ」
「領主リューキ殿? この者は何をしでかすか分かりませんよ?」
「大丈夫だ。ビタ・ダゴダネルは死んだよ。女騎士エリカ・ヤンセンが見事成敗した。エリカ、そうだよな?」
「我が領主の仰る通りです」
エリカが即答する。
少しは落ち着きを取り戻したのか、俺に腹案があるのを察してくれたようだ。
「ここにいるのは、俺の新しい配下だ。名前は……戦死した勇猛なホブゴブリンの戦士にあやかり、ビタ・ダゴダネルにしよう。ビタ、これから精いっぱい励め」
「ワーグナーの領主よ、どういうつもりだ?」
「そう急かすな。メシでも食いながら話そう。ジーグフリード、なにか食いもんはあるか?」
「鹿の肉はいかがでしょうか?」
「朝から鹿肉か……まあいい、新しい戦士を歓迎するには肉が一番だ。エリカ・ヤンセン、ジーグフリード、お前たちもつきあえ! エリカ、護衛なら心配するな。ジーグフリードが命がけで俺の身を護ってくれる。そうだろ?」
「領主リューキ殿! も、もちろんです!!」
◇◇◇
ジーグフリードの指示を受け、配下のゴブリン兵が火を起こす。鹿肉の塊が運ばれ、じゅうじゅう音を立てて焼かれる。
「ビタ・ダゴダネル。肉をたらふく食ってくれ」
「ワーグナーの領主よ。どういうつもりだ?」
ビタ・ダゴダネルが同じ質問を繰り返す。
俺に対する警戒心を解かず、焼かれた肉の山には目もくれない。
「『どういうつもり』とは?」
「そのままの意味だ。俺様が死んだとか、配下にするだとか……意味が分からん」
「お前の話を聞くつもりだったのに、俺から話さなきゃならんのか? 仕方ない、説明してやろう」
俺は、エリカが切り分けてくれた鹿の肉片を口のなかに放り込む。肉質は多少硬いが、食べられないことはない。元の世界の牛肉や豚肉には到底敵わないが、山中で野宿したときに食べた熊肉よりはマシだ。
「先月、ダゴダネルの軍勢がワーグナー領に攻めてきた。総大将はダゴダネル家当主の末子ムタ。お前の弟だな?」
「……ああ、そうだ」
ビタ・ダゴダネルが憎々し気に答える。予想通りの反応だ。
「ムタにはホブゴブリンの護衛兵が付き従っていた。だが、お前の周りにはひとりもいなかった」
「あんな青二才と一緒にするな。大将たるもの、自分の身を自分で守れないでどうする」
俺の指摘が気に入らなかったのか、ビタ・ダゴダネルはそっぽを向く。
ビタは骨付きの大きな肉をつかみ、音をたてて咀嚼する。
「ムタを捕虜にしたあと、ダゴダネルの外交団はすぐにやって来た。ムタの身柄を解放して欲しくて、泣かんばかりに懇願してきた。聞くところによると、ムタは当主夫人のお気に入りだってな」
「幼いころのムタは病弱だったらしいからな。手がかかったぶん、余計にかわいいのだろう」
「お前はどうなんだ? 生死を確認する捜索隊すら派遣されてないみたいだが?」
「ふん。俺様の場合は特殊任務だからな。ダゴダネル家としても大っぴらに行動しにくいのさ」
「つまり、お前は死んでも構わない作戦に従事させられたってことか? ダゴダネル家の長子なのに? お前は本当に次期当主なのか?」
「嘘じゃない! 戦功を挙げれば、俺様を次期当主にしてくれると約束してくれ……」
ダゴダネル家の長子が口をつぐむ。
俺はしばらく待つ。
だが、ビタは俯いたまま何も言わない。
「戦功を挙げれば次期当主」の約束。
裏を返せば「戦功を挙げられなければ、次期当主にはなれない」という意味。
もっとも戦功を挙げたとしても、約束が守られるとは思えない印象を受けた。
「ダゴダネルの当主がそんな約束が守ると、お前は本気で信じているのか?」
「親父じゃねえ。俺に次期当主の座を約束してくれたのはブブナだ!」
「ブブナ? 当主夫人のブブナ・ダゴダネルか? 当主夫人にそんな権限があるのか? というか、名前を呼び捨てにしてるが、ブブナ・ダゴダネルはお前の母親じゃないのか?」
「義理の母だ……兄弟では、ムタだけがブブナの実の子だ」
俺は振り返り、ジーグフリードの顔を見る。彼は黙って頷く。ビタ・ダゴダネルの話は俺の臣下の有能なゴブリン・ロードが裏付けてくれた。
「ダゴダネル家は絵に描いたような跡目争いの真っ最中か」
「やかましい……」
「ビタ、いまさらダゴダネルに戻れないだろう? 敗戦の責任を問われて、体よく処刑されるぞ? 悪いことは言わん、俺の配下になれ」
「……それはできない。俺がワーグナーに降ったら、弟たちが殺されちまう」
「なんだと!?」
「ブブナは、実子のムタをダゴダネル家の後継ぎにすることしか頭に無えんだ……」
うむ……世の中、なかなか思い通りにならない。
ことわざにあるように「敵の敵は味方」なんて、簡単にはいかないようだ。
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